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はじめての巣作り16※

◆ 潤 ◆  無造作に広げられた自身の服は、見るも無残にクシャクシャになっていた。  その中央には、膝を抱えるようにして丸まった恋人が全裸で眠っていて、よく見ると天の顔は潤の服で覆われている。  クーラーの無い部屋でどれだけそうしていたのか、その体はしっとりと汗ばみ、表情は窺えないがどちらかというと寝苦しそうに呼吸が荒かった。  ──これが……〝Ωの巣作り〟……。  潤は、額を流れる汗を拭う事も忘れて何分もその光景に見入った。  愛おしい。  守りたい。  色々な心配事はそっちのけで、潤は自身の服が重なった上に眠る天に釘付けだった。  だが幾ばくもそうしていたわけではない。  この光景を楽しみに帰ろうとしていた潤の心を一気に冷ややかにした、突然の天からのメッセージを思い出したのだ。  いつ発情するか分からない天だが、正気を保っている時間もいくらかはある。  潤と母親の会話が耳に入ったのだろう彼の、卑屈めいた文面に心が抉られた。  何かを察した彼がどれだけ身を引こうとしても、〝しるし〟が二人を結び付け、潤と天はそれに準じながら愛を育み始めたばかりだ。  何があっても、どんな事が起きても、潤は天を離すつもりはない。  産み育ててくれた母親との約束より、これから死ぬまで同じ時間を共有したいと願う天の方が大事だ。  Ω性である彼が、潤の手を離した時。  孤独では生きて行けない天が、潤ではない別のα性の者と番になると想像しただけで、腸が煮えくり返る。 「んくっ……んっ……んっ……!」 「そんなに噛み締めてたら顎痛くなっちゃうよ、天くん」 「ふぁ……っ」  潤は、汗を流すという名目で裸になり、その場で天を貫いた。  宣言通り天の発情を促した潤は、そうして彼の体を抱き締めていなければ、沸き立つ怒りも耐え難い不安も消せないと思った。 「天くん、力抜いて」 「いぁっ……うぅっ……んっ!」  ぬるいお湯を出しっぱなしにしたシャワーを止め、弱々しく壁に手をついた天を後ろから貫いていた潤は、収縮する襞を掻き分けるようにしてズルズルと自身を引き抜いた。  性器にまとわりついた天の愛液さえ愛おしく、滑ったそれを数回扱き、華奢な体を抱え上げる。  反射的に潤の首に腕を回してきた天に一度キスを落とすと、指先を秘部に沿わせ、浅くぐちゅっと掻き回した。 「んぁっ……」 「ちょっと待ってね。ゴムしてなかった」 「んんっ……潤くん……っ! 早、く……ちょうだい……っ」 「煽らないでってば」  右腕のみで天の体を抱えたまま、苦笑した潤は浴室から腕を伸ばしコンドームを手に取る。  その間も天は、潤を誘うように下腹部を擦りつけていた。  勃ち上がった天の性器が、ピタピタと潤の腹にめり込む。反り返った性器にコンドームを装着する一分にも満たない時間でさえ、発情した彼には惜しいのだ。  目の前が霞み、クラクラするほどのフェロモンを放つ天の甘えた声に煽られた潤の性器は、触れずしてビクビクと揺れた。 「天くん、挿れるよ。深いとこまで入っちゃうけど、我慢してね?」 「うん……っ、なんでもいい、早くちょうだい……っ! 潤くん……っ、はやく、きて……っ」 「…………っ」  先端をあてがうと、潤の体に巻きついた細い両足に力がこもった。温かなそこへズプッと挿入を試みると、首元に回った華奢な腕も力んだ。  先端を埋めた潤は恍惚としながら、徐々に天の腰を落としてゆく。 「天くん……」 「あぁ……っ! 潤、くん……っ、きもちい……きもちいよぉ……っ」 「挿れただけで?」 「うんっ……うん……っ! きもちぃ……っ」  しっかりと潤にしがみついている天は、濡れた秘部を性器で満たされる事を待ちわびていたかのように、柔らかく笑みながら喘いだ。  自らでそこに触れるのは恥ずかしいらしいが、潤の指や性器を挿れるとひどく喜ぶようになった。  普段の天では考えられないほど、貪欲に潤を求めてくれて嬉しい反面、怒りのオーラを消せずにいる潤の不安は尽きない。 「最初は触るのも嫌だって言ってたのに……エッチな体になっちゃったね、天くん」 「んっ……! やらっ……はずかしい、から……っ」 「言うなって? それは無理だよ」 「あっ、あっ……! まって、潤くんっ! ゆっくりいれて、ほし……っ」 「それも無理」 「やらぁぁ……っっ」  架空の嫉妬相手に怒りを滾らす潤は、言葉で天を責めつつ彼の言う事も聞いてやらなかった。  先端を挿れてしまっても、二ヶ所は躓く箇所がある。そこはゆっくりと挿入してやらなければ、いくら中が愛液で濡れそぼっていたとしても快感と共に痛みも伴う。  だが潤は、何度となく愛し合った天の癖は分かっていた。  ずぷ、ずぷっと躊躇なく腰を進め、小さく呻いた天が目を閉じたその時、彼は痛みよりも快感が勝っている。 「んんっ……んっ……ふぁ……っ」 「目閉じないでって言ってるでしょ? ちゃんと僕のこと見てて。天くんのこと気持ちよくしてるのは僕だよ」 「う、……っ……っ!」 「天くん、キスして」 「えっ、キ、キス……? おれ、から……っ?」 「そうだよ」 「うぅっ……!」  激しい快感と戦うため閉じられていた瞳が、薄っすらと開く。  明らかに背丈の違う彼らでは、駅弁体位でのキスはなかなかにハードルが高い。潤が背中を丸めても、天が意識的に体を起こしてくれなければ無理なのだ。  貫かれている方の天の瞳は「意地悪言わないで」と訴えているけれど、潤は譲歩しない。  しばらく見つめ合って待っていると、おずおずと天が背中を伸ばし頭を傾けた。  潤の望みを聞こうと恥ずかしそうに引き結ばれた唇が、可愛かった。  そっと触れたそこへ、潤が迷いなく舌を差し込んだと同時にギュッと性器を締め上げられたが、舌先で遊ぶキスはやめられない。  上顎を舐めて天の舌を甘噛みすると、放たれるフェロモンの匂いが濃く近く、背中が震えるほど興奮した。  もっと、もっと、と潤は甘い舌を欲したものの、天は数分で力尽きた。 「……ん、美味しかった。もう少し長いと嬉しいんだけどな」 「むり、らよっ……! おれ、くるしいもん……っ」 「どうして」 「だって……っ! 潤くんの、ここまで、はいってる……!」  息も絶え絶えに、天は自身の腹を擦った。しかし潤はその手を取り、ヘソ辺りをクンッと押す。 「ほんと? ……ここじゃない?」 「ひぁぁっ……!」  膨らみは無かったが、自身が入っている感覚と同じと思しき場所は当たっていた。  ビクンッと体を震わせ、首から二の腕へと移動した天の指がギリッと潤の肌に食い込む。 「ほらね。天くんが感じてるより奥まで入ってるんだよ。……子宮、こじ開けちゃおうか?」 「らめっ……らめ……! 赤ちゃん、できちゃう……っ」 「ゴムしてるから大丈夫だよ」 「ん、んっ……んっ! 潤くんっ、らめって、言って……っ! あぁっ──!」  制止の声など聞いてられないとばかりに、潤は最奥の入り口へ先端を捩じ込んだ。  僅かに引っ掛かる感触の後、天の薄い下腹部から鈍い音がした。初めて最奥を突破した瞬間、潤は恍惚と天井を仰ぎ、天は一際高い嬌声を上げた。  潤の腹は、天の精液にまみれた。  さらにしつこく腰を動かし最奥を抉る度に、小ぶりな性器から透明の液体がとぷんとぷんと溢れ出る。  絶頂を追う潤は、天から発せられる微かな「動かないで」の声には耳を傾けなかった。 「既成事実って言葉、魅力的だよね」 「……っっ」  うっそりと笑った潤のそれは、本心だった。  避妊率百%の、α専用の頑丈なコンドームがたとえ破けてしまったとしても問題は無い。  自身の未熟さを棚に上げ、〝既成事実〟さえ作れば皆を黙らせる事が出来る──潤は本気でそう思った。  無論、皆というのは天もそのうちに入る。

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