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9th 君の声が届くまで。

一番古い記憶は僕が5歳か6歳くらい。 この街の片隅、真っ暗な路地裏で寂しくて泣いていた。 冷たい雨が僕を濡らして、すごく寒かった。 手を繋いでいたはずの人の手の温もりも忘れて、顔も忘れて、途方にくれて泣いていた。 その時、僕の目の前に大きな手が現れたんだ。 僕はビックリして顔を上げる。 その人は、僕を見て歯を見せて笑った。 「...........」 その人は、僕に向かって何か言っていたけど、僕の耳はその人の声を拾わない。 その人は困ったようにまた笑って、僕に差し伸べた手じゃない方で頭をかいた。 「...........」 その人は、もう一度同じ口の形で僕に話しかける。 〝どうした?1人?〟 僕はそう〝読んだ〟。 僕は咄嗟に、その人の手を掴んだ。 その人の大きな手は、雨で冷たくなった僕の手を瞬時に暖かくしてくれて………。 僕は、その暖かさにすごく安心してしまったんだ。 この街は色んな人がいる。 いわゆる歓楽街のど真ん中。 いい匂いのホステスさんや、疲れて座りこんでるキャッチ、面倒見のいいニューハーフのママ。 僕はこの街に住んでいる。 と、いっても僕はホストでもなんでもない。 この街にある昔からの薬局で働いているんだ。 歓楽街に薬局があるのは、昔からの〝あるある〟で、昼間は滅多に来ない客が夜になるとひっきりなしにやってくる。 まぁ、買っていくのは大体お察しください。 そんな所にいたら、色んな音がして毎日うるさいんじゃないかって? 大丈夫。 僕は耳が聞こえないから、だから言うほど気にならないよ。 僕は生まれつき耳が聞こえなかったみたいで、小さい頃、この街に捨てられた。 親のことなんて、何にも覚えてない。 きっと生活も苦しくて、やむを得なかったんじゃないかな、こんな所に捨てていくくらいだから。 もうちょっとマシな所に捨ててくれたらよかったのに。 でも、僕はラッキーだったんだ。 なんでかって? この薬局のオーナーに助けられて、そのままここに居させてもらえたから。 あのまま捨てられて、誰からも見つけられなかったら、きっと僕はこの世にはいない。 本当、僕のヒーローだよ。 月曜の夜は、お店も大体閉まっているから、薬局に来る人も少ない。 時計は22時を回っていた。 その瞬間、僕は肩をポンと叩かれた。 大きな暖かい手に大きな体。 笑うと目がなくなって、とても人なつこい。 僕を助けてくれた10年前から全然変わらない。 〝空、おつかれさま。もう客も来ないから、閉めようぜ〟 僕に口を見せて話しかけてくれる。 僕は頷いた。 2人で閉店の準備をする。 そうこの人が僕のヒーロー、陽介だ。 ✳︎✳︎✳︎ 俺がまだ高校生で、親父の薬局を継ぐか継がないかくだらない人生の選択をしていた頃。 俺はちっちゃな子供と出会った。 その日。 俺はなんだか家に帰りたくなくて、家の近所をうろついていた。 ここは歓楽街。 なんだって手に入る。 そんな欲望にまみれたこの街が大嫌いだった。 この場所で生まれ育った俺は、大抵の危ない目に何度も遭遇していたし、世話好きのオカマに絡まれたりすることなんて日常茶飯事だった。 ましてや家が薬局なんて、恥ずかしくて仕方がなくて………。 そうしているうちに、朝から降り止まない雨は、薄汚いこの街を隅々まで濡らしていく。 もうすぐ春だというのに、その雨はひどく冷たく感じたんだ。 あれっ? 雨の音に混ざって、なんか聞こえる。 弱々しい泣き声。 猫? 俺は、声のする路地裏に入った。 俺の経験からして、路地裏に入るのは決しておススメするようなことではない。 いつもなら素通りするところだったのに、気になって路地裏の奥に進んだ。 すると放置された自転車と自転車の間に小さな影が見える。 子供だ!! いつからこんなことにいるのかわからなかったけど、全身ずぶ濡れで震えながら小さい声で泣いていた。 俺は思わず、その子に手を差し伸べる。 その子は、俺の手にビックリして俺を見上げた。 小さな顔に黒く澄んだ瞳。 顔を濡らしているのは、涙なのか雨なのかわからない。 「どうした?1人?」 声をかけたけど、その子は僕の顔をじっと見て答えない。 あれ? どうしよう....。 俺はもう片方の手で、頭をかいた。そしてもう一度ゆっくり話しかけた。 「どうした?1人?」 その子は俺の口を読んだ。 コクリと頷くと差し出した俺の手をぎゅっと握りしめて、また泣き出した。 ひょっとして耳が聞こえない? こんな小さいのに、なんでこんな掃き溜めみたいなところにいるんだ? 俺はたまらなくなって、その子をぎゅっと抱き上げ走り出した。 子供を抱きかかえて帰宅した俺を見て、親父もお袋も目を丸くして「....どうした?」と呆気にとられたように呟いた。 「どうしたもこうしたもあるか、クソ親父! 見てわかんねーのかよ! なんか死にそうなんだよ! 耳も聞こえてないかもしんねーし! テメェ腐っても薬剤師だろ! だったらどうにかしろよ!」 薬剤師になった今なら当時の俺に突っ込める。 〝どうにもできねーんだよ、俺〟 俺の剣幕にひるんだのか、お袋はお風呂をわかしに走り、親父はタオルをとりに走りだした。 一家総出でてんやわんやになっていた。 「ガサツなあんたがこんな小さな子をお風呂に入れられるわけないでしょ! さぁ、おばちゃんとお風呂入ろうねー」 お袋は俺を押しのけてサッサとその子を連れて行く。 「お前が小さい時に着てた服がこんな時に役立つなんておもわなかったなぁ、おい」 親父は斜め上のテンションで、衣装ケースを抱えてきた。 今日一番のヒーローであるはずの俺は、完全に取り残されてしまっていた。 その子が脱いだ服を洗濯しようと手に取ると、タグのところに文字が見えた。 〝空〟 そっか、あの子、空って言うんだ。 あの時、俺の手をぎゅと握り頼ってきたあの子。 「空」 口に出すとなんだか胸がこそばゆくて、思わず笑みがこぼれた。 お風呂から上がった空は、ちっちゃなほっぺたを真っ赤にして、かつて俺が着ていたであろう時代遅れのヒーローモノのスウェットをきてても、かわいかった。 「気持ちよかったねー。おばちゃん、ご飯準備するから待っててねー」 お袋は、空の視線まで腰をおろすと、ゆっくりはっきりしゃべる。 その口を読んで空は、はにかみながら頷いた。 「おう!こっちでテレビでもみようか?」 今度は、親父が空の目線で話すと、空は恥ずかしそうに笑う。 わぁ!かわいー! 「何があるかなぁ?野球好きか?アニメがいいか?」 そういいながら、親父はダイニングに空を連れていった。 ちょっと心を開いてくれたかな? 親父とお袋のおかげかな? 「母さん、ありがとう。なんか手伝おうか?」 「あら、やだ。いつもはしない手伝いとかしちゃう?だから雨が降ってるのねー」 「うるせーよ」 「あっちの棚からお皿だして」 「なんだかんだいって、人使いあれーよ」 俺はなんだかんだいいながら、カレー皿を出す。 「あの子賢い子ね。お風呂に入ってる間、ずっと私の口元みて一言一句もらさないようにしてたわよー」 「へぇ、すげぇ」 「体にアザとか全くなくて、歯も虫歯なんて一本もないのよ。きっと今まで大事に育てられてたのね」 「....じゃ、なん....で?なんであんな路地裏に1人でいたんだよ....」 俺の中にやり場のない怒りが込み上げてきた。 そんなに大事だったら、なんで1人にするんだよ! 俺は絶対そんな事しない! お袋は、俺の頭をポンと叩いた。 「大人には色々あんのよ。いつも犠牲になるのは子どもだけどね。ここいるとそんな事ばっかり見えてくるのよ。あの子の親はきっと新しい季節を迎えることができなくなったんでしょうね」 お袋はカレーをつぎながら続けた。 「我が子を殺しちゃう親もいるのに、あの子の親はある意味えらいわよ。きっとあの子の運命にかけたのね」 俺とお袋は、親父と一緒にテレビを見ている空に視線を向ける。 「耳が聞こえないって、どんな感じかな?俺、空の兄ちゃんになりたいな。空の耳になって色んな事を教えてやりたい。空の声になって色んな事を話してみたい。母さん、ダメかな?」 お袋は目を見開いて驚いた顔をしていたが、目尻を下げて笑った。 「いつも斜に構えているあんたがそんなこと言うなんて珍しいわね。きっと父さんもあんたと同じ気持ちよ。私だってそうよ」 俺は、涙が出そうだった。 一人前に認められた気して、空を大事に思ってくれて嬉しかったんだよ。 照れ臭いけど、親父とお袋の子供でよかったって思ったんだ。 その日のカレーは今まで食べた中で、一番うまかった気がする。 その証拠に空はリスみたいに口いっぱい頬張って、美味しそうにカレーを食べたから。 その夜、俺は空と一緒に寝た。 というか、空が俺から離れなかったんだ。 「あんた寝相悪いから、くれぐれも空を蹴っ飛ばさないようにね」 お袋の余計なアドバイスのおかげで、俺は寝返りをうつにも緊張した。 隣で俺の腕をぎゅっと抱きしめて寝ている空が、とても愛おしかった。 ✳︎✳︎✳︎ おばちゃんと口話教室に行ったとき、僕は先生にお願いして1つの言葉を一生懸命、教えてもらった。 はじめはなかなか出来なくて、すごく泣きそうになったけど、だんだんコツがわかってきて、最後は先生に褒められ流までに上達して、僕は家に帰って言ったんだ。 「ようすけ」 陽介は、僕を見てすごくびっくりした顔をした。 次にポロポロ涙を流して泣きだしてしまった。 今度は僕がびっくりした。 ……何?僕、何かした? 陽介は、僕をぎゅっと抱きしめてずっと泣いていたから、僕はどうしたらいいのかわからなくて、よく陽介がしてくれるように、大きな背中をポンポンしたんだ。 しばらくして陽介が、僕にゆっくり言った。 〝空の声、とてもキレイだね。 あんまりキレイだから嬉しすぎて泣いちゃった。ありがとう、空。 今までで一番嬉しいプレゼントだよ〟 そう言うともう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。 陽介に言わせれば、僕は〝隙だらけでおっちょこちょい〟らしい。 僕が何かをしようとするだびに、心配しすぎて具合が悪くなるそうだ。 僕だって、もう小さな子どもじゃない。 そんな事を言われると、ついムッとしちゃう。 でも、まあ、言われてみれば。 バスに乗ったら居眠りしちゃって、どこだかわからない終点まで行ったこともあるし。 トイレに入ったら、ドアノブが取れちゃって閉じ込められたこともある。 ニューハーフの人に腕を掴まれて、そのままお店の中まで連れて行かれたこともある。 薬局で勤務中に酔っ払ったオジサンにお尻をなでられたことも....あったな....アハハ。 その度に、血相を変えた陽介が息を切らして僕を助けに来てくれた。 陽介が言うほどとは思ってなかったけど、こうして考えてみると、結構そうかもしれない。 ちゃんとしっかりして、陽介の負担にならないようにしなくちゃ。 〝空?〟 僕の目の前に突然顔がきて、あまりの距離の近さに、僕はすごくびっくりした。 その人は、僕を見て笑い出す。 〝どうしたの?考え事?〟 切れ長の大きな瞳に、すっとした鼻筋。 背が高くて、だれもが振り返るくらいのイケメン。 良之だ。 良之は、陽介の幼馴染なんだって。 〝仕事中にぼんやりしたら、ダメだよ?〟 と言って、まるでお父さんみたいに僕の頭をポンポンと撫でるから、僕は耳が一気に熱くなるのを感じた。 〝かわいいーっ!耳が赤くなってる!〟 良之はさらに笑いながら、僕の頭をポンポンしてくる。 この人の前じゃ、僕はまだひよっ子だ。 その時、僕の肩に大きな手の感覚がした。 僕は振り返る。 〝良之、来てたんだ。久しぶり〟 〝仕事がたまたま近くだったんだ。 久しぶりに顔でも見とこうかと思って〟 良之は僕の頭に手を乗せたまま答えた。 〝空、見ない間に背が伸びたね。 ますますかわいくなったんじゃない?〟 かわいいって....僕、男なんだけど。 〝上がってく?〟 〝そうだね、久しぶりだし〟 〝空、悪いけど1人で閉店の準備してくれないか?〟 僕は頷いた。 閉店の準備を1人でするのは、初めてじゃないし。 大丈夫。 2人が中に入ったのを見送って、僕はシャッターを閉めようと外にでた。 ....視線を感じる。 最近、よく感じるこの視線。 鋭くて冷たくてイヤな視線。 僕は視線の先を見ないように、淡々と作業を進める。 次の瞬間、僕は何かに激突されて、シャッターに叩きつけられた。 頭をぶつけて目がチカチカする。 立ち上がれないでいると、フードを深く被った男が僕に馬乗りなってきたんだ。 頭をぶつけた衝撃からか、僕の抵抗は空回りして、その間にもその男に胸元を圧迫されて、息が苦しくなる。 〝助けて!!助けて、陽介!!〟 僕は声にならない声で、助けを求めた。 どんどん息が苦しくなる。 僕は、ありったけの力を込めて叫んだんだ。 「ようすけ!!」 スッと。 僕はいきなり、すべての圧迫から解放された。 視線を横にやると、フードを被った男はグッタリと倒れていて、反対に倒れていた僕は、良之に優しく抱き起こされた。 どうやら陽介が男にニーキックをお見舞いしたらしい。 陽介は僕に向き直ると、今にも泣きそうな顔で抱きしめてきた。 大きな背中が震えてる。 陽介の息が僕の耳にかかって、何か言ってるみたいだった。 ごめん、僕、やっぱり〝隙だらけでおっちょこちょい〟だ。 陽介は僕の顔を両手で覆うと、涙を目にためて僕に言った。 〝届いた....届いたよ!...空の声!....届いたよ! ごめんな、怖い思いさせて....ごめんな〟 ✳︎✳︎✳︎ 空はうちに来てからというもの、明るくてかわいくて....かなり、危なっかしかった。 俺が大学生の時もそう。 たまたま学校帰りに、公園で遊んでいる空を見かけた。 空はブランコにのって、高く高くこいでいた。 かわいいなぁ、なんて呑気に眺めてると、空が俺に気付いてニッコリ笑った。 「ようすけ!」 次の瞬間、空は両手を離して手を振ってきた。 手ェ、離すなよ………バカっ!! そのまま大きな放物線を描いて、空の小さな身体が宙を舞う。 ....心臓が、マジで止まるかと思った。 空の体は伸び放題の植え込みに落ちていった。 俺はカバンを放り投げて、空にかけよる。 「空!空!大丈夫!?空!!」 俺は、空の体を必死で抱き上げた。 どうか....どうか、無事でいて! 抱き上げられた空は、バツの悪そうに唇をかんで笑っていた。 「空!!どっか痛いとこないか!?」 俺の必死な問いかけに、空は首をふって答える。 よかったぁ....。 伸び放題の植え込みのおかげで、空は意外にも無傷で、無事を確認した瞬間、俺は全身の力が抜けて、ヘタ~とその場に座り込んだ。 あとで聞いたら、空は俺を見つけて嬉しくなって、ブランコに乗ってることを一瞬忘れたらしい。 そんな感じで、万事、空は危なっかしい子だった。 手を繋いでいないとすぐいなくなってしまいそうで、気が気じゃなかった。 心配しすぎて、吐きそうになったこともしばしば。 俺の寿命が見えるとしたら、すでに30年分くらいは消耗してるんじゃないか、っていうくらい空の行動は体に悪い。 俺が薬剤師の国家試験に合格した数日後、お袋が倒れた。 ガンだった。 わかった時は、手の施しようがないくらいだった。 それでも明るく振る舞うお袋に、何もできない自分がとてももどかしかくて……。 そんな情けない俺とは正反対の空は、お袋の側にずっと寄り添っていた。 お袋と一緒に料理をしたり、手を添えて話をしたりして最後まで一緒にいて、本当にこれが最後のお別れって時に、空は柩を見つめて静かに泣いていた。 はらはら落ちる涙が儚くて、小さく震える細い体が壊れてしまいそうで。 そのまま空も消えてしまうんじゃないかと思って、心がギュッと苦しくなった。 それからというもの、親父もめっきり元気がなくなって、体調を崩した。 空はお袋にしていたように、ずっと親父に寄り添っていて、お袋が亡くなってから2年後に、親父はお袋のところに行った。 俺たちはとうとう2人っきりになってしまったんだ。 空の危なっかしさは相変わらずだけど、俺たちは毎日楽しく過ごしていた。 親父とお袋がいなくなった分、空が俺に見せる笑顔も多くなったように思う。 子供だと思っていた空に、なんか気を使わせているみたいで〝頼りないかなぁ〟と思う反面、嬉しいような、こそばゆいような、そんな気持ちになった。 空がとても愛おしい....。 そんなある日、事件がおこった。 ちょっと前から変な気配は感じていた。 〝隙だらけ〟の空がまた、変なノを呼んだのかと思って、のんきな俺は気にもとめていなかったんだ。 いざとなったら、俺が守るから。 そんな時、久しぶりに幼馴染みの良之が訪ねてきた。 良之は警察官になったけど、忙しそうでなかなか会えないでいたから。 そう親父が亡くなった以来なんか話をしたくなって、空に閉店をお願いして、俺と良之は部屋に入った。 「どう?少しは元気になった?」 良之は、相変わらず優しい。 「空のおかげでだいぶ立ち直ってきたよ」 「空は、いい子だもんね。かわいいし」 「....良之、あんまり空をからかうなよ」 「だってかわいいんだもん」 その時、店の外でガシャーンと音がした。 俺と良之は目を見合わせると、慌てて店の方にいく。 その時、 「ようすけ!!」 空の叫び声が聞こえた。 声のする方に急ぐ。 心の中が不安で乱れる。 外に出ると、空がフードを深く被った男に倒され、押さえ込まれていた。 カーッと、頭に血がのぼる。 なにしてんだよ!! 怪我でもさせたら、絶対許さない! 気がついたら、男に膝蹴りをしていた。 男は横に吹っ飛んで、そのまま倒れ込んだ。 空は!?空は大丈夫!? 良之が空を優しくゆっくりおこす。 不安げな瞳。 呼吸で上下する肩。 ....でも無事だ!!よかった....!! 安心したら、泣きそうになって……俺は空にしがみつくように抱きついた。 「1人してごめん....」 俺は空の小さい顔を両手で覆った。 怖かったよな、ごめん。 1人にしないって誓ったのに、守れなくてごめん。 でも....。 そんな時でも「ようすけ!!」って叫んでくれて、頼ってくれて....。 俺はすごく、嬉しかったんだ。 ✳︎✳︎✳︎ あの事件以来、陽介は僕に対して過保護になってしまった。 僕の気配を常に意識していて、少しでも気配が消えると僕を探し回る。 この間なんか、お使いに出ようとした僕に防犯ブザーを渡してきた。 良之のアドバイスらしい。 そのうちGPSを服につけられるかも。 でも……陽介をこんな心配症にしたのは、結局、僕が〝隙だらけでおっちょこちょい〟だからで。 たまに僕を見る陽介の目が、とても悲しそうな目をしていて....僕は心がとても苦しくなる。 そんな顔しないで....。 ちゃんとしっかりするから....。 笑ってよ、陽介。 僕の唇の下にはホクロが3つ並んでいて、陽介が「星座みたい」って言うから、僕は、星座を見るのが好きになった。 この街は明るすぎて、星空は見えない。 だから郊外にできた大きなプラネタリウムに、どうしても行きたかった。 〝陽介。プラネタリウムに行こうよ〟 僕は手話で陽介に言った。 陽介は少し笑って、困った顔をした。 前の陽介だったら、〝行こう!〟ってすぐに言ってくれたと思う。 〝そこ、すごく遠いよ。帰ってくるの夜になっちゃうよ〟 〝でも、すごくキレイなんだって。ここに行ければ、他のものはすべて我慢するから。お願い〟 陽介は悲しそうな目をして、僕から視線をはずす。 なんで? なんで、そんな顔するの!? 言いたいことがあるんだったら、ちゃんと僕の目を見て!! 僕にちゃんとわかるよう答えて!! 僕は、陽介の顔を両手で挟むと強引に僕の方にむけた。 陽介は目を見開いて、僕を見る。 〝なんで!? なんで目をそらすの!? ちゃんと僕を見て! 僕はここにいるんだよ! ちゃんと僕の話を見て! 僕は!....僕は....〟 僕は、そこまで手話でまくし立てて、僕は胸がいっぱいになってしまった。 涙が溢れる。 〝僕は....陽介が、こんなに好きなのに!〟 あんなに行きたかったプラネタリウムなんて、どうでもよくなった。 陽介の笑顔がみたい。 ぎゅっと抱きしめてもらいたい。 僕は、目を閉じた。 僕は陽介の頬をもう一度両手で触れると、そのまま、陽介の唇にキスをした。 ....もう、ここには居られないかもしれない。 でも、後悔はしたくなかった。 軽くキスをして、唇をはなす。 僕は陽介を見た。 陽介の瞳が赤くなって、今にも泣きそうになっていた。 僕は頬から手を離し、陽介から離れようとしたのに、それより早く、僕の体は陽介の胸に引き寄せられた。 僕の背中に回した腕に、力がこもっているのがわかる。 大きな背中が、小刻みに震えていた。 僕からキスをしておいて。 陽介にこんな顔をさせてしまって。 僕の胸は押しつぶされそうに苦しくなったんだ。 陽介は僕をまっすぐ見て言った。 〝空が....空が、手を離すといなくなるんじゃないかって、ずっとずっと心配だった。 空が好きだ....。 初めて空を見つけた日から、愛おしくてたまらなかった。 だから、俺から離れないで。 俺は、君の声が届くところに....ずっと側から離れたくないんだ〟 涙が止まらなかった。 その反動からか、僕たちはどちらからともなく唇を重ねる。 軽いキスからだんだん、熱いキスに変わっていくって、お互いの舌が絡み合い、体が熱を帯びていく。 泣いたせいか、キスのせいか、頭がぼんやりしてきた。 陽介は僕から唇を外すと、僕の首筋に唇を這わせる。 思わず息が漏れた。 そのまま鎖骨の窪みに唇が移動し、キツく唇を押し付けられる。 息が上がる。 立っていらなくなって、思わず陽介に体を預けた。 陽介は唇を外すと、僕を見て微笑んだ。 その笑顔………僕は、ずっと見たかったんだよ。 フッと。 僕の体が宙に浮く。 陽介は僕を軽々と抱きかかえると、ベッドに向かった。 僕は陽介の首に手を回して、ぎゅっと目を閉じたんだ。 涙は止まらないけど、陽介の手を初めて握ったあの時みたいに、僕は安心した気持ちになっていた。 ✳︎✳︎✳︎ あんな風に空が怒りの感情を表に出してきたのを初めて見た。 空のまっすぐで熱のこもった瞳。 俺の心はグラグラした。 こんなに傷ついていたなんて思ってもいなかった。 いつもニコニコして、明るくて、かわいくて、おっちょこちょいで....怒るといえばほっぺたを膨らますくらいだったのに。 空を失いたくなくて、空を心配しすぎて、その心配は空回りして....。 結果、俺は空を信用することができずに傷つけていたんだ。 〝なんで!? なんで目をそらすの!? ちゃんと僕を見て! 僕はここにいるんだよ! ちゃんと僕の話を見て!〟 空の言葉が胸に刺さって、動けなくなった。 動けないまま、俺は空にキスをされたんだ。 柔らかく、空らしい、儚いキスだった。 一生忘れることのできない、切ないキス。 その瞬間、俺の中に押し込んでいた感情が一気に溢れ出す。 空が好きだ。 もう、止まらない。 空を抱えてベッドに向かっている間、空は俺にずっとしがみついていて、ぎゅっと閉じた目が緊張しているようで愛おしかった。 俺は空ゆっくりベッドにおろすと、空は涙に濡れる目で俺を見る。 その表情に頭が熱くなるのを感じた。 俺は抑えられなくなって、空の両手首をつかみ唇を重ねた。 お互いの口の中は溶けてしまいそうに熱くて、絡めた舌が余計に体を熱くした。 唇を離すと、空は吐息をもらす。 俺は首筋から鎖骨の窪みに舌を這わす。 空の吐息が、さらに荒くなる。 そのまま空の耳に唇を持っていき、耳たぶを軽く噛むと、空の体がビクッとしなった。 俺は、空の着ているシャツのボタンをはずしていくと、空の細くてキレイな体があらわになった。 空を見ると、恥ずかしそうに顔を背ける。 上体を起こしてシャツを脱がしてあげると、空は俺にしがみついてくる。 その仕草にドキッとして、おもわず抱きしめてしまう。 言葉はない。 でも、それ以上に気持ちが伝わる。 感情が交差する。 俺も着ていたシャツを脱ぎ捨て、肌を重ね合わせると、体温がお互いを繋いでいく感じがした。 俺が空の首筋に舌を這わすと、空も俺の首筋にキスをする。 空の唇がふわっと柔らかくてぞわぞわして。 首筋に唇を置いたまま、空の胸の突起を触ると、空は身をよじった。 絡めた空の指が、俺の手をぎゅっと握る。 互いの吐息がはげしくなって………空が俺の唇に、指に、感じている。 感じた結果に出るその甘い吐息がさらに俺を刺激して、俺は我慢できなくなっていくんだ。 俺は空の顔を両手で包むと、空は俺をまっすぐ見つめた。 「痛いかもしれないけど、大丈夫?」 空は小さく頷いた。 俺は空の衣服をすべて剥ぎ取り、俺も同じようにした。 俺のものが限界になっているように、空のものも限界で、息を乱して空が顔を背ける。 空の後方を膝で刺激しながら、俺は空の顔を俺の方に向けた。 「顔を見せて、空」 空の顔は今にも泣き出しそうで、はぁと吐息を漏らす。 愛おしすぎる。 怖がらせたくない。 安心させるようにほっぺにキスをした。 ベッドの引き出しから、保湿クリームを取り出すと、指につけの中に入れる。 「!!」 その瞬間、空が目をぎゅっと閉じて、顔を背けた。 唇を噛み締め、全身に力が入っている。 空の中は熱くて、キツくて、指を入れただけなのに、俺の意識が飛びそうで。 だんだんならしていくと、空の体が、まるで牡丹の花が開くように、スッと力が抜けていくのを感じた。 空が俺の首に手をまわして、俺を見つめる。 「もう、大丈夫?」 空は頷く。 俺は痛いくらいに限界に達していたノを中に入れ始めたんだ。 空は顔をしかめて、呼吸を荒くする。 細い体がしなる。 痛さを懸命に我慢する空の顔。 俺は安心させるように、空にキスをした。 俺は空の細い体が壊れてしまわないよう、ゆっくり動いて、そうしているうちに、空の顔から険しさが消える。 荒い呼吸をしながら、涙をためた黒い瞳でまっすぐ俺を見つめる………それが合図だった。 俺は激しく動き出す。 空の体が大きくしなり、吐息が激しさを増す。 互いの指を絡め、唇を重ねる。 2人の体が大きく揺れた。 俺たちはお互いの顔を向けあい、ベッドに横になった。 空が涙を浮かべた瞳で俺を見つめる。 「痛かった?大丈夫?」 俺が聞くと、空は首を横に振ってにっこり笑う。 そのまま俺の肩におでこをくっつけて、瞳を閉じて安心したような顔をした。 その姿がたまらなく愛おしくて………。 もう、空は家族以上の存在なんだって、確信したんだよ。 数日後、俺たちはプラネタリウムに行った。 多分諦めていたであろう空は、満面の笑みで子供のようにはしゃいでいて、半球体の天井に満天の星空が映し出されると、夢中になって食い入るように見つめている。 実際、あまりの綺麗さに、俺は吸い込まれそうになる。 180度星空に囲まれて、宙に浮いてる不思議な気分になった。 横に座っている空を見ると、空の澄んだ瞳に沢山の星が入り込んでいる。 星空は、空の静寂の世界に近いのかもしれない。 俺は空の手に、俺の手を重ねた。 「ようすけ」 空のキレイな声が、静寂を切り開く。 俺の声は、この星空のように空に一生届くことはない。 でも、空の声は1つの星の光みたい俺に届くんだ。 そのキレイな声は、俺の心を満たして幸せな気持ちにする。 君の声が届くまで、ずっと。

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