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愛の耳錠
「ちょっとパン屋でおやつしようなぁ」
宣言してからにへっと笑い、僕の腕を組んで歩き出す羽鳥。
「ねぇ、ツクにしていい? 『創る』のツクで」
「めっちゃ良い名前……嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いていくツクにつられて、僕も嬉しくなった。
「あっ、そうそう! あのね?」
何かをひらめいたように一際高く大きい声を上げ、パンツのポケットを漁り始める。
取り出したのは緑のイヤホンが絡まった青色の音楽プレーヤーだった。
「へいちゃんはRを右耳につけてぇ……良い音楽一緒に聞こうなぁ」
ふふっと笑いながら片方のイヤホンを渡してきたから、うんと言って右耳に差し込む。
しばらくして流れてきたのは、小さい頃に聞いた男性デュオの曲。
「すごい良い声だね。懐メロのカバー?」
ツクを見ながら軽く問いかけたのに、ツクは前を向いたまま、少し口角を上げた。
「これ、エッちゃんが歌ってるの……あの憧れてた昔だけど」
そのまま上を向くツク。
味わいのある、どこか若々しい歌声があのエッちゃんさんだと言われたらびっくりするし、なにか2人なりの関係性を感じた。
「エッちゃんさんの声……すごいんだね」
昔の俺にそっくり、って言っていたけど、僕は歌のセンスも普通だし。
こんなすごいエッちゃんさんと僕、どこが似ているんだろう。
「普段は静かなんだけど、歌に入ると一変したように暴れ出して……歌声も情緒的で刺さるし、本当にすごい人だったんだぁ」
どこか懐かしげに、どこか寂しげにそう言って、握っていた手の力を強めたツク。
「今もすごい人だよ、エッちゃんさんは」
僕は珍しく自信を持ってそう言うと、ツクはほぇ?と声を上げて僕を見た。
「おうたさんでなくても、あの深みのある声で応援されただけで昨日は乗り切れたんだから」
自信を持って言い、ツクに微笑みかけると、ツクは吹き出すように笑い、ありがとうなぁと言った。
パン屋に着いたからイヤホンを外そうかと手を離そうとしたのに、より強く握られた。
フェイントをかけながら何度も試してみても、ツクはエッちゃんさんの歌に合わせて鼻歌を歌いながら離してくれない。
「ツク、このままだとお店に失礼だし、パンも取れないから」
ちゃんと言うと、どんぐりの目でチラッと僕を見てふふんと笑った。
「じゃあ手は離してあげるけど、イヤホンはつけたままなぁ……みんなに見せつけてやろうよ」
愛の耳錠!と言って、ツクはパッと手を離して、駆け足でパン屋に入っていくから僕も引っ張られるように追いかけた。
「あっ、そうだツク」
僕はカミナシからもらった2千円を思い出したから、楽しそうにパンを選ぶツクに声を掛ける。
「んぅ? なにぃ、へいちゃん?」
「ツクとのデートの記念に、パン代をおごるよ」
ツクは目をダイヤモンドのように輝かせて、ほんとぉ?と聞いてきた。
「これぐらいしか出来ないけど」
僕は自信なさげに言ったのを聞いて、ツクは大きく首を横に振る。
「あ、ちょー嬉しいよぉ。ありがとうなぁ」
その後、ぼそぼそと低い声で何かを言ったけど、口角を上げてくれたから気にしなかったんだ。
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