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しあわせとはなんだろう?
その学校は、日本が世界に誇る企業の子息が多数通っていた学校だった。
一之瀬家が運営していたそれは、今は理事会の一人だった篠宮が運営している。
転校生として、一之瀬のバカで話の通じない甥を裏口から入学させた。
そして、学校中を引っ掻き回しズタボロにして、一之瀬自身は一之瀬家から廃嫡された。
それはもう半年以上前の話だ。
「・・・お前がこんな所に居るとはな」
「し、のみや・・・お前が何でここにいる?」
バーカウンターで、一人カクテルを飲んでる。隣に静かに人が腰をかける気配がする。
今日は、思うような相手が見つからず、一人で飲み続けていて、泥酔寸前、と言うところだった。
篠宮は、ふぅーとたばこの煙を吐き出すと、言った。
「質問を質問で返すとは、頂けないぜ。元理事長?」
その言葉に、チッ、と舌打ちをして、飲みかけのカクテルを一気に飲み干すと、席を立つ。
しかし、飲みすぎた体はぐらつき、転びそうになった所で腕を掴まれた。
何故か、掴まれた腕から伝わる温度に、嫌な予感しかしない。
一之瀬が知っている篠宮なら、腕を掴みさえせずに、転んだ一之瀬をせせら笑っているような奴だったからだ。
とある事情で、高校の卒業以来顔を合せて居なかったが、変わったのか?とも思った。
「何を・・・」
「マスター」
そう言って声を掛けると、数枚の札を出して席を立った。
勿論、一之瀬の腕は掴んだままで。その枚数に一之瀬もマスターも驚いている。
「お客様」
「コイツのと、俺の。迷惑かけたな、こいつは連れて帰るわ」
多すぎです、と声をかけようとしたマスターに、篠宮は言う。
おい、と暴れる一之瀬を引きずるように地下にあるゲイバーを後にした。
引きずられるまま、ホテルに入り、そのままベッドの上に放り投げられた。
衝撃は吸収されたものの、一之瀬からうめき声が聞こえる。
その隙に、篠宮は一之瀬の顔を覗き込むように覆いかぶさっていた。
「っっ!!おい、いい加減に」
「往生際が悪いぜ、一之瀬。金額分は楽しませろ」
はぁ!?と、篠宮を睨みつける。
一之瀬には、篠宮から金を受け取った覚えはない。
「払っただろ、お前の分も」
その言葉で、バーの支払いについてだとわかる。
「なっ、それはお前が勝手に」
「ゴチャゴチャうるせぇな。いいから」
黙れよ、と睨まれる。が、そんな事で怯むなどお互い天敵同士などやっていない。
それを解かっているのか、篠宮はネクタイを抜くと素早く一之瀬の手を縛り上げた。
シャツを引き裂くように、ボタンをはずされる。
「いっ!」
捻るように弄られる胸に、痛みを覚える。
「てめぇ・・・、もっと丁寧に扱えよ!」
一応、一之瀬の今の商売道具はこの体一つなのだ。
傷つけられては困る。
篠宮が舌打ちしたかと思えば、ベルトを外され、下着ごと引き下ろされた。
「何だ、萎えたまんまか」
「当たり前だっ」
痛みで起たせる事が出来るМではない。
「うぁっ、やめっ」
そのまま、前を通り過ぎ、性急に後ろの穴へと手が伸びる。
何の前触れ無しに、滑り込む二本の指に体を跳ねさせ、目を見開いた。
「・・・ゆるい」
「う、るさっ、はっ、もんく、あんならっ、ぁっ、いぁっ!?」
やめろ、と言いかけた所で中の指が増やされ、差し込まれた。
「ゃっ、ゃっ!」
痛みに、目を瞑り首を横に振る。
「・・・」(それでも、泣かねぇのな)
「はっ?な、に?」
ぼそぼそ、と呟かれた声は一之瀬には聞き取ることは出来なかった。
再び、舌打ちをしたかと思うと中の指を早急に中を押し広げるように動かされる。
「・・・こんなもんか」
ずるり、と抜けた指に諦めて体から力を抜いた。
酔いが回った体で、腕を縛られ、ろくな抵抗など出来ない。
ならば、流れに任せてしまった方が、マシだとそう思った。
「っ、なっ、なにっ?」
「どうした?さっきまで余裕そうに見えたが?」
「うるさっ、いやっ、まてっ!!」
今まで、大なり小なりそれなりのモノを迎えてきた。
けれど、篠宮のそれは今までに経験したことの無い感覚だった。
「待てと言われて誰が待つんだ」
そう、言いつつ篠宮は、やめろ、と言う一之瀬の言葉に耳を貸すことなく、パツンっと音がなるほど勢いを付けて押し入ってきた。
「~~~っっっ!!!」
その瞬間、目の前がチカチカして呼吸の仕方も忘れた。
「ふっ、はっ!!あぅぅ、あぁ!!ふ、ふろいぃ!」
太い、し、かたい。今まで、篠宮のような一物に出会ったことなんて無かった。知らなかった、奥まで割り開かれる感覚。
中は、ぎゅうぎゅうと篠宮を締め付け、それ以上先へと進ませないように、拒む。ボロボロと涙は零れた。
一番衝撃的だったのは、この状況下でも体は快楽と受け取るのか、いつの間にか触られてもいない男根はイってて、腹の上が白く染まっていた。
「ひぐっ!らん、れっっ!!?」
太い、とつい口に出た途端、ぐっ、と一段とそれが大きくなった。
「くっ、はっ、緩かった割にはよく締め付けるじゃねぇの」
そう言いながら、腰を使う篠宮に首を横に振ることで訴える。
もう、プライドなんて関係なかった。
細かく動くだけでも、凄い刺激となって襲い掛かってくる。
もう嫌だ、とずり上がって逃げようとするも、腰を抑えられて戻される。
―――落ちる、落ちていく。
終わりだ、とでも言うように押さえつけられ、最奥で出された熱を感じ、また一之瀬も吐精しながら、その意識は急激に落ちて行った。
サイド:篠宮
ずるり、と中から一物を抜き出すと、ベッドに腰をかけてため息を吐いた。
タバコを取り出し、煙を吸い込んで吐き出す。
ベッドの上で、ぐったりと気を失っている一之瀬を見て、更にため息まで吐いた。
「・・・仕方ねぇか」
舌打ちを一つして、携帯でタクシーを呼ぶ。
財布から、数枚取り出してサイドテーブルに置く。
ついでに、一之瀬の携帯を取り出して勝手に操作し、連絡先を交換した。
それを一緒にサイドテーブルに置くと、一之瀬の中の物だけ掻き出し、身なりを整えてから部屋を後にした。
差出人:篠宮
―――――――――――――――
チェックアウトは何時でもいい。そこは俺のホテルだから気にするな。
それから、昨日の代金受け取れ。
着信拒否とかしたら、どうなるか解かってんだろうな?
一之瀬が起きた時、このメールを見たとき、どんな反応をするのか想像するのは易く、つい顔に笑みがこぼれる。
サイド:篠宮終
ぼんやりとした意識の中、無意識に動かした体の違和感に、急激に意識が覚醒していくのがわかった。
「っ!!ぃっ・・・」
ガバッ、と起き上がれば腰に走る痛みに眉を潜めた。
「くそっ、好き勝手しやがって・・・」
はぁ、とため息を吐くと、一之瀬はシャワーを浴びるためにゆっくりと立ち上がった。
「ん、何だコレ・・・?」
自分の携帯が、サイドテーブルにおいてあり、その下には数枚の万札。
携帯を開けば、メールが1件来ている。
メールを開けば、予感はしていたが篠宮からだった。
見た瞬間、ため息しか漏れなかった。
「・・・相変わらず、勝手な奴だな」
それだけポツリと呟いて、携帯をベッドの上に投げ捨てるとシャワーを浴びる。
中の処理は一応されていたみたいで、中から垂れてくることは無かった。
腹を下すことも無く、その辺は安心できた。
嫌がらせに、ルームサービスをとってやろうかとも思ったけど、今は本当に何にも欲しくは無かった。
とりあえず、最低限の身なりだけを整えると、少し迷ってから万札をポケットに無造作に突っ込み、部屋の鍵を持って出た。
フロントに鍵を返せば、本当に支払いも何も無いようで、そのままホテルを後にした。
望んでも、望まなくても、日は落ちて、のぼり、一日一日が過ぎていく。
「よぉ、また男漁りか?」
「・・・っ!?」
あれから、行く店を変えたって言うのに、悉く夜出歩けば見つかった。
GPSでも付いてるかと思えば、そうでもないらしい。
クソッ、と悪態を吐けば楽しそうに笑われた。
本当に、何が楽しくて篠宮が絡んでくるのか解からない。
そして、そうして篠宮につかまった日は、大抵抱かれた。
体に覚えこまされるように、何度も何度も・・・。
もう無理だと訴えても、必ず出会えば気絶するまでやられる。
次の日、動けなくなることもしばしばだ。
だからかここ最近、篠宮以外の相手をしていない。
「ぅぁっ、やっめっ、ひぃ・・・」
うつぶせのまま、背後から責められている途中、篠宮の携帯が鳴った。
鳴った当初、無視しようとした篠宮だが、なり続けるそれに舌打ちをすると、乱暴に一之瀬の中から抜き去り、携帯の通話ボタンを押した。
一之瀬は、ぐったりとそのままベッドへと体を横たえる。
「何だ?」
『・・・・・・・・っ、・・・・・・・・!!』
相手方の話は聞こえなかったが、声色を聞くにどうやら篠宮の息子、秋津らしい。
当然、一之瀬の元生徒と言う事になる。無意識の内に舌打ちをしていたらしい。
『・・・?』
「うるさい、黙れ。お前に関係あるのか?」
『・・・、・・・・!?』
「本当にうるさい。お前、誰に似たんだ?全く、その件は帰ってからだ」
そうして、一方的に通話を切ると、舌打ちをした篠宮はおもむろに着替えだして、たばこを口にくわえた。
その姿を一之瀬はただ、ぼんやりと見据える。
「なにしてんだお前。さっさと支度しろ」
「・・・は?」
説明もなしに、いきなりそう言われ考えた後、一之瀬は何とも言えないような顔で、篠宮を見た。
「俺が、あれだけで足りると思ってんのか?」
「俺が付いて行く意味が分かんねぇよ」
ふざけんな、と言えば篠宮はふざけてない、と真面目ないや、このやり取り自体真面目ではないだろうが、まじめな返答が帰ってきた。
「5分やる。シャワー浴びて着替えろ」
「いや、だから」
「グダグダ言うなら、裸で連れ出すぞ」
どうして俺がそれを聞かねばならない、と言おうとしてその脅し、本当に篠宮ならやりかねないと、一之瀬はため息を吐いた。
そうして、のろのろと立ち上がり、抜けそうになる腰に何とか力を入れて、歩く。本当なら、まだ歩きたくもない。
「ひっ!?」
歩いていると、つぅーっと内股を伝う感覚にふらりと壁に手を付いて一之瀬は歩みを止めた。普段は、気絶した後に篠宮が掻きだしているため、知らなかった感覚。他の客とやるときは、中出し何てさせない。
「・・・あぁ、忘れてたな」
歩みを止めた一之瀬に、それまで背を向けていた篠宮がニヤニヤとした顔を向けた。
その顔に、嫌な予感がした一之瀬は、早々にバスルームへと消えようとした。
が、体に思うように力が入らない今、失敗するのは明白だ。
「やめっ、ゃあっ!」
軽々と篠宮に捕らえられ、先ほどまで篠宮を受け入れていた場所に、2本の指を突き立てられた。
がくがくと、足が震える。
そんな一之瀬の様子さえ、たばこを銜えながら篠宮は意に返した風は無い。
篠宮は、手早く一之瀬の中に吐き出したモノを掻きだすと、そのまま担いでバスルームに入る。
そんな篠宮の姿が信じられず、抵抗すら忘れている一之瀬。
乱暴に落とされたわけではないが、ポイッ、と風呂場に放り込まれた一之瀬の顔に篠宮は乱暴にシャワーを浴びせかける。
「わっぷ、なっ、やめろ!!」
「なら、さっさと浴びて出るんだな」
そう言って、篠宮はシャワーを元に戻して出て行く。本当は、一之瀬をここまで連れてくることが目的だったのかもしれない。が、その真意を一之瀬が知る由もない。
くそっ、と悪態をついて早々にシャワーを浴びて着替える。
本心を言えば、従いたくなどないが、裸で連れて行くと言う脅しが一之瀬を逆らえなくしていた。
「出てきたか」
調度吸い終わっただろう煙草を、灰皿に押し付けて立ち上がった。
一之瀬の姿を確認して近づいた篠宮は、そのままスラックスを広げると、一之瀬の後ろの穴を弄る。
「っ、おまっ、いいかげんっ、んんっ!!」
つぷっ、と入ってきたのは篠宮の指ではなかった。
指よりもさらに太く、そして篠宮よりも細いもの。
ディルドだった。
前にはしっかりと、篠宮が一之瀬相手に自分では使わないコンドームが被せられて、元の形に戻される。
「出すなよ」
そう言って篠宮は、一之瀬の手を引っ張ってホテルを出た。
待て、と言う一之瀬の声を無視して。
一之瀬は、何度膝を付きそうになったかしれない。
篠宮が呼んだ車に乗ったときは、もう息も絶え絶えと言ったくらいだった。
つらっ、と車窓を眺めている篠宮を恨めしそうに見る一之瀬だが、少ないとはいえ、振動によって不意に訪れる、動くソレに耐えるのに精いっぱいだ。そんな刺激にだらだらと涎を垂らす一之瀬のモノ。スキンをかぶせられていて良かったのかもしれない。
車に乗って、着いたのは当然ながら篠宮の家だ。
「あ・・・っ、おい、待てっ」
降りて、早々に手を引かれて中に促される。が、はぁはぁ、と息遣いの荒い一之瀬は、そう早くも歩けない。
そんな一之瀬の姿を、面白そうとも面倒くさそうとも取れる顔で歩みを緩めることなく篠宮は見ている。
そうして、不思議と誰にも会う事無く、とある部屋のベッドへと転がされる一之瀬。肩で息をするぐらいに、疲弊している。
それ以上に、体がガタガタと可哀想になるくらい震えている。
「しばらくそこに居ろ」
それだけ言うと、篠宮は一之瀬を置いて出て行った。
一之瀬は返事もしなかったが、ここから動ける状況でも無い事は確かだ。
しばらくして、体の震えも納まってきたころ、うつらうつらとしていた意識は、扉の開く音で僅かに覚醒する。
一之瀬のその耳に、息を飲むような音と、カラ笑いが聞こえて来た。
「久しぶりだな、理事長。良い格好だ」
ベッドに寝そべっていた一之瀬は、顔をサッと赤く染めた。
一之瀬は、その声に聞き覚えがあった。
そう、篠宮にかかってきた電話の主で篠宮秋津だ。
この秋津が入学してきたから、一之瀬は本来果たそうとは思わなかった目的を果たすきっかけになった。
チッ、と舌打ちするとははっと笑う。
「なんだ、あいつの息子か・・・何の用だ?」
自嘲して笑って見せれば、苛立ちを買ったのか、舌打ちが響く。
「おじ、さま?」
「・・・お前も居たのか、ははっ、随分と仲良くなったものだな・・・」
一之瀬の血筋とは関係は無いが、彼は一之瀬の姉の旦那の兄弟の息子になる。
彼、誠が小さなころからの付き合いがあり、本当のおじではないが、その年の差故におじと呼ばれている。
「何故、あのような事をなさったのです?おじさまは、元来・・・」
「うるさい」
何故、と詰め寄って来ようとする誠を一之瀬は、一言でその歩みを止めさせる。
本当ならば好ましいはずの青年が、今日に限っては虫の居所も悪い一之瀬にとって、とても話をしたい相手ではなかった。
「お前に何が分かる?一之瀬の血も引かぬ傍系が!」
一之瀬が上半身を起こし、睨みつければ誠は二三歩後ろへと下がった。
ショックを受けたような顔をしていたが、その顔すら今は腹立たしい。
「そこで何をしてる?」
たばこのにおいと共に現れた篠宮。一之瀬は、現れてきた姿を睨みつける。
「親父・・・、何でこいつがここに居るんだ」
「俺が連れてきたからに決まってんだろ」
「俺たちが、こいつのせいでどんな目に遭ったか」
「知ってっけど、俺に関係あるか?」
だいたい、お前が呼び出したんだろうが、と篠宮は、入り口付近に立っていた秋津たちを押しのけて中に入ってくる。
ふー、と吐き出した煙に眉を顰める。
「お前らだって、此奴の甥だって此奴にしたら駒にすぎん」
「駒って・・・、こいつらはおもちゃじゃねぇんだぞ!!」
「どうでも良い事だ。こいつの目的は壊すことだ。確かに、此奴は頭が良い。だから、本来の目的を完遂させている」
「本来の、目的?」
「一之瀬家の壊滅」
にやり、と笑った篠宮。
「あのクソガキを使って、一之瀬家にダメージを与えた。そして、自分が廃嫡され、一之瀬家には今後継ぎと言える人材は居ない。それに、一之瀬家は風評を落とした。もう、事業としても衰退の一途をたどるだろう。故に、此奴の目的は果たされた」
「・・・何で、自分の生家をそこまで」
さてな。と言った篠宮は、
「さて、お前らはいつまでここに居るつもりだ?」
そう言って、秋津と誠を追い出す。
扉が閉まるのを確認して、ベッドに腰を掛けてふぅ、と煙を吐いた。
「面倒くせぇ奴らだな」
「お前の息子だろう、そっくりだ腹立たしい」
ちっ、と一之瀬が舌打ちをすれば、くつくつと笑う篠宮。
再び、体を横にすれば、その頭に篠宮の手が乗せられた。
ぐしゃ、と髪をなでる。
「何だよ?」
そう、訝し気に篠宮を見れば、篠宮は楽しそうに笑う。
一之瀬は、相変わらず何を考えてるか分からない奴だと思った。
が、その手が頭を下り、胸の突起をとらえた時、びくっ、と体が跳ねて逃げを打つ。
「なんっ」
「お前をここに連れてきた目的、忘れたわけじゃないだろ?」
ハッとして、起き上がろうとした一之瀬は時遅く、篠宮の体の下に居た。
「さて、続きとするか」
それは、一之瀬が望もうが望むまいが関係なく。
咄嗟に逃げを打った一之瀬をとらえて、篠宮は笑う。
この事態でさえも、きっと彼の掌の上なのだろう。
クソッ、と一之瀬は心の中で悪態を付きながら、意識をブラックアウトさせた。
一之瀬が目を覚ませば、そこに篠宮の姿はすでになく、一之瀬の舌打ちだけが響く。
体を起こして、辺りを見回しいつものホテルじゃ無い事に驚くが、昨日の記憶がふと蘇ってきて、はぁ、とため息を吐いた。
―――こうなってまで、一之瀬であることを捨てきれないのか、俺は・・・。
そう思うと、自嘲した笑みが漏れて来る。
「なに一人で笑ってんだ気持ち悪いな」
そんな中、篠宮が顔をゆがめて入ってくる。本心だと嫌でもわかる。
手には、朝食のプレートらしきものを持っている。
「・・・俺を監禁でもするつもりか?」
「その方が都合がよくなってきたからな」
その返答に、一之瀬ははっ、と笑う。
篠宮が求めているもの、それが分からない。
篠宮は、一体なぜ今頃になって一之瀬に執着を示すのか。
一之瀬から、あの頃のすべてを奪い、それでも飽き足らず一之瀬自身も蹂躙しようと言うのか。
一之瀬は、そこまで考えて再び自嘲する。
「は・・・っ、あの時、首でも吊れば良かったか?」
すべてを壊した、あの時に……。
「・・・」
ポツリ、と漏れた言葉に篠宮は何も答えることは無かった。
一之瀬は俯いていたために、篠宮がどんな顔をしていたのか分からない。
そんな篠宮から差し出された朝食の乗ったプレート。
素直に手を付ける。
幾ら嫌いな相手だと言え、動けば腹が減るのは当たり前で。
篠宮は、一之瀬が食べ始めると、何も言わずただ黙って待っていた。
静か部屋の中には、一之瀬の食事をする音と、篠宮の愛用するたばこのにおいだけが漂っていた。
半分ぐらい、一之瀬が手を付けるとその手は止まった。
「もう、食べないのか?」
その言葉に、一之瀬は首を縦に振った。篠宮は、一之瀬の食べた量を見て眉を寄せる。
一之瀬だって、昔はそんなに小食だったわけではない。
が、入らないものは入らない。
無理やりにでも詰め込んでしまえば、吐いてしまうだろう事は明らかだった。
訝し気な目をしながら、篠宮はそのプレートを持って、そうか、と出て行った。
正しく、この家と言うよりもこの部屋の中に監禁されてしまった一之瀬。
シャラッ、と鳴る鎖は細いけれど頑丈で部屋の中をギリギリ移動できるぐらいの長さしかない。
暇つぶしになるようなものもなく、かと言って凶器になる物は置いてない。
篠宮を待ち、眠るぐらいしか出来ないそれは正しく監禁と言えるだろう?
うつらうつらと、眠りが深くなってくるこの頃。
ふわり、と頭を撫でられる感覚に意識が少しだけ浮上するが、眠くてそれを確かめる気にもなれない。
「・・・そんな風にスンなら、何でもっと早くモノにしなかったんだよ?」
秋津が開け放たれた扉の桟に寄りかかりながら問う。
篠宮は、愚問だとでも言うように笑う。
「母さんを愛してたわけじゃないんだな?」
「何を勘違いしてるのか、分からないな。満の事を俺は愛していた。満を巡って、コイツと争うぐらいに」
もう昔の話だ、と篠宮は言った。
そう言えば、と秋津は思い出す。
満は言っていた。元々は、一之瀬家に婚約者が居たのだと。
満の言う、その婚約者というのが一之瀬(理事長)だったのだろう。
その満に、猛アタックして篠宮が奪ったのだと。
秋津の記憶にある満と篠宮の関係は、とても仲の良い夫婦だった。
お互いを思いあっていて・・・。
「満との約束だ。これ以上はお前にも言わない」
「母さんとの・・」
納得のいかなさそうな顔をして、秋津はそれでも満との約束ならば、とそれ以上を聞くことをやめた。
篠宮の中で、満の存在がどれほどのものかを、秋津は知っていたから。
「お前らは、相変わらず勝手だな」
クツっと何がおかしいのか自分でもわからないが、一之瀬は笑う。
「アンタに何が」
そう、喰って掛かろうとした秋津を篠宮が制す。
そうじゃなくても、それ以上一之瀬が何かを言う事は無かったが。
少し、篠宮が動く気配がしてそして扉が開いて閉まる。
秋津が、篠宮によって退室させられたのだろう。
暫くして、煙草のにおいがふわりと香る。
一之瀬が微睡に居るからだろう、無理に手を出して来ようとはせず、気まぐれに一之瀬の頭を撫でる篠宮。
ここ最近、眠すぎて起きている時間の方が少ないくらいだ。
何もする気が起きなくて、前なら何とかして抜け出そうとしていただろう、この優しい折の中でさえ逃げ出すことが出来ない。
深く、落ちようとする意識。しかし、篠宮の手が意味あり気に首筋へと降りてきたことにビクリ、と体が勝手に跳ねて意識が浮かんでくる。
ツルリ、と滑って首に巻かれた貞操帯を弄る。耐えかねた一之瀬は、眠くて怠い腕を何とか動かして篠宮の腕をつかむ。
「……や、めろ」
それは、正しい手順で外さなければ外れない特殊なもの。ピタリと張り付いているそれには、刃物を当てれば肝心の中身でさえ傷つけてしまう恐れがある。
外し方は、一之瀬しか知らない。
だが、触られる度に恐怖が訪れる。ヒートが来ても、それが在れば乗り越えられた。
元々、オメガだと判明してからの検査で妊娠しにくい体質であることは分かっていた。
だから、売りなんてオメガにとってとても危険と隣り合わせの行為も出来たのだ。
万が一、中出しされるようなことがあっても、妊娠はしないから。
番になることを、阻止できればどうとでもなった。
ヒートも、たくさんのアルファやベータを誘って、慰めてもらうことが出来た。
そこまで考えて、アレ?と一之瀬は内心首を傾げる。
ヒートが来たのは、3カ月以上前。多少、ずれる事は有っても来ていたヒートが、3カ月以上たっても来て無い事に気が付く。
ボンヤリと、しながら篠宮を見上げると、篠宮はにやり、と笑った。
「ようやく気が付いたのか。お前の腹」
ガキが居るぞ、と篠宮は一之瀬に告げた。
目を見開いて驚いた一之瀬は、飛び起きる。
が、それもいつもより緩慢な動きだ。
「なん……、俺は」
「妊娠しにくいってだけで、妊娠しないわけじゃない。あれだけ毎日のように出してやったんだ。孕まない方がおかしい」
篠宮はさぞ楽しそうに一之瀬へ告げる。
一之瀬は、再び味遭わされるのかと絶望的な表情を浮かべて腹に手を当てた。
「ここ最近、ずっと暇さえあれば眠ってるのは、悪阻の一種だろ」
「お前……、何で俺……」
「……ソレが居れば、お前は無理に逃げようなんて思わないだろう?」
それが出来るまでは、外の世界を遊ばせてやっていたという篠宮に怒りを覚える。
「俺はお前のモノ(所有物/オメガ)じゃない!」
「……黙れ。お前がどう思っていようが勝手だがな」
唸るように言った篠宮に、一之瀬は息を飲んで口を閉じた。
篠宮は、舌打ちをして出て行ってしまう。
その様子を唖然として見送った一之瀬は、再び手を腹に当てて考えてしまう。
本当に、ここに命があるのかと。
授かることは無いと思っていたそれに、自然と涙が頬を伝う。
例え、それが望まない結果だとしても。
……嬉しいと、一瞬でも感じてしまった。
これから、どうするべきなのだろう?
ここに、居ればいいのだろうか?
……きっと、そうすれば安全に産み落とすことは可能だろう、
だが、その先が見えない。この腹の子と共に居る未来が見えない。
それは、重大なことではないだろうか?
はぁ、とため息を吐くと一之瀬は再び来た眠気に身を任せた。
再び、目覚めたときそこは知っていた部屋ではなかった。
目の前には、逆行になっている老人の影が二つ。しかし、一之瀬には見覚えが有り余る二人だった。
「なん、で……」
「どこぞの馬鹿息子の拾いモノが、知り合いの息子に似ていたものでな」
一之瀬の血は悉く篠宮を狂わせるらしい。そういった。
舌打ちしたくなるのを堪えて、一之瀬はうつむく。
もう一人の老人、一之瀬の父は何も言わない。
だが、その沈黙が恐ろしくて仕方がない。
だからか、唐突にかけられた声に反応することができなかった。
「……もう一度言う、いつまでそうしているつもりだ?」
冷たく、蔑んだような目が一之瀬を捕らえる。
一之瀬は、何も答えない。答えなど、持っては居ないから。
そんな一之瀬の様子に、はぁ、とため息を吐いたのはどちらだったか。
連れて行け、その冷たき声と共に男たちに引きずられるようにして、部屋を出されようとする一之瀬。
きっと、触れているのはアルファなのだろう。妊娠した今、ほかのアルファに触られるのは嫌悪感が増す。
「さわるな!」
と、腕を振り逃れようとすれば、腹に一発お見舞いされる。
カハッ、と息をつめた後、ぼんやりとした意識の中、涙が溢れ出した。
腹に、手を当てて襲い来る激痛に身を投げる。そこまでして、プツッ……と意識は途切れた。
周りの、焦ったような声を最後に……。
次に目覚めたのは、病院のベッドの上だった。途中、目が覚めた気がしたが記憶がない。
傍には、目を覚ましたことでホッとしているのか、何かを言っている篠宮の姿がある。
ぼんやりとした意識の中、妙に冴え渡っている思考で感じる。
―――あぁ、居なくなってしまったのか
幸せを、願ったのがいけなかったのか。
腹の子と、二人生きていけたらと願ったから、分不相応にも願ってしまったから罰が与えられたのか。
涙は出なかった。もう、何もかもがどうでもよくて今までの自分”どう”だったか、思い出せなくなってしまった。
篠宮はそんな一之瀬の様子を見て、息を詰まらせると、そのまま一之瀬を抱きしめた。
「帰るぞ」
それだけ、言うと篠宮は無理やり一之瀬を退院させてあの部屋へと連れ帰ってきてしまった。
篠宮によって、下部の服を下着ごと取られると再び鎖がつながれる。
まるで大きな鳥かごの中に居る、小さな小鳥の気分だ。
今更、だが。
ベッドに体を沈めると、篠宮が一之瀬の頭を撫でて言う。
「寝ろ、今はただ」
その優しさが、とてもつらかった。
どんなに辛くても、今は涙は出ない。悲しいのに、どうして良いのかわからない。
篠宮がいうように、意識を落とそうと瞳を閉じる。
真っ暗な闇に包まれた世界、その闇に落ちるように意識を手放した。
しばらく、一之瀬はぼんやりとしたまま過ごした。
一日に一度、医師が尋ねてきて、往診して点滴をしていく。
薬も、篠宮が持ってくる食事が終われば彼に取らされる。
逃げはしないというのに、毎日毎回しっかりと。
そうして、医者から許しが出ると再び、篠宮は一之瀬に手を出した。
無理はしないように、と言われるのに毎回、気絶するまで。
いくら、体が丈夫に出来ているとは言え、無茶をしすぎだと思う。
「あっ……あぁ、んっ」
中を蹂躙する感覚に、体を跳ねさせる。
もう、意識も朧気だ。
そんな中、ふと篠宮の律動が止んだ。
はっきりとしない視界の中、不思議に思って見上げたその顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいて目を疑う。
「なんっ……、で?」
何で、お前が泣く?と一之瀬は、無意識だろう手を篠宮に伸ばした。
一度、息を詰めた後、ポタポタと落ちてきたそれ。
「お前が、泣かないからだろ?何で、今も昔もそうやって我慢ばかりする?」
肝心なところで、抵抗を止めて諦める?
篠宮は、一之瀬の首筋に頭を沈めて呟く。
一之瀬は、何も答えることが出来なかった。
ただ、それでも自分のために涙する篠宮を見て、その頭を撫で続けた。
次の日、同じベッドの上で朝を迎えたのは初めてのことだ。
中に、入ったままだったのはいただけないが。
なんだか、今の状況が可笑しくて笑える。
「何、笑ってんだ?」
起きぬけプラス、泣いたせいで掠れている声が低く、体に響く。
別に、と返すと一之瀬はぐっと篠宮の体を押す。
「抜け、いつまで入れてるつもりだっ」
状況に合点がいったのか、にやりと篠宮はいつもの調子で笑う。
それに、いやな予感しか覚えない。
「ちょうどいい、付き合え」
「やめっ、あっ、あぁ!!」
犯されている中だが、何だが前に戻ったみたいで余計に、なぜか笑えてきた。
朝からやり続けるつもりも時間も無いのか、一度したら支度を整えだした篠宮。
その様子に、ふぅ、とため息を吐いた一之瀬。
それを見ていた篠宮は、ふと一之瀬の貞操帯に触れる。
「お前の次のヒートが来たら、それを外せ」
「何、言ってやがる?」
「そこを噛む。もう、容赦はしない」
それだけを言うと、篠宮は出かけてしまった。
一之瀬は篠宮の出て行った先を見つめ、ふと、首もとの貞操帯に触れてみる。
ぼろぼろになっていたそれに、違和感を感じる。
無くした記憶の合間に、何があったのだろう?
分からない、けれど貞操帯がここにあって安堵した。
これを外す、それがどんなに怖いことか、篠宮は分かってて言っているのだろうか?
一之瀬にとって、これは命綱と同じものだ。
これを付けてから外したことなど、一度も無い。
ドクリッ、と心臓が跳ねた……。
サイド:篠宮
仕事で留守にした隙に、使用人を使って一之瀬を連れ去られた。
使用人を問いただす。
「大旦那様の命令です!」
「親父の……っ、クソッ」
そう言って、篠宮は父の元へと急いだ。
が、父の元にもう一之瀬は居なかった。
一之瀬の父が来て、連れて行ったらしい。
舌打ちをひとつして、一之瀬の本宅へ乗り込んだ。
一之瀬の家の使用人を脅せば、すぐに場所は特定できた。
そうして、扉を開けた先では犯されそうになっていた一之瀬が腹を抱えてうずくまっていた。
後ろからは血が流れていて、危険な状態であることは明らかだ。
乗っかっていた男を殴ってどかすと、一之瀬を抱える。男が無理に外そうとしたのだろう、貞操帯がぼろぼろになっていた。それを見て、間に合ってよかったと息を吐く。実際は、ぜんぜん間に合ってなど居なかったが。
意識が朦朧としているだろう、一之瀬は助けてと僅かな声で呟いた。
今出来る限りをと、篠宮は一之瀬を抱えてバース外来のある病院へと急いだ。救急車を待っている余裕など無い。
あらかじめ、秘書が連絡していたバース外来では一之瀬がすぐに手術室へと運ばれた。
あれだけの出血、たぶん腹の子は手遅れな事は分かっていた。
助けてと、初めて一之瀬から頼まれたのに、助けられるのはたぶん一之瀬本人だけだろう。
自分が、本当に情けないと、篠宮は手術室の前で頭を抱えた。
数時間後、出てきた呼吸器を付けられた一之瀬が出てきたが、医師は首を横に振ってすみません、と頭を下げた。
やはり、腹の子は流れてしまったらしい。
篠宮は逆に先生にお礼だけ言うと、一之瀬を追って病室に向かった。
病室で眠る、一之瀬にすまん、と呟く。
一之瀬は、起きたら恨むだろうか?それでも、生きてくれるならそれでいいと思った。
満との、約束をすべて守れそうにも無いが、それでも……。
サイド:篠宮終
最初は、変な違和感だった。
それが、発情期の前触れだったと分かったのは、ヒートの熱に浮かされ始めてからだ。
そんなこと、今まで一度も体験したことが無かったから分からなかった。
孕んで、流れた影響なのかわからないが。
熱に浮かされる前に、腹が疼く。
じくじくと痛みを伴って。
そうして、気がついたときにはヒートが訪れていた。
欲しくて、欲しくてたまらない。
ドクンッ、ドクンッ、と心臓が脈打つ。
シーツに肌がこすれるだけで、気持ちがいい。
後孔がもうすでに、ぐちゃぐちゃにぬれているのが分かる。
こんな事は初めてだ。いつも発情期が来たときは、こんなに乱れたりしない。
早く、来い
そう、この体を鎮めてくれるアルファ……篠宮を呼ぶ。
息を詰めて、何度も……。
届くとは思ってないが、それでも早くと願う。
どのくらい、時間がたっただろう?
一度、部屋の扉が開いてすぐにしまった。
「……、……!?」
外から、秋津の声が聞こえてくる。
が、それに返事などできない。できる思考は、もうすでに一之瀬に残ってはいない。
「しの、みや……しのみや!しのみや!!」
狂ったようにそれだけを叫べば、外から、もう一度声がしてその声は遠ざかった。
ガタガタと震える手で、貞操帯に触れる。
これを外せば、篠宮は来てくれるだろうか、と正常ではない思考で考える。
するり、と紐を解いていくが、震える手ではゆっくりとした動作になってしまい、正常なときの倍はかかりそうだった。
ひとつ手順を間違えて、よけに入り組んでしまった組みひも。
うー、うー、と何とも情けない声を出しながら、何とかそれを解こうと手を加える。
そうしている間に、きぃ、と静かに扉が開く音がする。
それが、篠宮ではないことにすぐに気がついた。
この部屋は普段、鍵がかかっているが先ほどきた秋津が閉め忘れたのだろう。
「これは、すごいな」
「あぁ、さっさとやっちまおう」
そう言うと、寄ってきた二人組みにビクッ、と体が発情期とは別に震えだす。
ずり下がる度に、鎖の音が響き、そして体に刺激が走る。
それでも、不快感に逃げずには居られなかった。
「さわるな!!」
「ちっ、暴れんじゃ……」
そうして、触れられようとしたとたん、バンッと音を立てて扉が開く。
「……秋津、後で覚悟しておけよ」
篠宮は、そう言うとゆっくりと一之瀬の居るベッドへと近づいてきた。
アルファのフェロモンを隠そうともせず。
そのフェロモンに、二人は後ずさり、一之瀬は体を暑くさせる。
「いったい、誰の差し金だ?」
「だんな、さま……」
「まぁ、聞かなくても大体は解るがな。お前ら、クビだ。この屋敷で、俺以外の命令に従う奴はいらねぇ」
うせろ、そう篠宮が言うと動けなくなっていた二人はとたんに脱兎のごとく逃げ出した。
扉の近くで見守っていた秋津に、篠宮がアイコンタクトを送ると、秋津は頷いて扉を閉めた。
「しのみや……、しのみや……」
「まったく、まだ諦めてやがらねぇ。めんどうくせぇな」
「しのみや!!」
「解ってる。ちょっと待ってろ」
そう言うと、篠宮はふぅーと加えていたタバコの煙を吐き出した。
ぐっとスーツの裾をつかみ促すも、こちらのフェロモンに当てられているはずなのにマイペースというかなんと言うか……。
そうして、ポンッと触れられた頭。それだけの刺激に、体に疼痛が走る。
早く、欲しくてたまらない。
「んっ……、も、ほしっ」
「お前、俺の言ったこと覚えてるか?」
その言葉に、ビクッ、と体は震えてそして無意識に解けかけている貞操帯に触れた。
「……覚えてたみたいだな」
「とれない……どうして?」
ひっく、と涙を流しだす一之瀬。
貞操帯を握り、無理に取ろうとしているがそれでは首が絞まる一方だ。
篠宮はそれをやめさせて両手をまとめて片手で押さえつける。
「いい子だ。俺が、外してやる」
どうすればいい?という篠宮に、必死に外し方を説明していく。
貞操帯が、前側部分だけ膨れている理由、それは何重にも隠された鍵を隠すため。
紐を外し、ボタンを開け、その下のジッパーを開けてようやく出てきた最後の鍵。
指紋認証で開く仕組みを持っているそれ。
篠宮が一之瀬の手を離すと、震える手で一之瀬はそれに触れる。
左手の薬指、その指紋だけがこの貞操帯を開ける最後の鍵だった。
ほかの指では一切反応しない。
ピッ、と小さな音が鳴り、カチャッと鍵の開く音と共に、ぱさり、と貞操帯がシーツの上に転がる。
その首筋に篠宮が触れる。
「ひっ」
「……ここに触れるのは、俺だけだ」
そう言うと、篠宮はスラックスの前を寛げてぴたり、と一之瀬の後孔に自らのモノを押し付ける。
「しの、みや……」
「これ以上、お前をほかの誰にも触れさせたりしねぇよ」
「―――――っっっ!!!」
そう言って、一気に一之瀬を貫いた。
目を見開いて、声無き悲鳴を上げた一之瀬は、ハクハクと空気を求めるかのように唇を動かす。
一之瀬の腹の上には、自ら出した白濁が広がっている。
その様子に、にやりと笑った篠宮はそのまま律動を開始する。
「ひっ、あ、あぅ、やめっ、イった、イったからぁ!」
「生憎だが、俺はまだ、だ」
そう言って、篠宮が動くたび奥が突かれる。
発情期のせいで、熱を孕み降りてきた子宮がジクジクと雄を求めて痛む。
入り口を突かれると、言いようもないほどの快楽に支配される。
「も、も、むりぃ!ねっ、イク、イクからぁ!」
そう言うと、篠宮も限界が近いのか一度中のものを引き抜き、一之瀬をうつぶせにして再び突っ込んだ。
「ひぃっ!?」
仰向けの時と比べてあたる所が変わり、また新たな刺激をもたらす。
そして、何よりも篠宮の顔が一之瀬の首筋に埋まり、そこに何度も口付けを落とされる事に、ビクっと感じ入り、喜びがあふれる。
「あっ、あぁああ!」
これで最後だ、と言う様に押し込まれたそれ。
そして、その刺激にイく瞬間
ガリッ
と言う音と共に体の中で何かが変わった音がした。
目の前が真っ白に変わる快感、意味を成さない母音ばかりが口からこぼれる。
意識が戻ってくると、中で篠宮のものが膨れて出されていることが解る。
そんな中、香ってくるのは番になった篠宮の香り。
威圧的な普段とは違う、優しく甘い香り。まるで、チューベローズの香りのよう。
いい匂いで、いつまででも嗅いで居たくなる。
無意識に、体を摺り寄せれば笑われた。
「何だ、足りないか?」
「ちがっ、おまえ、いつまで……」
「お前の発情期だからな、あと5分は出る」
その言葉に真っ青になる。
ヒートの熱が収まり、正常な思考が返ってくると中の苦しさに直面する。
すでに音が鳴りそうなほどに注がれているというのに、この状態がまだ続くというのか。
オメガのヒートにつられたアルファの射精は長い。そして、何よりその根元に亀頭球があるために注がれたものが、外に出ることは無く、正気に戻ったオメガにとっては苦しいだけだ。
それが無いと、数時間とはいえヒートが収まらない。
解ってはいるが、苦しいものは苦しい。
だからこそ、意識を手放してしまうオメガも少なくないのだと今、一之瀬は理解した。
理解はしたが、耐えられそうにも無くてその意識を手放した。
一週間、そうした日々が続いて開放されて、ほっと息を吐いた一之瀬。
首元がスースーするのが、少し心もとないが、今はもう隠す必要も無い場所なので仕方ないと諦める。
はぁ、とため息を吐けば扉が開く。
「……母さんとの約束だったとはいえ、お前を俺は認めないからな」
中に入ってきたのは、秋津だった。
一之瀬をにらみつけて言うその言葉に、一之瀬は内心首をかしげた。
「何をしている、秋津」
「親父……なんで、こいつなんだ?」
せめて、こいつじゃなきゃ、と秋津は苦そうな顔をする。
「俺が、何だ?」
「お前が、親父の番になんかになるからだろ!!」
その言葉に、ハッとして俺は首を押さえる。
が、すぐに冷静を取り戻す。
「今更、だろ。番になるのを反対するなら、まず俺がここに来た時点で反対して追い出すべきだった」
そう言うと、秋津は悔しそうな顔をして舌打ちをした。
「……お前にいつも言ってるよな、秋津」
カチッ、と新しいタバコに火をつけて篠宮は言う。
そうして、ゆっくりと一之瀬に近づいてくる篠宮。
「お前の人生だ、お前の好きに生きろ、と」
「……」
「返事」
そう、篠宮は息子である秋津をにらみつける。秋津は、少し息を呑んだ後、あぁ、と苦しそうにつぶやく。
「お前にそう言っているように、これは俺の人生だ。お前にもそして親父にも指図される筋合いは無い」
「だけどっ!」
「秋津、小せぇガキじゃねぇんだ。俺を、怒らせるなよ?」
そう言うと、秋津はクソッ、と扉に八つ当たりをしながら出て行った。
「あの、我の強さは満に似たんだなメンドクセェ」
「いや、確実にお前似だろ」
そう反射的に返せば、篠宮は渋い顔をした。
「それよか、体調は?」
「もう、だいぶいい。熱も、痛みも治まった」
嘘ではない。番になったからなのか、嘘を吐けばすぐにバレるようになってから、嘘は吐いてない。
そうか、と篠宮は一之瀬の頭に手を乗せる。
同い年のはずなのに、この差は何なのだろう?やはり、一之瀬がオメガであるが故なのだろうか?
「それより、満との約束って何だ?」
「……秋津が言ったのか?」
一之瀬は、その問いに頷くと、あー、と言って篠宮はがりがりと頭をかいた。
「……まぁ、もう時効と言えば時効、だな」
そう言って、篠宮が話し出す。
篠宮が、満とした約束は二つ。
約束の始まりは、篠宮と満の結婚前にさかのぼる。
初めは、篠宮からの求婚を断っていた満。
あるとき、満はあきらめたように笑った。
「私も、あなたが好きよ時雨。でもね、私には和希さんを捨てることはできない」
「何故!?何で、あんなやつが!」
当時から、一之瀬のことを篠宮は好きではなかった。満の件があったから、余計に。
「時雨でも、和希さんを悪く言うのは許さないわ。彼は、優しい人よ……時雨だって、本当はわかってるんでしょう?」
篠宮は、満にそう言われると唇を噛んだ。確かに、努力家でそれでいて人に厳しいように見せて本当は誰よりも優しい。そんなこと、解っていた。
「あの人は、一之瀬の家にオメガとして生まれてしまったから、解るでしょう?」
どれだけ、酷い仕打ちを一之瀬で受けているか。
「だが、俺はお前を……」
諦めることなんて、できなかった。
満がベータであったとしても、一目ぼれで、満のことを知るたびにまた、好きになっていったから。
「……じゃあ、約束できる?」
「約束?」
「きっと、私が彼を見捨てれば彼は一人ぼっちになってしまうわ。彼を、幸せにしてあげて」
「何で、あんな奴を」
「あら、嫌なの?じゃあ、仕方ないなぁ」
「解った、解ったよクソっ、それでお前が手に入るなら!」
満は、唯一篠宮の人生に口出しできる女性だった。強かで、ベータとは思えないくらい強い女性。
そうして、時は過ぎて満の体が病魔に侵されて、手遅れになってしまっていたとき。
「逝くな、俺をおいて行くな満……」
「ごめんね、時雨。……ねぇ、時雨。あの時の約束覚えてる?」
苦しそうにしながらも、微笑む口から出てきたのは、篠宮の事でもましてや秋津のことでもなかった。
「また、あいつの事かよ!!」
「私にとっては、時雨も彼も大切な人よ。時雨、約束して?」
そう言って、篠宮のほほを幸せそうに撫でる満。
「……今度は、何だ?」
「もしも、彼がすべてを失うときには、彼を救ってあげて。彼と一緒に生きてあげて」
この時、満には今の状況が見えてたんじゃないかって思う。
「何で、俺が……わかってる。お前の約束は、全部断れないことを知ってていってるんだからな」
「ごめんね、時雨。ありがとう。私は、幸せだったわ。貴方と出会えたこと、秋津を産めたこと、貴方たちと過ごした日々も。全部、私の宝物よ。愛してるわ、時雨。本当に、あなたをこの世界で一番、愛してる」
そう言いながら、満は目を閉じてその数分後、息を引き取った。
「お前と、共に過ごして、お前を幸せにすること。それが、満の最後の願いだった」
「馬鹿な女だ……俺は、そんなもの求めてなんか」
「だと思ったから、勝手にやった」
「俺のことなど、放って置けば良かっただろ」
「最初はそうしようかとも思った。俺がかかわった方が、不幸になるんじゃないかとも考えたしな。……満が死んでから、お前に監視をつけて……ただお前がどうすれば幸せになれるかなんて、考えても見つからなかった」
そうしたら、あの事件だ。そう、篠宮は笑う。懐かしそうに。
そう言えば、一年。あれから経とうとしてるのだと知った。
「一之瀬を望みどおり出て、お前はどうするのかと見ていれば、体を売り始めて……番を見つけてんのかと思ったりもしたが、そうでもないようだったしな」
あれは、と一之瀬が何かを言いかけたが、黙り込んでしまう。
一之瀬にとって、アレはただ生きるため、身を売っていたに過ぎない。
妊娠し辛い体を、武器に抱かれることですべてを忘れられた。
「お前に手を出したのは、最初気まぐれだった。その内、お前の親父が、お前に対して何か企んでる事を知ってな。あの時、まぁ秋津からの緊急の呼び出しだったが、それに乗じてお前を確保した」
結果的に守れなかったが、と篠宮は苦笑する。
「……お前は、それで良かったのか?」
「良いも悪いも、俺はお前から奪ってばかりだ。何一つ返せたことが無い」
満のことも、一之瀬の自由も、篠宮と一之瀬の子供についても、一之瀬の番についても。
すべて、篠宮が一之瀬から奪ってきたもの。
守る、と言う名目で閉じ込めては居るものの、結局どうしたら一之瀬に返せるものが見つかるのか、解らない。
「お前こそ、望みがあるなら言え。できる範囲で、叶えてやる」
それしか、もう思いつかない。
「俺は……お前が大嫌いだ。けど、お前と番になったことに後悔はしてない。お前は、変なところで優しすぎる」
「一之瀬?」
「だから、俺の望みを叶えるというのなら、俺を一生捨てるな。アルファからなら、番の解消が可能なんだろ?なら、魂の番を見つけても、俺のアルファで居ろ」
俺が望むのはそれだけだ、そう一之瀬は言った。
篠宮の目を見てまっすぐに。
番に、捨てられたオメガの末路と言うのは、散々なものだ。
精神が病み、自殺するものが大半だが、それを乗り越えて生きるとしても、ヒートは誰彼構わず呼び寄せて、収めるすべを持たない。
それこそ、最大の不幸だと思う。
だから、篠宮が一之瀬の幸せを叶えるというのであれば、何を奪ったとしても、番である事実を奪ってはいけない。
「解った。それが、お前の望みであれば」
そう言って、瞳を伏せた篠宮を前に、初めて一之瀬はきれいに笑ったのだった。
End
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