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第1話嘘つき

 幼い頃、匠には幼馴染と呼べる存在が三人いた。  葦名雄大(あしなゆうだい)と誠実(まさみ)。それから、大蔵 真(おおくら まこと)。雄大と誠実は珍しいアルファの双子で、真はオメガ。ベータの匠が入り、バース性の縮図みたいなものが出来ていた気がする。  それでも、四人は仲のいい幼馴染だった。  そして、誠実と真は運命で結ばれた番同士。  幼い匠にとっても、誠実は真を大切にしていて、二人の関係がとても羨ましかった。  長く続いていくと思っていたそれは、突然にして壊れる。  真は、オメガだからなのか、産まれた時からとても体が弱い。その所為で、幼くして病気に敗れて亡くなった。  それからだ。誠実は運命を失っておかしくなってしまったのは。  雄大とそっくりだった性格が、破綻しだしてとても見て居られなかった。  運命を失ったアルファが、こんなにも脆いものなんて、知りたくもなかった。  どうしてそれが、己の身近で起こってしまったのか。もっと、遠くの話でも良かったんじゃないかって今でも思ってる。  誠実は、番を作る。けれど運命でもないし、その相手に誠実(せいじつ)にもなれない。  浮気を繰り返し、番の間柄を壊してそして相手のオメガに捨てられる。  その度に、何がいけなかったのか、分からないと言った顔で誠実は問う。  何がいけないか、初めのうちは懇切丁寧に話しても、次の番候補を見つけると、忘れてしまう。  そうして、何度かそれが続いた後、誠実に教えることをやめた。  ただ、誠実を見守って側に居るだけ。  優史と番になったとき、今までにない執着を見せたことで、一連の行動が納まるかと思えば、そうではなかった。  もう辛い、そう言った優史に手を差し伸べる。  番になったオメガと、その縁を切って番えるのは、運命だけ。  だから、この人だろうと言う先輩の元に、優史を預けた。的場先輩の名前を借りて、とりあえず匿ってもらうことは出来た。  とりあえず、その予感は合っていたようで、無事に誠実から引き離せた。  それが、たとえ誠実を傷つける結果となっても。  久しぶりに、雄大と話をもてる時間が取れた。 「悪かったな、匠。誠実のこと、押し付けてるみたいで」 「いや、幼馴染のよしみって奴でしょ」  だから、気にするな。と雄大に言う匠。その実、幼馴染であるし、誠実の本当を知っている匠が誠実を放って置けるはずはない。  一応、双子の弟として気にかけているみたいだが、雄大は今運命を見つけて躍起になっているみたいだから、あまり誠実の事にも目を向けて居られないのだろう。  それに、最近はモデルの仕事に加えて俳優の仕事や勉強をし始めたと言う。なおさらだ。  番のために躍起になるのは分かる。誠実と真がそうだったから。  ベータだけれども、運命の番という奴を目の前で見て来たのだから。 「それはそうと、お前は浮いた話の一つもないのか?」  コーヒーを一口飲む雄大。  匠は、雄大に苦笑して返す。 「なんか、言い回しが古風な気がするよ、雄大」 「うるさい。いいから、どうなんだ?」  そう聞いてきた雄大に曖昧に笑う。  正直言えば、付き合った女性は数人いる。けれど、どの子も最終的には誠実と自分、どちらが大切なのかと聞いてきた。それを言われてしまえば、別れるしかない。  彼女たちも誠実も同じ土俵で考えることが出来ない。大切は同じなのに、土俵が違う。  両親も次いで言えば、祖父母もベータの家計である匠は、生粋のベータだ。バース検査でも、暫定も付かずはっきりとベータだと言われている。オメガも、アルファでさえ混じることのない。  だからこそ、少し距離をとって女性と付き合ったりして、ベータであることを普通の男であることを確認した。  ベータの、普通の男でありたいと思ったから。そうでなければ、側に居ることさえ敵わなくなると思うから。  けれど、それでもやっぱり頭から誠実の事が離れたことは無かった。  あの時見えた、切れた糸。  それを、見てしまったから。本当の、誠実を知っているから。深い悲しみも、苦しみも側で見てきて知っているから。放って置くなんてできなかった。 「まぁ、俺は・・・ぼちぼちやってるから」  曖昧に笑う匠に、雄大の眉間にしわが寄った。  そう、眉を顰めてしまうのも分かる。  分かっては、いる。 「・・・これまで、世話になって置いてあれだが、お前が誠実に心を砕くことは無いんだぞ?」 「そう、だね。だけど俺は、知っているから」  何を、とは言わない。けれど、それだけ言えば雄大は分かってくれる。  伊達に幼馴染何てやってるわけじゃない。  そもそも、双子の弟、誠実の事だ。雄大に分からないはずがない。  はぁ、とため息を吐いた雄大は、仕方がない、と言った表情をして、ほどほどにな、と言った。  雄大のそれに、匠は曖昧に返す事しかできない。  だって、匠は決めてしまったから。  誠実が、新しい運命を見つけるまで、側にいるつもりだと。  たとえ、匠の存在が必要なくなっても、誠実がいらないと言っても、安心して任せられる相手が出来るまでずっとそばに居る。  誠実が、本当の意味で壊れてしまわないように。誰もが居なくなって、独りぼっちになってしまわないように。  そう、何度目かの彼女と別れた時決めた。  雄大と、それから少し話をして別れた後、アパートまで帰れば、扉の前にうずくまっている人影。  よくよく見てみれば、それは誠実で何をしたのか、ボロボロな姿だった。 「誠実?どうしたんだよ、それ」 「あー、匠ちゃん?」  にへら、と笑った誠実に、ため息を吐いてから、外じゃ何だし中に入れた。  怪我をしているところに、消毒剤を吹きかけて、ベタベタと絆創膏を貼っていく。 「ほら、これで少しはマシだろ?」  ぺしん、と貼り終えた絆創膏の上からたたくと、いって、と顔を顰めた。 「うん、アリガト」 「で?何してこんなボロボロなんだよ?」  そう問うと、誠実はへらっと笑いながら、手を出しちゃいけない人に声をかけてぼこぼこに殴られたらしい。  命があるだけましか、とため息を吐いた。一部では、誠実が狂ったアルファと呼ばれているのが分かっている。だからかもしれない、解放されたのは。  気を付けろ、と言うと、誠実からは気の無い返事しか返ってこない。  誠実はいつもこうだ。部屋に来て数分は普段通りだけど、暫くすると何の反応も返ってこなくなる。  ボンヤリとして、部屋の中で膝を抱えて蹲って。  そして、一晩立つとふらっといなくなる。  その間、何を思っているのか匠には分からない。けれど、たぶんきっとこれは誠実にとって必要な事なんだと、諦めて受け入れた。  仕方ない、と立ち上がった匠は誠実の前に飲み物と少しの菓子類だけ用意すると、大学のレポートを開いてやりだす。  まぁ、ただ居て動かないだけなんで邪魔だけど、うるさくはないから放って置く。 「・・・なぁ、匠ちゃん」  そうなったら、こちらに関心すら示さない誠実がこの日に限って語りかけてきて匠は内心驚く。  何があったと振り返ってみると、いつものぼんやりとした眼差しは変わらないのに、匠を見ている誠実。 「寒い」  部屋の温度は、熱いくらいなのに誠実は今にも凍えそうに体を震わせた。  熱でもあるのかと、頭に手を当ててみても、熱っぽさを感じない。でも、その震えは異常だ。  首をひねって考えようとすれば、その腕を掴まれて抱き込まれた。 「おい、誠実?こりゃ、なんの冗談だ?」 「なんでかなぁ、匠ちゃん。どうしてこんなに、寒いんだろう?」  寂しい。と誠実は言い、誠実のその言葉に、二の句を紡げなかった。  そして、どれだけ時間がたったんだろう?絞り出すかのようにごめんと呟いた。 「ごめん・・・俺が、優史をあの先輩に会せた」  誠実は、匠の言葉に寂しそうに笑うだけで何も言わない。もしかしたら、知っていたのかもしれない。  全て、匠のしている事を、誠実は。  可笑しなことではない。狂っただのなんだのと言われていても、誠実はアルファに変わりはないのだから。  匠は、ただもう一度だけごめんと呟いて、体の力を抜いて誠実のなすが儘になる。 「寂しい・・・ね、匠」  ちゃん付けなしの昔みたいな呼び捨てに、心臓がどきりとはねる。  それに気を取られているうちに、ベッドの上に転がされた。 「まさ、み?」  見上げた先、誠実は何も言わずに覆いかぶさってきた。  抵抗しようかと思ったけど、寂しいと言った誠実の言葉に、抵抗する力が弱まり、結局されるがまま流される。  初めて、男と体を繋げた。  痛くて、苦しくて、それより何より、泣きそうな顔をした誠実の顔が目に焼き付いて離れた無かった。  泣きたいのは匠の方なのに、それでも誠実を怒る事も恨む事もできない。  目が覚めると、隣で安心しきった顔して、誠実が眠っていて、その頭を撫でながら泣いてしまった。  この部屋に来て、全部が初めての事。  誠実と初めて体を繋げて、初めて誠実への気持ちを理解した。  どうして、こんなにも誠実の手を離せないのか。  匠の顔を見るたびに微妙な顔をしていた雄大なら気が付いていたかもしれない。  何年、一緒に居たんだろう?だからこそ、見なかった気持ちなのかもしれない。  目が覚めた誠実は、おはよう匠ちゃん、とのほほんとして笑った。  いつもみたいに、何もなかったかのように。お互い、裸だと言うのにな。  匠の体を無理やり暴いたと言うのに、本当にいつも通り自由奔放すぎて、少し笑ってしまう。  そう、いつも通りの誠実だから、匠も何もなかったかのように振舞った。  本当は、いつも通りじゃなかったくせに。  体も、心も痛くて、痛くて、それでも笑って。  その日、誠実が朝食を食べて行ったことも、この部屋では初めての事だったくせに。  全然、いつも通りじゃなかったくせに。  自分に、嘘を吐いた。

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