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第47話

 潤が選んだ映画は、実に彼らしいものだった。  海外のとある四人家族に巻き起こるいくつかの小さな事件を、ありきたりだがとても美しい "絆" で乗り越えていく話題のホームドラマ。  天にはこれから先も掴めない家族の形だけれど、ついラストでは涙ぐんでしまうほど感動的な良作のおかげで今もまだ温かな余韻が続いている。  前回同様、天のために両手いっぱいに飲み物や食べ物を買ってきた潤は、はじめの窘めが効いたのか今日は人間観察をそれほどしていなかった。  だがそれは、映画館内だけの話だ。  雰囲気がどことなくBriseに似たカフェに入店すると、さり気なく辺りの客達をジッと観察し、最後には天の顔に戻ってきてニコッと笑う。  天はホットココアを飲みながら、その視線を交わした。 目の前に腰掛けた潤があまりに優雅で、照れてしょうがないのだ。 「───天くんが言ってたんだよ、自分で」 「え……?」  アメリカンコーヒーに口を付ける潤が、映画の感想を言い合った直後にそう切り出す。  突然なんの事だと、天は小さく首を傾げた。 「誕生日のこと。 すごく眠たいって言ってた時期あったじゃん。 あの時、寝ぼけて言ってたの」 「あ、あぁ〜そうだったんだ」 「あと、初めて会った日にも言ってた。 「十二月で二十二になる」って」 「そんな前のこと覚えたのか……」  海外ドラマにハマッているなどと嘘を吐いたあの時の事は、抑制剤の副作用のせいでほとんど記憶が無い。  どんな流れでそんな話になったのかは分からないが、些細な会話の切れ端を覚えていてくれて、さらに祝おうとしてくれた気持ちが嬉しかった。  忙しい最中にプレゼントまで用意してくれた潤に、天はまだ何一つお礼を返せていない事がやはり気に掛かる。 「もちろん。 僕にとっては人生が変わった夜だったし」 「へぇ……そうなんだ。 あの日潤くんはバイト帰りだったよな。 仕事中に何か良いことがあったんだ」 「いや全然違うけど、そういう事にしておいて」 「違うの?」 「天くん、次はどこに行きたい? 夜ご飯までにお腹空かしておかなきゃ」 「え、っ……」 「考えてきた?」  潤と話していると、たまにこうした話題のすり替えをされる。 そこから話が広がっていく事が多いため、彼との会話はほぼ途切れない。  問われた天は静かにカップを置いた。  甘いココアの風味が口に残っていたから、という言い訳を思いつつ、水を飲んで時間稼ぎをする。  昨夜の電話でも、映画のあとどこに行きたいかを考えておくようにと宿題を出されていた。  前回のように大きな公園をのんびりと散歩するのも好きなのだが、初雪が観測されたほどに寒さが厳しい今日はあまり外をウロつけない。  そこで、駅で潤を待つ間にふっと思い付いた行き先を脳裏に浮かべてみたが、普通ではないそれを口に出すのは非常に躊躇われた。 「あ、まぁ……うん。 一応考えたんだけど、笑わないでほしい……」 「ん、なになに?」 「……水族館の、ゲテモノコーナーに行きたい」 「ゲテモノっ? い、イルカのショーとかじゃないの? 水族館だよね?」  案の定、ピンポイントで妙な事を言う天に潤はギョッとした。 その反応が正しいと思う。  しかし天も決して冗談で言っているわけではなく、今まで潤に見せてきたどの表情よりもキリッとした真顔になる。 「イルカより、気持ち悪いの見たい」 「へ、へぇ……! 天くんそういうの触れちゃう人?」 「いや、無理。 見てたら背中がゾクゾクってするの、ちょっとクセになんない? テレビでそういうのやってたらつい見ちゃうんだ、俺」 「うわぁぁって思うだけ?」 「そう。 ……変だよな」 「変じゃないよ。 変わってるけど、変じゃない」 「それ一緒だし!」 「あはは……っ! いいよ、ゲテモノ見に行こう。 ついでにイルカのショーも観ようね」 「寒いからやってないんじゃない? ……イルカが寒さを感じるのかは知らないけど」 「ぷっ……、調べてみるね」  揶揄いを含んだ笑いを散々受けてしまったが、迅速に水族館の情報から経路までを調べてくれた潤と、今日は閉園時間まで楽しむつもりで電車に乗り込んだ。  最寄りの名の知れた水族館は年末年始も休園せず、かつ集客が見込めるらしく営業時間も運良く伸びていた。  良かったね、と微笑む潤は行く先々で注目を浴び、事あるごとに手袋とマフラーで防備した天の姿を褒めてくれる。  とてもよく似合ってる、素敵だね、……そんな台詞を恥ずかしげもなく自然と言い放つ彼は、実際にゲテモノを見て「ヒィッ」と喉を慣らす様さえ可愛いと、さも愛おしげに天を見詰めていた。 「うぅわぁぁぁ……っ」 「…………っ」  人生で初めて水族館にやって来た天は、テレビで観ていた通りの巨大な水槽を見上げ、小さな子どものように「わぁ、」と感嘆の声を上げた。  まるで造りものの綺麗なオブジェのような、大きなイソギンチャクがゆらめく小さな水槽をマジマジと見ていただけで、潤からその横顔を目尻を下げてうっとりと眺められていた自覚はない。  今しがたの驚愕の声は、魚達の美しさに見惚れていたわけではなかった。  一番の目的であるゲテモノコーナーに到着するや、一瞬にして天はまさしく幼子になったのである。 「潤くん、見て見て、こいつうねうねしてる!」 「してるね。 あ、ここに同じのが二匹隠れてるよ」 「ぃぃいい……っ!」 「こっちの子は足いっぱいだ。 すごいよね、この足全部に感覚あるのかな」 「ひぃえぇぇ……っ、足ぃぃぃ……!」 「ふふふ……っ、もう嫌だ? 帰る?」 「か、帰らない! もう少し見たいっ」 「怖いもの見たさってこの事だよね。 天くん、いま背中ゾクゾクしてるの?」 「してる! 鳥肌止まんないぞっ」 「あははは……っ! どうしたの、天くん。 今日可愛さが半端じゃないね。 ほんとに可愛いんだけど」 「えっ……?」

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