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第7話
昼間は活気に満ちて騒々しいほど賑やかに人が行き交うこの通りは、二十二時ともなると閑散としている。
まさか背後に人が迫ってきているとは気付かなかった。
「いや、別に、何も……!」
「探してたよね」
「…………っ」
辺りに人が居ない事を確認し、脇目も振らずに夢中で探していたのを見られていた羞恥心から、天は否定しつつもじわじわと後退る。
「何探してたの? 僕も手伝うよ?」
優しく穏やかな口調だが、天が後退りした分だけズイッと近付いてくる。
しかもこの男、天より頭一つ分以上は背が高いのでやや見上げなくてはならなかった。
そして相当に綺麗な顔立ちをしている。
近頃は豊という色男を間近で見ている天でさえ、彼と目が合った瞬間にうっかり「いい男……」と見惚れてしまった。
斜めがけのこじんまりとした鞄とラフな格好から、出で立ちはまさに大学生のようである。
「道端でライト照らして探してたって事は……コンタクトか何か?」
天から地面へと視線を移した男が、目を細めてしゃがんだ。
言葉通り本当に探す気でいるらしい。
「違う、コンタクトじゃない。 探そうとしてくれたのはありがたいけど、もうここにはないみたいだから移動しようとしてたんだ」
「そうなの? ちなみに探しものって?」
「…………眼鏡」
「え、眼鏡?」
立ち上がった男は、キョトンと目を丸くしたあと何とも上品にクスクス笑った。
薄茶色の少し長めの髪が、柔らかに揺らめく。 細まった目元と口角の上がった口元が、人懐っこさを顕にした。
笑っているだけで絵になる男だ。
「眼鏡を道端で探してる人、初めて見た」
普通はコンタクトじゃない?と微笑みかけられ、バカにするなと怒鳴ってやりたかったが彼の柔和な顔立ちがそれを躊躇させた。
「……笑い過ぎじゃないの」
膨れた天が後退ると、また男は同じだけ近付いてくる。
一定の距離を保ったまま、クスクスが止まらない美しい男を見上げた。
「諦めて帰ろうとしてたって言ったよね。 どういう経緯で眼鏡を落としたの?」
「いやもうほんとに、大丈夫なんで……」
「教えてほしいな。 十五分くらい前に何かを血まなこで探すあなたに気付いて、僕ずっと見てたんだよ」
「見てるなよ、怖いな」
「あまりにも真剣だったから、気になっちゃって」
そんなに長く見られていた事に気付かなかったとは、どれだけ夢中で探していたのだと自分で自分が恥ずかしくなる。
しかし、失くしたから新しい物を買おう、という思考にすぐにはならなかったのでしょうがない。
心当たりを探して、本当に無ければ諦めよう。 この時勢、眼鏡など容易く買えてしまうのかもしれないが、物は大事にしなさいと母から教え込まれた天は羞恥心よりも大切な心情がある。
「この辺で落としたんだよね? ケースごと?」
「え、……うん。 そうだけど……ほんとにもう……」
「あそこの交番は行ってみた? 落とし物として誰かが届けてくれてるかもしれないよ」
「あ……っ!」
美しい男が指差した先の角には、確かに交番があった。
そこまで頭が回らなかった天は目から鱗だ。
性別については理解がなかなか進まない国だが、性根は真面目な国民性のままである事を信じたい。
「ダメ元で、行ってみよ」
「えっ、君もっ? えっ?」
「僕にも見届ける義務がある気がして」
「えぇっ……?」
ナイスなアイデアをくれた男に背中を押され、意味不明な正義感を振りかざされると何も言えなかった。
赤の他人にやたらと馴れ馴れしい男だが、親切で人懐っこいと言えば聞こえはいい。
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