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第46話

 ……おめでとう……?  潤を見上げ、目を丸くした天の心臓がドクドクと激しく脈打ち始める。  今日は確かに、天の誕生日だ。 朝方掛かってきた母親からも、電話口で「おめでとう」と言われた。  しかし何故、潤がそれを知っているのだろう。  差し出してきたプレゼントが前もって購入済みだった事からも、潤は事前に天の誕生日を把握していた事になる。  あまりにも唐突で、不思議で、天は言葉を失くして唖然と潤を見上げていた。 「天くん、……ごめんね、迷惑だった?」  沈黙に耐えきれなくなった潤が、悲しそうにプレゼントを鞄にしまおうとした。  わざわざ天のために買ってきてくれた物、そして祝おうとしてくれた気持ちを、沈黙によって無下にした事に気付いて慌てた。 「……い、いや、……違うんだよ! ありがとう! 気持ちはすっごく嬉しい! で、でもなんで俺の誕生日知ってたのかなって」 「嬉しい? ほんとに? これ、ここですぐに開けてくれる?」 「え、今? ここで?」 「うん。 すぐ使ってほしい」  大慌てで服の上から潤の腕に触れ、迷惑なはずがないと訴えると改めてプレゼントを差し出してきた。  ありがとう、と戸惑いながら受け取ると、無意識に正方形の中身を予想する。  人通りの多い駅前で、今すぐ開封してと急かされた天はとりあえず駅構内に設置された固い椅子に腰掛けた。  膝の上にプレゼントをちょこんと乗せ、隣に腰掛けてきた潤の視線を感じつつ緊張の面持ちでリボンを解く。  切り揃えられた爪で、包装紙を綴じたセロハンテープを丁寧に剥がしていった。  そういえば豊からマフラーを貰った際も、その場での開封を求められた。  世間の目が怖い天は、世の中の事柄に疎い。  今はそういうのが流行っているのだろうかと妙な勘違いをしているが、天に防寒具を贈った二人はもちろんそのような流行りなど知らない。 「あ、っ……手袋! 一緒の柄だ!」  蓋を開けて目に飛び込んできたのは、今まさに天の首に巻かれているマフラーと同じ柄のふわふわした手袋だった。  なんと色まで同じである。 「……すごいよね。 僕向こうから天くんのマフラーが見えた時、頭の中が一瞬パニックになったんだ。 あれ、僕マフラーあげたっけ?ってね」 「うん……ほんとにすごい。 偶然だなぁ」  贈ってくれた者はそれぞれ違うというのに、あり得ないシンクロに天はさらに戸惑った。  しかも誂えたように、二人ともが防寒具。  そんなに寒そうに見えたのだろうかと思う前に、我慢できるとケチケチして貧乏くさかった自分が恥ずかしい。  手袋を嵌めて握ったり開いたりを繰り返す天を、これ以上ないほど優しく見守る潤の視線が年上感で溢れていた。 「あったかい?」 「うん、ありがとう! ……でもなんか悪いよ。 俺ずっと潤くんに甘えてばっか」 「ふふっ……。 天くんの誕生日なんだから、今日も甘えててもらうよ」 「え!? いやだから、そこまでしてくれなくていいって……」 「ダメ。 誕生日は一年に一回なんだよ。 こんな日に甘えなくてどうするの」 「ずっとなんだってば、甘えてんのは」 「これからも甘えてたらいいじゃない。 僕がしたくてしてるんだから」  包装紙を綺麗にたたみ、リボンと一緒に小さなリュックへしまい込む天は再度唖然となった。  醸し出す年上感が並大抵ではない。  発言までこんなにも大人びている。 「…………潤くん、ほんとに高校生? 言う事がいちいちかっこいいんだけど」 「それなら、ずっとそう思ってて。 僕のことかっこいいって」 「みんながそう思ってるよ」  チラチラと潤を窺う周囲の視線は一つや二つではない。 見惚れるように数秒見詰めてくる者も居れば、二度見して頬を染め立ち去ってゆく者、様々だ。  潤は、ただ駅のベンチに腰掛けているだけで注目を浴びている。  隣に居る天には目もくれず、お兄系ファッションに身を包んだ潤の存在感はやはり皆を惹き付けてしまうのだ。  けれど潤の表情は浮かない。 「……みんなじゃなくて、天くんだけがいい」 「え?」  ぼそりと呟いた潤は、いつの間にか天から視線を外しそっぽを向いていて、何と言ったのか聞き取れなかった。  張り切って三十分も前から待っていた天の体温が、潤と会ってから少しずつ上がっていくのが分かる。  程良い形の引き結ばれた唇と、高い鼻筋に見惚れた。 少し伸びた気のする髪も定期的に美容師の手が加わっているのが、艶めいた美しい髪質で見て取れる。  まだ高校生ながら、本当に上質な男だと思わざるを得ない。  手袋のおかげでポカポカになったせいか、まだまだ横顔を見詰めていられると呆けた天の視線が上に向かう。  立ち上がった潤が、天を見下ろしてふわりと微笑んだ。 「ううん、なんでもない。 映画遅れちゃうね、そろそろ行こうか」  触れるとビリッときてしまう素肌は顔の上半分だけになり、スマートなエスコートが得意な潤はさり気なく手袋越しの手を引いて立ち上がらせた。  手を繋いだまま移動するのかとドキドキしてしまったが、それはほんの数秒で終わる。  動揺を隠すにはうってつけのマフラーに顔を埋め、温かくなった手のひらは知らず拳を作った。  今日もありきたりな映画鑑賞をチョイスした天は目的地までの道中、緊張がまたぶり返してくる。  当たり前のように甘やかしてくる年下の潤はというと、以前と違い今日は空いていた席から何故かカップルシートを選択した。  隣同士に並んで掛けると、早速辺りを観察し始めた物好きに「潤くん」と声を掛ける。 「今日は人間観察してないでちゃんと観なよ」 「それは約束できないな」 「なんでだよっ。 映画がいいって言ったのは俺だけど、これ観たいって言ったのは潤くんなんだぞ!」 「だって楽しいんだもん。 ほら見て、あそこのカップル。 彼氏が尻に敷かれてる」 「なんでそんな事が分かるんだよ」 「彼女の視線、口調。 それだけで日頃の二人が見えてくるじゃん。 いつもあぁやって彼氏を奴隷みたいに扱ってるのかな」  潤の視線を追った天も、言っている事は何となく分かる、と頷いてしまいそうになった。  けれどここは、年上らしく窘めなければ。  無邪気に毒付く潤に悪気がなくとも、彼らが実際にそうだったとしても、他人が好き勝手言うのはよくない。 「……潤くん、やめなさい」 「ふふっ……はーい」  軽い返事と美しい笑みを向けられ、手袋を外しながら脱力した。  上質な男は反省の色が見えなくても何故か許される、これこそ得な才能だと思った。

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