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第16話

     *  ホテルのドアでチャイムを鳴らすと、黒服のオンナがドアを開けてくれた。胸がデカいせいか威圧感がある。  窓の外を眺めながら、鄭社長が笑う。 「随分長い有給休暇でしたね?」 「休暇ではなく出張です。どうぞ税金泥棒とでも呼んでください」  言いながら、ツインテールの女の子の前に座ると、トマトを切り分けて差し出してきた。首を振って断ると、ソファに背中を預けた。何かに触れていないと白昼夢に侵されそうだった。 「身ぐるみはがした男の位置情報なんて、どうやって掴んだんですか?」 「それだよ」  鄭社長が振り返る。顎でしゃくった先にはツインテールしかいない。ツインテールがトマトの皿を上げながら言った。 「もえたんGPSって見たことないからわかんないけど、トマトに入っててもわかんないのかなー? 下痢気味じゃないかぎり、一日二日は追えるんだってぇ」 「…臭い情報をありがとうございました」  笑いながら鄭社長が足を組みヒールをぶらぶらさせた。 「で? 片桐が隠した武器は見つかったの?」  首を振る。 「残念ながら、徳重には渡っていない」 「は? 信じたの?」 「あいつは予想以上にバカですよ」 「もえたんもそー思う。家もうっぱらって最後の所持品を詰めたロッカー開けてがっかりしたもん」  黒服が寄ってきて目で制するが、ツインテールには届かない。 「…何が入っていたんですか?」  微笑みながら聞くと、声を潜めるように手を添えた。 「銭湯用の洗面器とタオルと石鹸だけぇ」  ロッカーの使い方も知らないのか。 「とにかく、相手にするだけ時間の無駄ですよ」  信じているかどうかは不明だが、座敷童として話を進められる男の能天気さ、借金の内容さえも詰められるまで考えもしなかったお気楽さ、どこをとってもキレモノなわけがない。 「片桐が、誰にも託さなかったとでも思ってるのか?」 「さあ、信用できる人間が一人くらいいると思うのはロマンチストだけですよ」  人差し指でリムを持ち上げ、眼鏡の位置を修正し、立ち上がった。 「警視庁五課はこの件から引くってこと?」  スーツの裾を引き、短くした前髪も整えると、鄭社長を振り返った。 「ブツが出てこない限り、こちらの案件ではありません」  警視庁の証拠物件として保管してあった銃が盗まれた事実は幸い、世間に触れていない。 「薗田の倉庫にあったものが、我々の所有物だったと証明されないかぎり、我々は干渉しません」 「こちらがそれを見つけて売りさばいても?」  武器商人がアシのつくブツを流すわけがない。微笑んで頭を下げ退室する。ドアが閉じられる前に一言聞こえた。 「食えない男だ」  ……食われた身としては痛い言葉だった。 終わり

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