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6th 僕と花と折鶴

和紙みたいな、人。 って思ったんだ。 サラッとして、真っ直ぐで、スレてなくて。 脆そうだけど、強くって。 それでいて個性的で、一つとして同じものがない。 唯一無二の存在、って感じでさ。 そんな瑛太に心を持っていかれてしまって、好きになるのに時間はかからなかった。 無邪気に笑う顔も。 僕の目を見て真剣に話を聞く顔も。 まっさらな和紙に色んな色がのっていくみたいで。 見てるだけで、楽しい。 そばにいるだけで、嬉しい。 このままで、いい。 いいんだ。 変に告白なんかして、今の関係を崩してしまうほどの勇気は、僕にはなかったんだ。 多分、一生叶わない。 僕の瑛太に対する気持ちは、ずっと胸の奥底に死ぬまで、宿ったままなんだろうな。 この間、僕は小さなセレクトショップで瑛太を見つけた。 と、いっても。 本物の瑛太じゃなくて。 白い和紙でできた、手のひらサイズの折鶴で。 そこにいるだけで空気が変わるような感じが、瑛太みたいで。 ちょっと、値が張ったけど。 僕の底に沈めた気持ちを和らげてくれるんじゃないかって思ったから。 僕はその折鶴を、連れて帰った。 そしてー。 僕だけの小さな瑛太はベッドサイドにいつもいて、僕から溢れ出る感情を優しく聞いてくれるようになったんだ。 「瑞貴は、俺の好きなコに似てる」 瑛太が、あんまりニコニコして言うもんだから。 「あ、そう.......嬉しいな......」 って、心にもない事を、僕は思わず口走ってしまった。 なんだ、好きなコ、いるんだ.....。 ......フラれちゃった。 僕は、変な顔をしてないだろうか? そればっかり気になって、それからの瑛太との会話は耳にも入ってこないし、頭にすら残らない。 その間、ずっと瑛太が笑顔で僕に話しかけていて......その笑顔が、余計僕を苦しくさせるから、僕はずっと目線を合わさずに。 ただ、よくわかってない話にひたすら相槌をうっていたんだ。 あーあ.....本物の瑛太は、とうとう僕からいなくなってしまったなぁ。 足が重たくてうまく歩けない.....。 ようやく部屋に戻った僕は、白い折鶴の瑛太に話しかけた。 「.......僕、フラれちゃった......」 ......泣く、つもりはなかったのに。 だって、僕の瑛太に対する気持ちは、ずっと胸の奥底に死ぬまで留めておくって、決めていたのに。 いざ、そんな事を面と向かって言われると。 ......涙が止まらなくって。 僕はベッドに寄りかかって、霞む視界で僕だけの小さな瑛太を見て、泣いていたんだ。 こうなってしまうと、瑛太に会うのが億劫になる。 僕はひたすら瑛太に会わないように避け続けた。 避け続けたんだけど..... 相変わらず瑛太は、僕をすぐ見つけては、僕を苦しくさせる笑顔で近づいてくる。 きっと....。 きっと、僕は限界だったのかもしれない。 「瑞貴!今度こそ映画見に行こうよ!」 「うん......僕、最近忙しいから。他の人誘ってよ」 「じゃあ、バルは?バルならいいでしょ!?」 「.....いや、だから.....忙しいし」 「じゃあ、いつになったら大丈夫?」 「......んー、しばらくは忙しいから......無理かな?」 瑛太は、僕の言葉に顔をムッとさせた。 それでも、いいや.....。 僕を嫌いになって、僕の前からいなくなるんだったら.....。 瑛太を怒らせても.....いいや。 「なんだよ。この間から、そんなことばっかり言ってさ。瑞貴、俺、なんかした? なんかしたなら謝るから、ちゃんと言ってよ!」 「......別に、何もしてないって」 「瑞貴!ちゃんと俺の目を見て言えって!!目を逸らすなよ!!」 瑞貴が僕の肩を強くつかんで、真剣な眼差しで僕を見た......。 なんだよ.....なんで? 僕だけそんなこと言われなきゃなんないんだよ。 「......なせよ」 「え?」 「離せよ!瑛太!」 「......なんだよ!瑞貴」 「もう、ウンザリなんだよ!人の気も知らないでヘラヘラしやがってさ!! なんで、僕だけ責められなきゃなんないんだよ!!僕が避けてることくらい気付けよ!!」 感情に任せて、叫んで。 僕は、かなり後悔した。 瑛太が.....。 瑛太が、今まで見たことがない顔をしていたから。 涙目になって、悲しそうに眉をひそめて。 ジッと僕を見ている.....。 まるで.....まっさらな和紙みたいな瑛太の心が、破けてしまったみたいに.....。 取り返しがつかないことを.....僕は、言ってしまったんだ。 でも、なんで.....。 なんでそんなに......好きな人に嫌われたみたいな、傷ついた顔なんかしてさ。 なんで? なんで、そんな顔をするんだよ。 そんな顔を見せるのは、僕じゃない。 瑛太が好きなコに見せるんだよ。 僕は肩に置かれた瑛太の手をそっと離した。 「瑛太.....もう、勘弁してよ.....」 僕は瑛太の横をすり抜けて、その場を足早に離れた。 早く、早く離れたい。 だって。 あんなにひどい事を瑛太に言ったのに、僕の心はズタズタで、勝手に傷付いてて.....本当にイヤな奴で.....。 心底、ここから消えてしまいたかったんだ。 僕は本当に、立ち直れなくって。 何にもしていないのに、涙が溢れてくるから、もう何日も部屋から出られない。 僕だけの小さな瑛太に話しかける気も起こらないから.....。 その体をたたんで、ズボンのポケットにねじ込んだ。 ♩ピンポーン♪ なんかな.....宅配かな.....。 ヤバい顔をしてるけど、居留守もつかえないし....。 僕は、玄関のドアを開けた。 「瑞貴!!よかった!!生きてた!!」 ドアから急に現れた瑛太の顔と勢いに僕は面食らって、一瞬、呼吸が止まった。 「瑞貴!!来て!!早く!!」 「え?.....来て?....え?........どこ?」 「いいから、早く!!早くしないと、間に合わない!!」 瑛太は僕の腕を強引に掴むと、僕を誘導するように走り出した.....。 びっくり....する.....。 でも、今さら。 なんなんだ.....なんなんだよ、瑛太.......。 風を切るように瑛太は走って。 僕は瑛太に引きづられるように走って。 たどり着いた先は瑛太の家の庭先で。 瑛太は、大きなサボテンみたいな植物の前に僕を連れてきた。 「何?....サボテン?」 「これ、瑞貴に見せたかったんだ」 瑛太はそのサボテンの、今にも開きそうな大きな蕾を指差した。 「もうすぐ、咲くんだよ。〝月下美人〟」 「月下美人?」 「年1回一晩しか咲かないんだ、この花。 この月下美人はもう3年くらい咲いてなかったら.....すごく楽しみで、嬉しくて.......。 咲くところをどうしても......瑞貴と一緒に見たかったんだ」 「......え?」 瑛太は、僕を見て微笑んだ。 「瑞貴に似てるんだよ......月下美人」 ......なに?......それ。 「俺の好きなコ......」 照れたように僕から視線を逸らすと、瑛太は月下美人の蕾に目をやる。 今にも開かんばかりの蕾が.....。 ゆっくり、ゆっくり、可憐に動いて......。 キレイな満月の下、白い神秘的な花を咲かせた。 月下美人ー。 なんて....キレイなんだ......。 「キレイだ....初めて見た.....こんなキレイな花」 「.....瑞貴みたい」 僕は思わず笑ってしまった。 「なんで、笑うの?!」 「僕はこんなにキレイじゃないよ......。 瑛太を傷つけて.....イヤなヤツなんだ.....。 こんなに無垢じゃない」 また、涙が出てきそうだ.....。 僕は.....。 やっと、僕の願いが叶いそうなのに.....。 瑛太が、僕を好きでいてくれていたのに.....。 自分勝手でイヤな奴だから.....。 僕は瑛太に、愛される資格なんてない。 僕が、この月下美人だったら、よかったのに....。 「瑞貴.....」 そう呟くと、瑛太は僕の身体に腕を回して抱きしめた。 ぎゅっと、それでいて、優しく。 咲いたばかりの花を壊さないように、そっと。 「ちゃんと、思いを伝えてなかった俺が悪いんだ。 だから.....瑞貴を傷つけて.....苦しめてしまった.......。 ごめん....瑞貴。 俺さ、瑞貴が好きなんだ.....。 だからさ....。 あのさ、あの......。 月下美人の花が咲くのを、これが先もずっと一緒に見てくれない?」 純粋で、無垢な、まっさらな。 和紙みたいな。 瑛太の言葉に、とうとう僕は涙をこらえることができなかった。 「......瑛太.....」 どちらからともなく、唇を近づけて.....キスをする。 満月の下、月下美人が咲きほこるなか。 僕たちは、愛を誓う。 唇を離すと.....なんか、照れくさくって。 僕たちは、おでこをひっつけて、はにかむように笑った。 「あ、そうだ」 僕はポケットから、白い紙を取り出した。 僕の小さな瑛太だった.....折鶴。 「何、それ?」 「これ?.....僕の宝物。 瑛太が僕に宝物を見せてくれたお礼。 僕の宝物、あげるよ」 「ありがとう」 瑛太が眩しそうな顔をして、白い折鶴を見つめた。 僕の右手が、瑛太の左手に絡む。 瑛太の手の温もりと、僕の手の暖かさが一つに混ざり合う。 そしてー。 僕たちは、一晩だけ咲き誇る儚い月下美人を、ずっと見ていたんだ。

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