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はじめての巣作り17
無理な態勢で下から突き上げ続けた潤は、華奢な体をかき抱き、腰を震わせ何度もクッと息を詰めながらの長い射精を終えた。
うなじのみならず全身から放たれたα性特有の興奮フェロモンが、放心状態で潤にしがみつく天の体を覆うように包み込む。
「……天くん……っ」
愛おしい名前を呼び、そのか弱い体が壊れてしまいそうなほど強く抱きしめようと、潤の中にある天への愛情はほんのわずかしか伝えられない。
どうすれば天を繋ぎ止めていられるか。
なぜ自分は自由な身の上ではないのか。
いつでも性別が枷になる世の中に、改めて憤りを覚えた。
──このまま繋がってたい……。
天が作った初めての小さな愛の巣を目の当たりにした時、潤の中にある何かがチリッと熱を持った。
それが枷になるわりに、性の区別があるからこそ確実に繋ぎ止める術が現存する。
潤の心は、グラグラと揺れた。
いっそ噛んでしまおうか。
ただ頑丈な首輪のロックは、天の指紋と解除番号が必要になる。これは他ならぬ二人で決めた事なので、番に関するすべては潤のみの判断では何も出来ない。
しかしそうでもしなくては、慎ましい天が身を引いてしまう。
今よりもっと自身の性別に絶望させてしまうかもしれないのが分かっていて、このまま何もしないのは絶対によくない。
番関係となる前に無意識に巣作りするほど天は潤を本能から欲し、また、好きでいてくれているのだ。
愛おしいと言うほか無い。
「潤くん、……あの……抜かないの?」
はぁ、はぁ、と荒く呼吸をしている潤に、貫かれたままの天が恐る恐る見上げてくる。
ふわふわと発情フェロモンの残り香を漂わせ、その無防備な表情で潤の心を捉えて離さない天のことが、こんな時も可愛くてたまらなかった。
──離せない。この子は、離したくない。離しては駄目だ。
潤は、天の鼻先にキスを落とすと、腕にギュッと力を込めた。
「ごめんね、もう少し。もう少しだけ……」
「……うん」
年の差が憎かった。
もっと成熟した大人であれば、天に不安を抱かせずに済んだだろう。卑怯な言葉など吐かず、胸を張って堂々と天を守れていただろう。
もどかしかった。
天を繋ぎ止める方法も、しがらみから逃げおおせる術もあるというのに、家族という切っても切れない縁が潤と天を追い詰めている。
それがただの見栄だけであれば、潤はもっと突き放せていた。けれどそう簡単に切り離せないのは、やはり突然変異で生まれた自身の性別が一族の光になるからだ。
自分たちだけが良ければいい──その考えは、これまで性別の区別に嫌気が差していた二人の思いをも投げ出す事になる。
潤は、出会った頃の天の様子を思い出した。
Ω性である事をひた隠し、〝普通〟を強調し、β性になりたいと涙を流していた可哀想な恋人の姿を……。
「……抜くね」
「んっ……」
天の体を支えながら、潤はじわりと腰を引いていく。
愛液で濡れた性器をズルズルと引き抜き、ゆっくりと天を床に下ろすも、潤の支えが無くては立てないようだった。
何も言わずとも腕を掴んでくる天に笑みを零した潤は、ぴたりと嵌ったコンドームの先を見て「あーあ」とわざとらしく大きな落胆の声を上げた。
「破けてなかったかぁ」
「……え?」
「これが破けてれば、僕たちの赤ちゃん……天くんのここに宿ってたかもしれない」
「えぇっ? 潤くん、何言ってるんだ?」
「……ほんとにね。僕は何を言ってるんだろうね」
「…………?」
決して、既成事実が最善の策とは言えないが、揺れ動く潤の未熟な心が本音を呟かせていた。
薄い腹に手のひらを添えられた天は正気を取り戻し首を傾げて見てきたが、困ったように笑い返す事しか出来ない潤は無力だった。
愛し合う二人の邪魔をする何もかもを排除したいと、そう強く思うだけ思って項垂れる。
一つだけ確かなのは、後始末から体を洗い上げるまでを潤に任せてくれるようになった天を、死んでも離せないという事。
今潤に出来る最善は、天の心を逃さないように通わせておく──それだけだ。
◆
風呂上がり、汗だくになる覚悟で下着だけを身に着けた潤は、天の作った愛の巣にお邪魔した。
冷えた麦茶を二つと、昼に服用しなければならない抑制剤を持ち、熱気のこもった部屋の隅に二人並んで腰掛ける。
数枚の衣服の上ではとても座り心地が良いとは言えないけれど、天がひっそりと作った巣だというだけで愛おしいものになる。
当の本人は、無意識下とはいえ潤の私服を勝手に持ち出し、ぐしゃぐしゃに床に広げていた事にとてつもない罪悪感を抱いているようだが、そこがまた天らしい。
「──天くん、はい。冷たい麦茶」
「あ、ありがとう……んむっ」
潤からグラスを受け取った天は、すかさず抑制剤を口に放り込まれ慌てて麦茶を飲んだ。
全裸に大判のタオルを巻き付けているだけの天の肩を抱き、潤は少しの間窓の外を眺める。
小高い場所にあるこのマンションの辺りは、建物よりも低い位置に木々がある。だが陽避けが無い代わりに、雲一つない青空が見放題だ。
──綺麗だなぁ……時間が止まってるみたいだ。
忙しなくうるさい蝉の鳴き声はやかましいが、真っ白な雲が流れていかないどこまでも透き通った青空はただただ美しい。
その最中、隣から熱い視線が注がれている事は知っていたけれど、考えを巡らせていた潤は気付かないフリをした。
性欲の波が落ち着くと、今度は〝何もしなくていい、ただこうしていたい〟と思った。
熱中症になるだ何だと天を叱りつけ風呂まで運んでおきながら、なぜ潤は再びここに連れ込んだのだろうと不思議でたまらない様子の天も、黄昏れる潤の横顔に見惚れているため沈黙は続く。
「…………」
「…………」
七月中旬の暑さは並大抵ではない。
内外構わず数分ジッと留まっているだけで、全身に汗をかく。
潤に隠れ密かに作られていた愛の巣に、あまり長居が出来ないのは悲しい。
「……天くんは……僕と付き合ってるのツラい?」
ふと沈黙を切り、問うた潤は柔く天の左手を握った。
「えっ? なんで? ツラくないよ? 毎日嬉しいよ?」
「……そっか」
一瞬たじろいだものの、天はハッキリと潤の求める答えをくれた。
〝毎日嬉しい〟──。
その言葉がどれほどの意味を持つか、潤には痛いほど分かるだけに切なくなった。
キュッと小さな手を握りしめ、ぴたりと天に寄り添う。
「僕もだよ。僕も、天くんと付き合い始めてから毎日が楽しくて仕方がないよ。毎日大好きな天くんの声が聞けて嬉しいんだ。天くんさえ居れば寂しくないから、他の誰も要らないって思えるくらい」
「……うん。俺も同じ気持ちだよ」
「じゃあどうして……」
「うん?」
「……いや、何にも。ごめんね」
さらりと共感を示してくれた天に、潤は思わず「じゃあどうして、あっさり身を引こうとするの」と言いかけてしまった。
既のところで言葉を飲み込んだのは、天にはどうする事も出来ない問題であるから。
性別は変えられない。
潤との恋もやめられない。
天が身を引こうとする原因は、紛れもなく潤の方にある。
それならば潤が、何とかしなくてはいけない。天を縛り付けたところで解決する問題ではないのだ。
「あのね、天くん……」
「待って。ちょっと待って、潤くん。俺から先に言わせて」
「…………?」
やはり気持ちを通わせる事が最優先だと、潤が口を開いたその時。何かを察知した天が、突然年上ぶった。
まるで、潤が何を言おうとしたかを完璧に感じ取っているかのような制止だ。
「潤くん、一つだけ分かっててほしい事があるんだ」
理性を崩されフニャフニャと甘えてくるそれが別人に見えるほど、正気の時の天は凛としている。
そういう時の天は大抵、惑う潤を導くようなヒントをくれる。
「……うん。何?」
「俺は潤くんのことが好きだよ。離れたくないよ。性別に囚われない恋なんか一生できないと思ってたから、毎日嬉しいって言ったのは本心だよ」
「…………うん」
「でも、……」
「それ以上は聞きたくない」
「潤くんっ」
黙って耳を傾けていたけれど、今回ばかりは潤の望む言葉を言ってくれない気がした。
ほんの少しの不安も、お互いのためにならない懸念もすべて払拭したい潤は、天の寛容さが信じられなかった。
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