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7th 愛しのヤンキー君
人と目が合うと、微笑んでしまう。
もはや、クセなんだ。
誰に対しても、そう。
先生だったり、クラスメイトだったり....ヤバそうなヤツにもそんなんだから、いつもだいたい、からまれる。
まぁ痩せてるし、弱そうだから、だいたい相手にされない。
「何、見てんだよ」で、終わってくれる。
ただ、僕の隣の席のヤツは、違った。
金髪で、背が高くて。
ゴツめのピアスをつけてて。
一言も話さないから、声すら知らない。
目付きも鋭いから、誰も話したがらない。
教室に入っても、ポケットに手を突っ込んで、机に足を乗せて授業を聞いてるか、机に突っ伏しって寝てるか。
たまに、どっかでサボってるか。
学校に出てくる分、まだいいのかもしれない。
その日、窓から差し込む日差しがとても眩しくて、そいつが寝てる横のカーテンを閉めた。
そいつがビクッとして、目を覚ます。
あちゃー、目が合ってしまった....。
思わず、微笑んでしまう。
すると、そいつが僕の手首を掴んで言った。
「何?俺に気があんの?」
....新しいパターンで、一瞬、思考停止がした。
いやいや、クセなんだってば。
「え?」
「ニコニコ笑って。俺に気があんのかって聞いてんの」
「いや、別に。全然ないけど?」
そいつは僕の手を離すと、鋭い目で一暼して、また寝てしまった。
「何?.....健成、氷室にからまれたの?」
河村が眉をひそめて、聞いくる。
「からまれた、って言うかなんて言うか。初めて声聞いて、ビックリした」
新しいパターンのからみ方にもビックリしたけど、低く響く声に、僕はことさらビックリしてしまった。
低いけど響きが優しくて、あんな声してんだ....。
だから、僕はちょっとコイツに興味が湧いてしまった。
✴︎
俺の隣の席ヤツは、だいたい甘いものの話をしている。
別に聞きたくて、聞いてるわけじゃない。
よくとおる声が、勝手に耳に入ってくる。
どこどこのタピオカがおいしかったとか。
かき氷には、練乳とフルーツがたくさんのったヤツが一番だとか。
ナタデココはイカの食感がするとか。
女子か、おまえは。
見た目も、華奢で弱っちそうで、ニコニコ笑う顔がなんかかわいい.....。
あの時、俺に向かって、ニコニコ笑うから。
だから、ヤツの細い手首を掴んで、「何?俺に気があんの?」なんて変なことを言ってしまった。
絶対、変わったヤンキーだ、って思われたぞ。
何やってんだ、俺は.....。
一日、ただ学校にいて、なんとなく終わって。
いつものとおり帰ってると、隣の席のヤツが、他校の生徒にからまれていた。
....カツアゲか?弱っちそうだもんな。
そいつは、ちょっと困った顔をして、胸の前で傘をぎゅっと握りしめている。
どこまで、女子なんだ....。
ヤバそうだったら、助けてやろうかなって思ってた時、1人がそいつに襲いかかった。
....しまった!出遅れたっ!!
次の瞬間、崩れたのは他校の生徒の方だった。
そいつの持ってた傘が、きれいに相手の腹に入って、そのまま弧を描いて振り切る。
別な生徒もそいつに殴りかかったけど、傘で手首を叩き落とされて、うめき声を上げていた。
....なんだよ、めっちゃ強いじゃん。
隣の席のヤツは、何事もなかったかのように、カバンを拾って帰ろうとした。
そいつが背を向けた途端、腹に傘を食らってた奴が、殴りかかろうとしていた.....。
俺はとっさに蹴りをかましてしまった。
✴︎
ビックリした。
僕の後ろにいた人が、隣の席の金髪に蹴っ飛ばされて吹っ飛んでる。
思わず「ごめん、ありがとう」と、つぶやいてしまった。
「....ってか、強ぇじゃん」
「え?」
「弱っちそうなのに....手際良くって、ビックリした」
「あぁ、でも、傘がなかったら全然ダメだったよ。助けてくれて、ありがとう。....あっ!そうだ。今から時間ある?」
「は?」
「ちょっと、付き合ってよ。助けてくれたお礼におごるよ」
....十中八九、絶対付き合わないって思ってた。
だけど、隣の席の金髪は照れた感じで「いいよ」って返事をした。
見た目はヤンキーだけど、なんかしゃべりやすいし、照れた感じが、やたらかわいい。
「あのさ、名前で呼んでいい?氷室、下の名前何?僕のことは、健成でいいから」
僕がそう言うと、金髪で照れ屋のヤンキーは、顔を真っ赤して「氷室.......真矢」って言って視線をそらしたんだ。
〝真矢〟かぁ......。
「ここのチーズハットグ、おいしいでしょ?」
「....うん。てか、意外」
「どうして?」
「いつも甘いものの話しか、聞こえてこないから。こんなんも食べんだな、って思って」
「今から、体を動かさないといけないから。ちょっと腹ごしらえだよ」
「.........えっ?」
「....真矢さ、僕がこんなナリしてるからって、なんか変な想像してるでしょ?」
また、真矢の顔が真っ赤になってる。
いちいち反応して、おもしろい。
だから、ついつい「この後、まだ時間ある?」って聞いてしまった。
まだまだ一緒にいたかったし、何より真矢と話をして、声を聞きたかった。
「....あぁ、だいたい、暇だし」
「じゃあ、ついてくる?意外と面白いかもよ?」
真矢は、チーズハットグを口いっぱいに頬張りながら、視線をそらしてうなずいた。
✴︎
まさか、剣道してるなんて思わなかった。
しかも、警察署の道場で。
ゴツくてシブい大人に混ざって、金髪の俺が警察署の道場の隅でちょこんと正座してるなんて、滑稽すぎるだろ。
しかも職業柄なのか、俺に興味があるのか。
やたら「健成の友達?どこの学校?」なんて話かけてくる....補導か職質をされてるみたいだ。
健成に対して、ちょっとでも変な想像をした自分が、非常に恥ずかしい。
「学校に剣道部がないからさ、ここで練習させてもらってるんだよね。
ここの人達は、だいたい自分より段位が上だし、いい練習になるんだよ。
僕にしては、意外でしょ?」
剣道着に着替えた健成が言った。
確かに、意外だった。
華奢でいつもニコニコ笑ってて、女子みたいにかわいい顔したヤツが、キリッとした真剣な表情で竹刀をふる。
面をつけてからの健成は、さらにすごかった。
気合いの入った声とともに、自分より大きくて体格のいい相手に向かって、休む暇もなく全力で追い込みをかける。
その真っ直ぐな姿に見入ってしまって、思わず手に力が入った。
「健成、すごいだろ?」
目つきが鋭い、強そうな大人が話しかけてきた。
「....はい。華奢でヒョロくて、明らかに俺より弱そうなのに。
自分より強そうな相手に、ガンガン向かっていって。
健成の真っ直ぐな目と一緒で真っ直ぐ相手に挑んでて、なんかすげぇなぁって」
「なんだ、おまえ。
チャラチャラした格好してるワリに、ちゃんといい目もってんだな。
健成が連れてきただけあるよ」
〝一番苦手な分野の大人〟に褒められて、俺はなんだか嬉しくなってしまった。
健成に「何?俺に気があんの?」って、言った自分が恥ずかしくなったけど。
違った一面の健成を発見して、あの時とは別の意味でドキドキして....。
なんていうか、ビックリ箱みたいな健成の存在が、だんだん、俺の中で大きくなっていったんだ。
✴︎
真矢と仲良くなって。
話をしたり、行動を共にするようになって、色んな人に色んな事を言われるようになった。
先生からは、「おまえ、なんか脅されてんのか!?」なんて心配されたり。
〝氷室が、健成を舎弟にしてる〟とか。
〝氷室が健成を無理矢理襲って、離れないように監視している〟とか。
〝健成の家が実はソッチ系の家で、氷室が健成を守るために付き添っているソッチ系の人〟とかいう誰が言ったか分からない妄想には、さすがに笑ってしまった。
みんな、想像力豊かだ。
「俺は、全然面白くない。だいたい俺が悪いみたいになってるし」
真矢は、不機嫌な顔をして言った。
「そのうち、みんな飽きてくるって」
「まぁ、俺は健成が好きでいてくれれば、それでいいんだけどね」
なんだ、いわゆるツンデレってヤツで。
2人でいる時は、人懐っこい笑顔で色んな話をするし、性根が素直だから愛情表現もストレートだ。
たまに、こっちが恥ずかしくなる....。
真矢が剣道についてきたり、一緒に過ごす時間が多くなっていくうちに、真矢から告白された。
いきなりで....かなり....びっくりしたけど。
真矢といると楽しかったし、僕しか知らない一面もあって。
僕の中でも、真矢が大きな存在となっていたから、ついオッケーしてしまった。
〝健成は、弱そうに見えるし、誰にでもニコニコして危なっかしいから。傘を持ってない時は、俺が健成を守る〟なんて。
傘を持ってない時って....。
今思い出しても、笑いそうになる告白だ。
要は、ウソがつけない性格なんだろうな。
そんな真矢を、僕は、好きになってしまった。
✴︎
「今度、星竜旗の個人戦にでるんだよ」
「じゃ、応援行こうかな?」
「本当に?嬉しいなぁ。今まで大会出ても、ずっと1人だったからさ。たまに先生がくるくらいで」
俺の何気ない一言に、健成は、本当に嬉しそうな顔をした。
そんな矢先、健成が左手を怪我をした。
以前、健成にからんでた他校の生徒が、俺にからんできて、殴られそうになった俺を、健成は咄嗟に庇ったから。
「ぶつけただけだから、そんなに痛くないし。大丈夫」って、健成は笑って言ってたけど。
健成の左手は、かなり腫れていた....。
〝健成は、弱そうに見えるし、誰にでもニコニコして危なっかしいから。傘を持ってない時は、俺が健成を守る〟なんて、言っておきながら。
全然、守れなかった自分自身がイヤになる。
大会は、明日だってのに....。
「ガチガチにテーピングしてるし、腫れもだいぶひいてるし。真矢が気にすることじゃないよ」
「....ごめんな....」
「応援にきといて、言う言葉じゃないんだけど?」
健成は、笑いながら言った。
「....頑張って。声出して応援するから」
「うん。じゃあ、行ってくる」
健成は、小さな両頬を両手でパチンと叩いて気合いを入れる。
そして、俺に向かって手を振りながら、会場に入っていった。
こんな〝いかにも〟な大会に、金髪の俺は完全に浮いてしまっていたけど、健成に届くように精一杯声を出す。
健成は、1回戦から順当に勝ち進んで、とうとう決勝戦にまで駒を進めた。
「....あと、1勝」
「....うん。気合い入れないと」
心なしか、健成が疲れているようだったけど、でも、すぐ笑顔になって言った。
「真矢の声、すごい届いてる。ありがとう!力になるよ。じゃ、行ってくる」
決勝の相手は、健成よりひとまわり大きい。
鍔迫り合いをしていても、華奢な健成が後ろに退がるくらいパワーもあった。
その瞬間、相手が健成に足を掛けて倒した。
倒れたところを打ち込まれて、竹刀で防戦する健成。
怪我をしている左手で竹刀を握っていたからか、竹刀を手から離してしまった。
審判が〝分かれ〟の指示を出す。
「足払いが決まっちゃったなぁ。凄い勢いで倒れたから、目ぇ回してなきゃいいけど」
「アレって、反則じゃないんですか?!」
俺は、隣で解説していたおじさんに、食いついてしまった。
おじさんは、俺を見て目を丸くしていたけど、親切に教えてくれた。
「足払いは、反則じゃないよ。むしろ、竹刀を離しちゃった方が反則とられちゃうよ」
「....えぇ?そうなんですか....」
健成、大丈夫か....?
心配で、いてもたってもいられなくなって、胸が苦しくなる....。
健成は、ゆっくり立ち上がって再び構えた。
結局、健成は負けてしまった。
有効打突が左手の小手に二本決まって。
健成は「足払いされて防戦した時から、左手の感覚がなかったんだよなぁ」と、苦笑いしながら言った。
✴︎
結局、僕の左手の骨にヒビが入っていた。
すると、真矢が人の目もはばからず、僕に手を貸したりするから。
僕が大爆笑した〝健成の家が実はソッチ系の家で、氷室が健成を守るために付き添っているソッチ系の人〟説が再浮上してきた。
まぁ、面白いからいいんだけど。
金髪でゴツめのピアスは相変わらずだけど、以前と比べたらかなり真面目になった真矢に、先生から「おまえ、すごいな....氷室をどう手なづけたんだよ」って感謝されるし。
変な諸説は相変わらず流れてたけど。
クラスのみんなも、だんだん真矢に話かけるようになった。
「今の健成はかなり弱っちいから、俺が、責任を持って健成の代わりをする」
「....右手使えるけど?」
「....剣道の練習は、行かないんだろ?」
「....素振りとか足捌きとか。形稽古もできるから、行くよ?」
「もう!〝あれできない。これやって〟とか。ちょっとは、俺を頼れってば!」
真矢は、真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。
また、やたらかわいい顔して。
ヤンキーのくせに。
「真矢、ありがとう」
僕はそう言って、真矢に軽くキスをした。
真矢が、目をまんまるにして僕を見る。
「....反則だ....」
低い声をより低くして、真矢が呟いた。
「何?」
「....最初のキスは、俺からだって決めてたのに....」
「え?」
「何すんだよ!健成!」
「そんな内に秘めた思いなんか知らないよ?!だったら、ちゃんと言ってよ!」
「健成のバカっ!!」
真矢はそう言って、僕に強く唇を重ねてきた。
....びっくりした。
けど、そんな真矢がかわいくって、愛おしくって、僕は身を委ねた。
おもしろいなぁ、愛しのヤンキー君。
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