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第4話

「……本当に、大丈夫なわけ?」 普段言いたいことをシレッと言う、バブリー世代で昭和な大塚課長が、めずらしく気を使った感じで僕に言った。 「はい。大丈夫です。ビジネススーツも返してもらったし」 「高清水くん、そうじゃないだろう。………王子に、会わなくていいのか?」 「大丈夫ですって。課長こそ、そんなに気を使わないでくださいよ。課長が心配されるような………そんなんじゃ、ないですよ。僕と………王子は」 「………高清水くん」 「ほら、行きますよ!課長!飛行機に乗り遅れちゃいます!!」 渋る課長のスーツケースを無理矢理奪い取り、僕は足早に王室御用達のリムジンに乗り込んだ。 そう、僕たちは。 今日ようやく、日本への帰路に就く。 結構な量の医療機械の調整とセッティングという全ての工程を、予定どおりに終えて。 この、シャキームという国にも………。 もう、二度とくることはないんだろうな………。 帰りの便は、シャキームの国王のはからいで、人生初のファーストクラスになっていて。 完全に一人の空間を保てる状態となった僕に、離陸した飛行機のジェットエンジンが、フルパワーで動く音と、ゆったりと伝わるGがのしかかる。 小さな、小さな、飛行機の窓をのぞくと。 ついさっきまで滞在していたシャキームの白い王宮が眼下に広がって。 あっという間に、小さく、遠く、離れていった。 「………ムスタファ。元気で」 小さく独り言のように呟いたら、目の周りがジーンと熱くなる。 ………言わなきゃ、よかったんだけど。 言わざるをえなかったんだよ。 忘れもしないあの日。 僕を連れ去ったのは、ムスタファの従兄弟のサイードという王族だった。 僕が最初に感じた違和感どおり、ムスタファとサイードは親の仇か、っていうくらい仲が悪かったらしく、それはもう小さい頃からそんな感じで。 涼しい顔をしてなんでもこなすムスタファと、それが面白くないサイード。 お互いを意識して、お互いの行動が気に入らず。 サイードは虎視眈々と、ムスタファの弱みを握ることを狙っていたんだ。 そして、僕が………何も知らない、僕が現れる。 ムスタファの唯一の弱点である、僕が。 ムスタファの弱みである僕を捕まえて、辱めて、痛めつけて。 おそらくサイードは、ムスタファの悔しがる顔を見たかったに違いない。 ………ほっといてくれたら、よかったんだよ。 アラブの高貴な王子様らしく。 ド庶民の日本人の僕のことなんて、気にしなきゃよかったのに。 それなのに……。 ムスタファは、かつて牢獄として使われていた地下室まで、僕を助けに来てくれたんだ。 その際にムスタファは、サイードの手にしたサーベルで斬り付けられて………。 それでも僕を庇って孤軍奮闘したムスタファは、ムリがたたって………。 結果、意識が戻らず重篤な状態になってしまった。 よく分からない男に犯されまくって、後ろから血を滴らす、汚れた僕なんか………ほっとけばよかったのに。 縛られて、しばかれて、ボロ雑巾のような僕なんて………忘れてくれたら、よかったんだよ。 それからしばらく、僕はベッドをこっそり抜け出しては、目を覚さないムスタファの手を握って過ごして。 体の調子もだいぶ良くなった頃には、大塚課長がドン引きするくらい、がむしゃらに仕事をして。 それ以外はずっと、ムスタファの側で過ごす生活をしていた。 僕のビジネススーツは、キレイにクリーニングされた状態でムスタファの侍従によって、僕の手に返ってきたんだけど。 ムスタファが目を覚ますまでは、僕は相変わらずヒラヒラでスケスケした服を身につけていたんだ。 月が、すごくキレイな夜。 ムスタファの手を握りしめて寝ていた僕は、その手に微かな反発を感じた。 「………アオ…?」 懐かしい………僕を呼ぶ声に、僕はたまらず顔をあげる。 「ム……スタ………ファ………」 どんなに、この瞬間を待ちわびたか。 どんなに、その声を聞きたかったか。 ………どんなに、その煌めく瞳で見つめられたかったか。 嬉しくて、嬉しいはずなのに………涙が止まらなかった。 「……泣くな、アオ」 「だっ……て、だって………」 「私は、アオが無事ならそれでよかったんだ」 「何……何、言ってんだよ……!……王子様だろ、ムスタファは………。僕のことなんて、ほっとけばよかったのに!」 「ほっとけるはずが………ない」 ムスタファはそう言って、月明かりに映えるライムグリーンの瞳を細めた。 ………あの、小憎たらしい笑顔で。 たくましい褐色の肌の腕を僕の首に回すと、首がもげるんじゃないかってくらい、力強く引きつけて唇を重ねる。 「愛している………アオ」 ………嬉しかった。 その言葉が、胸にギュッと刺さるくらい、とても嬉しかったのに………。 僕は、返事をすることができなかった。 ………僕は、その〝愛してる〟に答えたらいけない。 僕は、ムスタファを好きになったらいけないんだ。 ムスタファは、いずれシャキームの国王になる。 国王になったら、いずれは世継ぎを望まれる。 ムスタファはあんな感じだけど、すごく真っ直ぐな人だから、きっと「僕しかいらない」って言うだろう。 僕がそばにいたら、ムスタファには僕以外の家族が増えるということはない。 子どもをその腕に抱く、それは一生叶わないことで。 ………どんなに望まれても、結局僕では、ムスタファを幸せすることが、できないんだ。 今回のことだって、そう。 ムスタファを巻き込んで、傷つけて………。 だから、僕はただひたすら、泣くことしか出来なかった。 ………仕事も、今日で全て終わったんだよ?ムスタファ。 明日、日本に帰るんだよ、僕は。 ムスタファとも、今日でお別れなんだ。 僕は………君に伝えなきゃ、ならないことがあるんだよ、ムスタファ。 キスをされて、この身をムスタファに預けた僕は言ったんだ。 「………ムスタファ」 「何?アオ」 「お願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」 「あぁ、なんだ?アオ」 「僕は、今が一番幸せだ。 今までもこれからも、今以上の幸せはない。 ………でも、ムスタファには、今以上に幸せになってほしい。 ムスタファが家族を作って、子どもに囲まれて。その中心でムスタファが笑っている。 そんな幸せなムスタファを、僕は見てみたいんだ」 それが、ムスタファと交わした最後の言葉で。 翌朝、僕は課長を急かして王宮を後にした。 最後に、ムスタファの笑顔が見られてよかった。 ………よかったぁ。 「………っ!!」 ………あれ……おかしい、な。 僕の涙腺は、どうやらぶっ壊れちゃったのかもしれない。 これで、よかった………のに。 窓の外を見ても、目を閉じても、ムスタファのあの笑顔がチラついて。 ………涙が溢れて、止まらない。 僕は手で口を塞いで、シートに深く身を沈めた。 ビジネススーツからはムスタファの香りがして、余計に胸が痛くなって………。 ………もう、忘れなきゃ。 強引で、俺様で、いかにもなアラブの王子様。 ………さよなら、僕の……I LOVEの…王子様。 「先輩!医師会病院のメンテに行ってきます」 「……高清水、ちょい待て」 「何ですか?先輩」 「………これ、どれか持ってけよ」 「え?イヤですよ。それに消化器科の堺先生は、こんなのキライなんですってば」 「………そんなこと言ってる場合かっ!!だいたいおまえ宛に届くんだろ!!シャキームからの花束がっ!!見たこともないような、でかいバラの花の花束が!!毎日、毎日、毎日!!」 シャキームから帰国して、2週間。 なんとなく、吹っ切るように仕事に邁進して。 ムスタファのことを忘れようとしているにも関わらず。 嫌がらせの域で、毎日僕宛にバラの花束が届く。 王宮の中で栽培されていると思しき、見たこともないような色のバラの花が、毎日毎日、花束になってシャキームからの空輸便で届くんだ。 ………たかだか花束を送るのに、あの王子様はチャーター機を使用しているらしい。 ………やっぱり、アラブの王子様のやることは違うな。 はじめは、さ。 フロアの女の子たちも「わぁ、きれーい!」なんて言っていたんだ。 最近じゃさ、宅配便の人の足音が聞こえただけで、女の子たちの眉間にシワがよる。 ほぼ自社ビルを埋め尽くすようなバラの花の存在が、医療機器メーカーにも関わらず、ビル中がバラの香りで満たされて。 ………甚だ、バラ園みたいになっているんだ。 「だって、相手はお得意様で王族ですから。無碍に、断れないじゃないですか。じゃ、行ってきます!」 「高清水ーっ!!逃げんなーっ!!」 先輩の絶叫を背に、僕はフロアを足早に飛び出した。 ……….これじゃ、忘れたくても忘れられないよな。 ムスタファのことをちゃんと忘れなきゃいけないのに、バラの花束を見るたびに強制的に思い出しては………。 心が妙なバランスになった僕は、変態になってしまうんだ。 思い出して、オナってしまう。 とりあえず仕事中は、なんとか我慢しているけど。 一旦集中力が切れると、もう我慢ができなくて。 ムスタファを思い出しては、こっそり通販で買ったオモチャで後ろを弄る。 家までもたない場合は、駅のトイレの個室でひたすらオナって………。 変態だよな、マジでさ。 それなら、誰かとヤりゃいいんだろうけど。 僕は意外とわがままだったようで………ムスタファ以外とは、ヤリたくない。 言い訳がましいけど、一度、そういう出会いの場に行って、ムスタファのことを根本から忘れようとしたんだ。 でも………サイードに乱暴されたことがフラッシュバックして………。 他人に触られるのがどうしても、無理だった。 ……ムスタファじゃなきゃ、本当にダメだったんだ。 「………んっはぁっ………あぁっ」 今日はなんとか、家までもった………。 どうにもこうにも体が火照って。 僕は速攻で服を脱ぎ捨てると、うつ伏せにねっ転がって腰を高くして………エグいオモチャを後ろに突っ込む。 ………ムスタファのは、大きくて熱かったよなぁ。 ムスタファの手はどこまでも優しくて、気持ちよくて………。 体に残るムスタファの僅かな感覚を思い出しては、僕はその記憶を強く蘇らせるように、自分の体を手でなぞった。 「………ムスタ…ファ」 ………好き、ムスタファ。 でも、この想いは………絶対に、表に出せない。 一生、隠して、沈めて………生きていかなきゃいけない、んだ。 「高清水くん、聞いてくれる?とうとう、俺ん家の仏壇の生花が、バラになっちまったよ」 データの集計作業中、僕の背後に立った大塚課長が、ボソッと呟いた。 「素敵ですね。御先祖様も、お喜びになってるんじゃないですか?」 「そうかもね。でも、もうそろそろウチも限界かな?」 「そうですか」 「嫁さんがね。嫁さんの頭が変形して、ツノが生えてきてんだよね。うっすらと。『またバラなんか持って帰ってきて、いい加減にせぇよ』って」 「………またまたぁ。昭和のギャグは通じないですよ?課長」 「高清水くん。王子に連絡して、やめてもらうよに言ってくれない?」 「無理ですよ。アラビア語も話せないのに」 「王子は、日本語を話せたじゃないか」 「直通の電話番号も知らないのに。直通電話があったとしても、本人と直接話せるかどうかも分からないんです。………そのうち、飽きますよ。王子も」 「………高清水くん、それ……本気で言ってる?」 「めちゃくちゃ本気です」 「………高清水くん。ちゃんと王子と話した方が、いいんじゃないかな」 「………話すことなんて、もう………。何にもないんですよ、課長」 「高清水くんは、ないかもしれないけど………」 何かを言いかけた課長は、少し戸惑った顔をして黙ってしまった。 ………課長は、僕を説得しようとしている。 ムスタファの、バラの花束攻撃をやめさせるようし仕向けることはもちろんのこと。 僕が一方的に手放した、ムスタファへの思いとか。 そんなことをされても、今の僕には、全然効果がないんだけどな………。 プルルルルー。 僕と課長の間に流れた微妙な沈黙を、不意に鳴った内線電話の音が引き裂く。 僕は受話器をとった。 「はい。インフラ第一、高清水です」 『たーかーしみずさーんっ!!』 聞きなれた受付の女の子の、電話越しの絶叫に。 僕は思わず受話器を耳から離す。 『大変っ!!大変なんです!!高清水さん!!』 「え?!何?!何言ってるの?!え?!」 興奮しすぎて、何を言っているかようを得ない受付の女の子の言葉を、なんとか聞き取ろうとした瞬間。 フロアが、ざわついた。 一斉にフロアの人の視線が、エレベーターに集まる。 つられて僕も、エレベーターの方を見た。 「………え、な………ん……で……?」 そこにいたのは、忘れたくても忘れられない。 ………褐色の肌の王子様が……フロアの空気を一気に変えて、僕に近づいてくる。 『アラブの!めっちゃカッコいい方が、高清水さんを訪ねて来られてますぅ!!』 大音量で受話器から響く、受付の子の声が無意味に漏れ出した。 ………遅いじゃんよ、言うの。 もう、逃げられないじゃん。 夢や妄想で、幾度となく思い描いたその人の笑顔が、目の前20センチの距離まで近づいて止まる。 「アオ」 「………ムスタファ。………何で………?」 「アオを、迎えにきた」 あの小憎たらしい笑顔で………。 ムスタファは言ったんだ。 「あっ!!サイード!!」 エレベーターの方を指差して、僕は大声で嘘を吐いた。 とにかくムスタファから逃げたくて、僕が咄嗟についた嘘は、ムスタファ以外の人の視線も巻き込んで。 一斉にエレベーターのドアに注がれる。 ………チーン。 また、タイミングよく。 フロアにエレベーターが到着するもんだから、皆が皆、その扉に視線を集中させた。 い、今だ………!! 僕はゆっくり後退りして、踵を返すと全力で走り出したんだ。 「あ?!アオ?!待てっ!!」 背後からムスタファの慌てた声と、「え!?何?!なんだよ!?」と言うエレベーターから出てきたであろう先輩の声が聞こえて………。 それでも僕は、一切振り向かずに非常階段まで走ると、全力で階段を駆け下りた。 ………な、なんで……ムスタファがくるんだよ。 会ったら、ダメなんだ。 目が合っても、ダメなんだよ。 夢と妄想で、ムスタファをオカズにしていた僕の体は、ムスタファを見た瞬間からおかしかったのに………。 疼いて、熱くなって………。 忘れなきゃいけないのに、体は真っ正直に反応して………。 ………ドスケベでド淫乱じゃん、僕。 「待て!アオ!!なぜ逃げる!!」 足音が反響する非常階段の頭上から、ムスタファの鋭い声が響いた。 「待て!逃げるな!」って言われたら、馬鹿正直に止まるヤツなんていないだろ、普通。 全力で階段を降りているにも関わらず。 基礎体力と持って生まれた運動神経の差が露呈して、三階分くらいあった僕とムスタファの距離は、あっという間に縮まって。 ………あと一階という距離まで、ムスタファが迫っていた。 ここで、捕まるわけには………いかないよ。 だってなんだか勃ってるし、こんなの………ムスタファには見せらんないよぉ。 だって、ヤバいヤツだろ!?これぇ!! 「アオ!!」 ものすごい至近距離でムスタファの声が聞こえたと思ったら。 階段を下る勢いのままひきづられて、一瞬息が止まるくらいの強い勢いで、背中を壁に叩きつけられる。 凄く野性味溢れた荒々しい壁ドンをされて、僕は若干涙目になってしまった。 目の前5センチの距離に、ムスタファの顔がある………。 たまらず、目を瞑って顔を背けた。 「………っ!!」 「アオっ!!」 「………見ないで…」 「アオ!!私を見ろ!!」 「やだぁ………無理ぃ………」 目を瞑って顔を背けた僕の顎を、ムスタファは力強く掴んで目を強制的には合わそうとする。 い…や……だから………僕、ヤバいヤツだから………ダメなんだってば………!! 無理して、ムスタファにサヨナラして。 必死に、ムスタファを忘れようとしたのに。 僕じゃ、ムスタファを幸せにすることはできないのに。 ………ここにきて。 ムスタファに刻み込まれた性癖が、爆発するなんて………!! 見つめられてるだけでって感じる。 体が奥から熱を帯びて疼き出す。 触られるだけで下に血が集まって、先走りを伴ってギュンと勃ち上がる。 そのせいで体が震える。 足に力が入らなくて、ガクガクする。 全身が性感帯となった僕は、ムスタファの指が頬に軽く触れただけで、「ひやぁっ!」と、変な声をあげてしまった。 「アオ……君は………」 「だから………だから、やだって……言ったのに………」 「アオ………」 「ムスタファを忘れたことなんて、1日もなかった………。でもそれじゃ………ムスタファは、幸せになれない。………僕じゃ、ムスタファを幸せにはできないんだよ………!!」 ダメだ……。 もう……止まんないよ………。 「せっかく我慢してたのに!!なんで僕の前に現れるんだよ!!なんなんだよ!!」 ………僕に構うなよ。 ムスタファは王子様だろ………? 僕のことなんか、単なる暇つぶしだったんだろ? だったら………これ以上、僕を弄ぶなよ。 苦しめるなよ………。 〝好き〟を、〝愛してる〟を、増幅させるなよ。 「また私は、アオを泣かせてしまった」 「…………」 「でもこれだけは、なんと言おうと譲れない!私は、アオを愛している……!!もう、2度と離すつもりはない!!」 そう言って、ムスタファは僕のスラックスの上から、ギンギンになって過敏になった僕の足の間をそっと掴んだ。 あまりの衝撃に、僕は絶叫しそうになる口を手で覆う。 「こんなに…しているクセに。まだ、私を拒否するというのか?」 あ……この小憎たらしい、笑顔。 僕が拒否できないことを知っている、この笑顔。 思いを隠して、沈めて………ムスタファを愛したらいけないのに………。 僕の意思は、突然目の前に現れた実物のせいで、木っ端微塵に打ち砕かれてしまったんだ。 ………ヤバい、ヤツが。 本格的に、ヤバすぎるヤツに昇格した瞬間。 「………だめ、ダメだよ……。ダメなのに……ダメなのに……。好き、なんだよ。………ムスタファが、好きなんだよ」 僕の思いの丈が、オーバーフローしてしまった。 突然現れたムスタファによって。 お姫様抱っこで強制的に早退させられた僕は、そのまま黒塗りのリムジンに乗せられて、要人御用達の高級ホテルに連行された。 「課長に、電話……しなきゃ………」 「心配するな、アオ。今は私のことだけ考えろ」 ムスタファはそう言うと、高級なベッドの上に僕を放り投げる。 距離0ミリで、ムスタファとずっと密着していた僕は、たったそれだけの行為で、感じまくって息が乱れていた。 薬を一服盛られたんじゃないか、ってくらい………僕は凄く、淫乱に仕上がっている。 「この服は、アオには似合わない。………でも、脱がしがいはあるな。アオが、この上なくやらしく見える」 ビジネススーツを一枚一枚剥ぎ取り、シャツのボタンを乱暴に引きちぎって。 ムスタファは、露わになった僕の〝我慢の限界の象徴〟をそっと手でしごいた。 「あ、あぁっ!!」 「触っただけで、イってしまうとは」 あぁ……穴があったら入りたい。 思わず、両腕で顔を隠した。 全身の感覚が鋭くなっているから、もう……。 ムスタファを欲してやまない僕の体は、僅かな衝撃で敏感に反応する。 「だから、ダメだったのに。僕はムスタファに会っちゃ、いけなかったのに………」 「アオ……」 ムスタファは僕の手を掴むと、強引で、それでいて繊細なキスをした。 舌先が触れて、深く絡まって………。 ………もう。 ムスタファの沼に、落ちてしまいそうなくらい……気持ちがいい。 「あんま周りくどい言い方をして、それで私から消えたつもりなのか?私を舐めるなよ、アオ。アオが私を拒否しても、私は必ずアオを手に入れる。いいな……?今日は、アオが泣こうが喚こうが、私はおまえを絶対に離さないからな?」 ………本望、だよ。 僕が泣こうが喚こうが、絶対に離さないでよ……ムスタファ。 ムスタファの舌が、手が、全身を這う。 その度に体がビクついて、自分でオナって時と比べ物にならないくらい脳を揺さぶって。 ようやく、夢や妄想が現実になったんだって確信した。 ムスタファが僕の太腿に手をかけると、ぐるっと腰を持ち上げて、大事な僕の穴を浅く舐める。 「や……ムスタファ…!!ダメ………汚……いからっ!!」 「………何を、言ってる…!こんなに柔らかくしておいて……!……まさか、日本で……」 「ちが……違うっ!!………ムスタファを、ムスタファじゃなきゃ…………ダメ、だったんだ……」 「………アオ」 「苦しかった……。ムスタファを好きになっちゃいけないのに……体はムスタファを欲していて。ずっと、ずっと………苦しかったんだよ」 ………今日だけ、なら。 今日だけなら、ムスタファに思いを伝えても許される……かな? ムスタファに甘えても………許されるかな……? 「……ムスタファ、好きにして」 「アオ」 「ムスタファ、愛してる……」 「俺もだ、アオ」 体は、素直だ。 ムスタファが僕の中に入ってきて。 記憶に刻まれたムスタファの大きくて熱い感覚が蘇るだけで、また絶頂に達してしまうから。 「あ、んぁっ!」 自ら腰を振っては、ムスタファを求めるようによがって、またイって。 体力が切れそうになっても、理性がぶっ飛んでも。 この現実を現実だって再確認するように。 ムスタファにしがみついては、その褐色の肌にキスをして。 未来とか、周りの軋轢とか、関係ない。 考えたくない。 今日だけは……今だけは……ムスタファを愛して。 ムスタファに愛されたいんだ。 「……もっと、キツくして……。もっと、出して……!!」 「……アオ!!……愛してる、アオ!!」 「先輩、おはようございます!早速なんですけど、超音波機器のプローブの不具合が多くて。変圧器の準備をしてもらっていいですか?」 『かしこまりました。蒼・マリク』 「………先輩」 『いやぁ、かわいい後輩が。まさか、こんなになるとは思わなかったなぁ。まさに〝事実は小説より奇なり〟だよ』 「やめてくださいよ、先輩」 先輩は、相変わらずだ。 僕が困っているのが、三度の飯より好きらしい。 スカイプの先に映る先輩の顔が、心底楽しそうだ。 それもそうで。 先輩が僕をそんな風にイジルのにも訳がある。 〝蒼・マリク〟と言う言葉が示す通り、僕は今、シャキーム王国にいて。 なんと!ムスタファの妃……いや、パートナーって言うのかな?………まぁ、とにかく。 僕はムスタファの元に嫁いで、シャキーム王国で暮らしているんだ。 ついで、といってはなんだけど。 日本で働いていた医療機器メーカーが粋な計らいをしてくれて、僕はシャキーム支店の支店長という肩書で仕事まで続けている。 一人しかいない支店の支店長だけどね。 『王子様は元気?』 「はい。それはもう、有り余るくらい元気ですよ」 『………相変わらず。匂わせ発言するよな、高清水は』 「それが聞きたいんでしょ?先輩は」 『まぁ、そうだけど?それで、どうなんだよ。王子様との、ナンチャラ・ライフはさ』 「聞きたいんですか?」 『興味あんだよ』 「まぁ、だいたい毎日。抜かずの3連発ですよ?」 『………すげぇな、絶倫かよ』 そういう生活を続けて、早3ヶ月。 僕もだんだん慣れてきて、妃の称号である〝マリク〟と呼ばることにも違和感を感じなくなった。 はじめは、やっぱり。 サイードの一件もあり、僕がムスタファに添い遂げることに意を唱える人もいたけど。 ムスタファは、そんな状況の僕をとことん守ってくれて………。 今は、順風満帆というか。 すごく………すごく、幸せなんだ。 ………アラビア語は、まだまだ分かんないけどさ。 先輩とのいつもの会話を終え、僕は顔がニヤけたまま椅子に深く腰をかけた。 コンコンー。 『アオ、入るよ』 短いノック音と、愛しい人の声が聞こえて。 僕が「どうぞ」と言う間もなく、ムスタファが満面の笑みをその整った顔にたたえて、〝シャキーム支店〟に入ってくる。 「アオ!これをぜひ、つけてくれないか?」 「何?」 ムスタファは持っていた箱の中から、深い青色の石が付いた豪華な首飾りを取り出して、僕の首元を飾り立てる。 ………また、この人は。 結婚してから、ムスタファはずっとこんな感じだ。 僕を着飾ることに余念がない。 この間は、ルビーのジャラジャラした首飾りを。 その前は、真珠が幾重にも重なった首飾りを。 こんなことしなくても、ムスタファに対する僕の気持ちは変わらないのに………。 「やっぱり!アオはなんでも似合う!」 「こんなことしなくていいから。もう、たくさんもらってるよ」 「アオ、こっちへ!」 あぁ、ほら……また。 ムスタファは僕の腕を引いて、部屋から僕を連れ出す。 待ち切れない子犬のように、たまに振り返って僕を見ながら走って。 王宮の奥にある、僕らの部屋へ連れ帰るんだ。 「アオ、自分で脱いで」 最近のムスタファの嗜好。 豪華な首飾りをつけ、きっちりスーツを着込んだ僕が、一枚一枚その衣服を自ら脱ぐ様を、ソファーに腰掛けひたすら眺める。 ………変な……性癖を、ムスタファは身につけてしまったんだ。 そんな僕は、もっと変になってしまって。 ムスタファに全身を見つめられただけで、おかしいくらい興奮してくる。 まるで、ムスタファの視線で犯されているみたいに………。 呼吸が荒くなって、乳首も下も勃ってくるんだ。 「………ムス…タ……ファ」 「いい眺めだ、アオ」 「………勘弁…してぇ」 「堪え性がないな、アオは」 あの小憎たらしい笑顔で、ムスタファは僕の手を引っ張ってその体を引き寄せた。 真っ裸の僕は、向かい合わせにムスタファの上に座って。 ………こうなるともう、僕は止まらなくなる。 僕はムスタファの首に両腕を回して、その形の良い唇にキスをした。 「アオは………なんでこんなに、淫らになった?」 「ムスタファが……したんだろ……」 そう言ったムスタファは、僕の後ろに手を回して、すでにグズグズになった僕の中にその指を浅いところで、弄ぶようにいじる。 その指が、中から僕の前立腺の奥底を弾くから、たまらず体が反り返った。 「あっ……だめぇ………やぁ……」 「アオ……愛している。………ずっと、私のそばにいろ」 ‎「نعم سيدي.」 覚えたてのアラビア語で、僕はムスタファに返事をする。 僕の返事を聞くや否や、ムスタファは僕の大好きな笑顔を浮かべて。 僕の中にムスタファの太くて熱いのが、ゆっくり、じんわり入ってきた。 「……あ、っ……あぁん」 「………アオ」 ムスタファの全てが好き。 全てを愛してる。 それは、これからも普遍で。 永遠で。 そうだよね? ………愛しの、ILOVE の王子様。

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