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第20話

「───えっ!?」 「ん? そんな意外だった?」  突然の脈絡のない告白に、次の薬は一時間後辺りに飲もうと算段していた天だが意識がそちらへ引っ張られた。  よく分からないが、いわゆる恋話を潤の口から聞くとは思わなかったのである。  意外というより、素直に驚いた。 「いや、まぁ……何ていうか……彼女居ないって言ってたから」 「うん。 だって片思いだもん」 「そ、そうなんだ……」  潤が、片思い?  天は瞬きを繰り返し、遠くの緑を眺めている綺麗な横顔を見詰めた。  ちょっとやそっとじゃお目にかかれないほどのこの見た目で、中身も無邪気そのものですれていない潤が片思いしているとは、にわかには信じられない。  ところどころで男性らしい気の使い方をしていた潤は、天相手にも同様にエスコートしてくれていた。  行く先々、歩いている最中でさえ視線を集めていて、それに気付いているのかいないのか分からないが、とにかく彼に片思いという単語は似合わない。  もしかして恋には奥手なのだろうかと、天は興味本位で聞いてみた。 「……片思いの相手って、どんな人?」 「んーっとね、年上で、優しくて、明るくて、綺麗な人。 でも……」 「でも?」  そこで言葉を濁した潤は、ようやく天の方を向いた。  首を傾げた天を、潤が真っ直ぐに射抜く。  二重の瞳が少しだけ揺れていて、ほんのりと色付いた唇が薄く開いたと同時に天は妙な気分に陥った。  何だか、自分がその相手ではないのかと錯覚してしまいそうになる。  当てはまっているのは「年上」だけだが、年下感を匂わせない潤の熱い視線に不覚にもドキドキした。 「その人、結婚してるの」 「けっ、……マジで!?」  こく、と潤は頷く。  やはりその相手は天ではなかった。  分かっていた事なので傷付きはしないけれど、「そっか、そうだよな、違うに決まってるよ」と心の中で自らにフォローを入れたのは何ゆえか。 「それは……何ていうか、禁断の恋ってやつだな」 「……でしょ。 僕、天くんが年上だって知ってから、話聞いてほしいなって思ってたんだ。 年上の人を好きになりましたーなんて、同世代の友達に話しても理解してもらえないんだよ」 「そうなのか?」 「うん。 ……ちなみに天くんは、性についてはどう考えてる?」 「性って……」 「天くんは、何? 嫌じゃなければ教えてほしいな」  年の差恋愛など大した事ではないだろうと思っていた矢先、急な角度から質問が飛んできた。  性と言えば "性" しかない。  決まりきった答えは、もはや自己催眠をかけているかのようにするりと口に出る。 「俺はβだよ」 「……そう。 そうだね、……βだよね。 僕もだよ」 「────え!?」 「ん? そんな意外だった?」  先程と同じトーンで驚いた天と、まったく同じ返答をする潤の台詞はまさにデジャヴだった。  絶対に、絶対に、そうに違いないと確信していたはずの潤がβとは。  途端に、あの "何か" の意味が分からなくなる。 「潤くんはαだろ!?」 「……どうしてそう思ったの?」 「えっ……い、っ……いや、なんとなく!」 「何それ?」 「初対面の時から思ってたんだよっ。 見た感じとか雰囲気で、αだろうなって」 「僕、そんなにαオーラ出てる?」 「出てる」 「そうなんだ。 でも僕はβだよ」 「へぇ……」  潤は、自身をβだと言い切った。  天の自己催眠や長年の偽りと同じく、それは少しの淀みもない。  微かによぎった "もしかして" を否定された天は、視線をウロウロさせて内心だけで動揺した。  これは、静電気説が濃厚になってきた。 「Briseのトイレの横に個室があるんだけど、あれ何だと思う?」 「……え? 喫煙者用の個室じゃないんだ?」 「違うの。 あれ、Ω専用の個室」 「えぇ!?」  そもそもそんな個室があった事さえ気が付かなかった。  Briseには天の興味をそそる物があちらこちらにあり、しかも潤に隠れて朝の薬を飲むという大きなミッションがあったためだ。  チクリと胸を刺す、「Ω」という単語に顔が引き攣りそうになる。  込み入った会話をしている二人の目の前を、仲睦まじい四人家族が通って行った。  それを目で追っていた潤は、足を組んで遠くの緑に視線を移す。 「半年くらい前だったかなぁ。 お店でヒート起こしちゃった人が居て、その人男性だったんだけど……それがもうすごい騒動だったみたいで」 「……男性……男性のΩ……?」 「うん。 僕その日たまたま休みで、あとからその騒動を聞いたって感じなんだけど。 今は男性のΩって珍しいんでしょ? 常連さんとかバイトの子とか、その日以来Ωを悪く言ってるのが嫌で嫌で」 「………………」  耳が痛かった。  つい三ヶ月前、騒動にはならなかったが似たような経験をした天に、それは他人事ではない。  学生時代、クラスメイトもΩのヒートについてを嘲笑っていた。  こと男性のΩには手厳しい言葉が横行し、その場で愛想笑いをするのさえ難しかった天にはやはり偏見という二文字が深く突き刺さる。  潤はβだと言っていた。  しかしΩ性の悪口を聞くのは苦痛だと顔を歪めている。 「僕の周りはβしか居ないからよく分からないんだよ。 好きな人ももちろんβだし。 Ωだからってそんなに悪い事なの? みんな性についての知識はあるんだから、助け合えばいいのにって思っちゃう」 「………………」  天は、どう返事をしたら良いのか分からなかった。  若い潤や、その周囲の者等も圧倒的にβ性が多い世の中だ。 偽り続けている天も、その中の一員だと勝手に思っている。  けれど……潤のように擁護する者はあくまでも少数派で、これはそんなに簡単な問題ではない。

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