6 / 132
第6話
気が付けば、間もなく次の発情時期が近付いていた。
この約三ヶ月、あの時見付けてくれたのが豊で本当に良かったと何度も思った。
彼は信頼出来る。
そう思えるようになったのは、週末の飲みが定番化してきた先月くらいから突然始まった、彼の内なる弱音や愚痴大会が天の疑心暗鬼を少しずつ払拭させてくれている。
天を信頼してくれての言動なのか、愚痴を言っても弱味を握る相手だから万が一などないだろうと軽視しているだけなのか、それはまだ分からない。
しかし本社から派遣されてきたエリートともあろう男が、後々を考えても部下に本音を曝け出すのは極めて危険である。
あれだけ酒が弱いのなら、今まで積極的に飲みの場には行かずに居たのかもしれない。
職場では誰からも頼られ、女性社員のみならず男性社員からも羨望の的のような存在で颯爽としている豊が、天にだけ、飾り気のない本音を何度も打ち明けてくれるとは思いもしなかった。
恐らく天が心配するような事はないと、何となく豊を信じきる方へ気持ちが傾くのも自然な流れだった。
緊急抑制剤も毎日肌見放さず持つようになり、たとえ何か不測の事態が起ころうとも心強い味方が居る天は、自分がΩであるという卑下をあまりしなくなった。
粉々になった過信を拾い集めてくれた豊が居れば、怖くない。
豊と蜜に接した、このたった三ヶ月。
しかし誰にも話した事の無かった秘密を共有し、理解を示してくれた彼との日々は ″されど″ 三ヶ月だ。
分かってくれる者が居るだけで肩の荷が下りたような気がして爽快な天は、ある日の夜、怪しげに街をウロついていた。
「……あれ〜? この辺だと思ったんだけどなぁ」
暗い歩道に、スマホのライトを照らす。
帰宅してから、たまにしか装着しない眼鏡を失くしている事に気付いたのである。
入社してすぐ、教育係だった先輩から「目が疲れにくくなるよ」とオススメされて購入した、ブルーライトカットの眼鏡だ。
社内でパソコンに向かう時くらいしか出番のないそれだが、天には ″新しい物を買えばいいや″ という思考がはなからないために、心当たりのある今日出歩いた場所を探してみている。
「えぇ〜マジかよぉ。 ここじゃないとすると……」
ビルが建ち並ぶ大通りではなく、一本細道を入った暗がりの歩道には街灯も転々としかない。
下を向いて探す事に躍起になっていた天は、仕事終わりでかれこれ二時間は歩き続けていて、さすがに疲れてきた。
午前中はその眼鏡を掛けてパソコンに向かっていたので、失くしたのはその後だ。
外回りは午後から取引先の会社に三件行った。
失くしたら大変だと、使い終わったら必ずケースに入れて鞄に直す貧乏性の天が思い当たるのは、二件目から三件目に向かう道中、まさにこの辺りで会社からの電話を取った時だろう。
鞄を抱えて、何枚かの書類を取り出し、そっちに意識が集中していてその時に落としたのだと思っていた読みは、外れた。
終電までまだ時間がある。
非常に面倒だが、これから三件目に行った場所も探してみなければ諦めがつかない。 とことん貧乏性だ。
天は棒のようになった足をほぐすために、その場で少しだけしゃがんで立ってを繰り返していた。
その時だった。
「……ねぇ、さっきから何してるの? 探しもの?」
「───へっ?」
人通りの少ないこの歩道だからこそ、眼鏡ごときを血眼で探していられたのだ。
明らかに自分に向けて掛けられた男性の声に、天はびくっと肩を揺らして振り向いた。
ともだちにシェアしよう!