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新ちゃん
「初めまして、佐藤平太くん……早速やけど、店長さんおる?」
差し出された名刺には‘‘中臣グループ 専務 根切新一 ’’と書いてあった。
「ただいま中島が神戸を呼びに行きましたので、少々お待ちくださいませ」
ユキさんは冷静だけど、穏やかな声で言った。
スギヨシ……こういう時の動きは素早いな。
「それにしても新ちゃん、ちょっとそのスーツ派手じゃない? おばちゃん目がチカチカするわ」
さっきと打って変わって、手をバタバタさせて慣れたように話すユキさんにびっくりする。
「ちょいとこれからデートなんで気合いを入れてみたんですよ……それにしても変わらないですねユキさん、20代に見えますわ」
「もう、新ちゃんたら! お口が上手くなったわね」
2人とも楽しそうに笑っているのを見て、何が起きてるのか全然理解出来ずに僕はただ呆然とするしかなかった。
根切さんがカミナシの元へ行った後に、ユキさんとスギヨシからたくさん話を聞いた。
『私ね、ここに来る前は新ちゃんの会社で事務員をしていたの……社長さんには良くしてもらったわ』
『私が父の介護で辞めなかったら、今でも働いていたかもしれないわね』
ユキさんは嬉しそうに話してくれたんだ。
『中臣グループは食品からIT、金融まで幅広い分野で展開された大企業で、この街を立て直してくれたありがたい会社さ』
『ちなみにうさぎのキャラクターのラルリちゃんは会社のキャラクターで、この街の公式のゆるキャラになっているから、この街の人は何かしらラルリちゃんのグッズを持っているんだぜ』
鼻を鳴らしてうんちくを語ったスギヨシから何かを手渡されたんだ。
その正体のラルリちゃんのキーホルダーを眺めて数分前を振り返る僕。
「ヘイユー! リラックスしぃ」
ハッとして横を見ると、根切さんが金歯を光らせて笑っていた。
そういえば、話を終えたカミナシに早く帰され、なぜか黒いベンツに乗せられたのを思い出した。
「いきなり知らんおっちゃんにこんなだだっ広い車に乗せられたら、リラックス出来るわけないやろ……アホ」
そして、運転席から聞き覚えのある深みのある声が聞こえて、びっくりする。
「エツ……なんで?」
「おお、坊主……遅くなったけど、助けに来たで」
目を凝らしてバックミラーを見ると、後ろ髪をまとめているけど、鼻と口元の髭がそのままのエツがいた。
"こんな夜に お前に乗れないなんて"
「ナンボ……気持ちようなってんのはええけど、やめぇや。恥ずかしくないんか」
「グッジョブやんか、めっちゃ合っとるんとちゃう?」
「そうストレートに言われたら否定はせんけど」
「カーブでもええよ? お前が歌ってくれんなら」
「月とすっぽんぐらいちゃうのわかってる?」
「自分の声の自信の高さと気持ちよさは負ける気せんがな」
ポンポンとリズム良く交わされる会話に、仲の良さが僕でさえ理解できた。
「運転手ってちゃんとした人じゃなくていいの?」
エツだと不安っていうより専属の運転手っているだろうからという意味で言ったんだけど、根切さんに大笑いされる。
「エビス、一応ッミーの秘書やから、だ、大丈夫……ノープロブレム、ヘッヘッヘッ」
「俺の家は代々根切家の秘書でな、しょうがなくやってんねん……アメリカに行ったのはそのためやったんやけどな」
笑い続ける根切さんを尻目に、エツは含みのあるように言う。
それはツクのことを言っているのか、それとも他のことを言っているのか……僕にはわからなかった。
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