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10th 最低で最高の一日

「....そっか、わかった。 気をつけてね....ううん、大丈夫だから.... あはは....怒ってないって!大丈夫。 ....うん....うん....じゃあ、また」 僕は電話をきる。 ....また、すっぽかされちゃった。 今日は僕の誕生日なんだけどなぁ....。 久しぶりに会えるって言ってたから、一緒に映画に行きたかったし、できたばっかりのバルにも行きたかった。 たくさん話もしたかったなぁ。 ....どうしよう。 今日一日は、まだ長い。 1人で家にいてもしょうがないし。 今日行く予定だったところを、1人で行ってみようかな。 ....なんか、理解あるフリをするのも、ずっと待つのも、疲れちゃった....。 僕は何か新しいことをしようとすると、必ず出鼻を挫かれる。 今日もそうだ。 1人で楽しもう!って思ったら、スニーカーの紐が切れた。 しかもど真ん中から切れちゃって、スニーカーがプラプラする。 あぁ、もう。 やんなっちゃうな....。 僕は、ベンチに座ってスニーカーの紐を外す。 「どうしました?大丈夫ですか?」 僕の頭上から明るい声が聞こえた。 思わず頭をあげる。 人懐っこそうな笑顔を浮かべた、背の高い人が立っていた。 金色の髪が、陽の光に当たって眩しい。 それに、よく似合ってる。 「あぁ、スニーカーの紐、切れちゃって....」 僕は思わず苦笑いをする。 「マジですか!?....ちょっと!ちょっと、待っててください!絶対ですよ!!絶対待っててください!!」 その人はそう言うと、走り出していった。 ....なんか展開が早すぎて、僕はぼんやりしてその人の走る後ろ姿を見送ってしまった。 しばらくすると、その人は息を切らして帰ってきた。 「よかった〜!待っててくれた〜!」 ニコニコ笑ったその人の手には、新しい靴紐が、握られていた。 「えっ!?わざわざ買いに走ったんですか?」 「だって歩きにくいでしょ?....せっかくだからもう片方の紐も変えましょう!俺にもう片方貸してください」 「あ、すみません。ありがとうございます」 僕は勢いに押されて、もう片方のスニーカーを渡してしまう。 「俺、こういうの得意なんですよ」 そう言うと、その人はサッサと紐を取り外し始めた。 なんか、すごい親切な人だな。 その人が靴紐をスニーカーに通している姿が、あまりにも一生懸命で、僕は思わず笑ってしまった。 「あの、本当に助かりました。ありがとうございます。靴紐のお金....」 「あぁ、いやいや、俺が勝手に買ってきたし。いりません!本当、あなたがケガとかしなくてよかった」 「あ、じゃ、飲み物とか!なにかおごります!なにがいいですか?」 その人は、ちょっと考えた。 そして、閃いたような顔をして僕に言う。 「今日、なんか予定ありますか?」 「いや....全くないですけど」 「じゃあ、今から一日俺に付き合ってもらえませんか?」 「えっ?」 その人は歯を見せて笑うと、僕の腕を引っ張って歩き出した。 「えっ?えっ?ちょっ....どこに行くんですか?」 「これも何かの縁ですから、一日楽しく過ごしましょう!」 強引だけど、僕の腕を引っ張っる手が大きくて温かくて、僕はなんか安心してしまったんだ。 その人はナオキと言った。 大学の友達と待ち合わせをしていて、連絡の行き違いですっぽかされたらしい。 僕と一緒だ。 僕が、社会人と言うと口を押さえて「マジ?!めっちゃ若いから、年下に見えた....」と、呟いていた。 ナオキはいちいち表情が変わって、面白い。 久しぶりに笑った気がする。 ....最低な誕生日になりそうだったけど、なんか気分がかわってきた。 ✴︎ 「わっ!?」 俺の目の前を歩いていた人が、突然よろめいた。 一旦しゃがみ込んで、くつを確認している。 靴ひもでも、切れたかな? その人は、立ち上がるとヒョコヒョコ歩きながら、ベンチに座った。 ....ドキッとした。 キレイな顔をしたその人は、今にも泣きそうな顔をしていた....。 ....コケそうになったのが、そんなに悲しかったのかな? いやいや....そんなわけない。 もっと別な原因があるはず。 全く他人のその人が、気になってしょうがなくって....思わず声をかけてしまった。 その人はマサキと言った。 ずいぶん若く見えるけど、金融機関で働いていて、約束をしていた人にすっぽかされたらしい。 「僕もすっぽかされたんですよね」って、マサキは寂しそうに笑った。 俺と一緒だ。 この人を、楽しませたい。 この人を、笑わせたい。 だから、思わず言ってしまった。 「じゃあ、今から一日俺に付き合ってもらえま せんか?」 とりあえず、マサキには悪いケド。 美術館に付き合ってもらった。 要は、レポート課題なんだけど....。 ちょうど〝ダブルイメージ〟の企画展をしていたから。 無造作に並んだスプーンや野菜が、人の顔や動物に見えたりする、あれ。 楽しませてたい、笑わせたい、と思っていた割には、静かな所をチョイスしてしまう自分が、なかなか情けない。 「すみません。先に宿題に付き合わせちゃって」 マサキは、俺を見てにっこり笑った。 「美術館なんて、何年ぶりかな?新鮮で楽しいよ」 2人で見て回って、マサキが俺に色々質問したり、感じた事をたくさん話してくれたおかげで、レポートの構想もだんだんまとまってきた。 マサキの物の捉え方は、面白い。 1つの絵に色んな角度から観察して、それを上手に伝えてくれる。 何回も見た絵なのに、俺に新しいイメージを与えてくれた。 一緒にいてくれて、とても助かった。 「せっかくだし、常設展示の方もみていい?」 そう言ったのは、マサキだった。 マサキがふと、1つの絵の前で足を止めた。 鮮やかなオレンジのキャンパスが真ん中で切り裂かれて、中から黒い布がのぞく。 ルーチョ・フォンターナの〝空間概念〟。 「....黒い線を描いてるのかと思ったんだけど、キャンバスを切ってあるんだね」 作品を見るマサキの真剣な横顔に、俺はまたドキッとしたんだ。 次に進もうとした時、マサキの足が止まった。 先の方を瞬きもせず、目を見開いて見ている。 びっくりして視線の先の方を見ると、そこには、かなりのイケメンと小柄な男の人がいた。 2人とも楽しそうに話して、鑑賞している。 マサキが、手で口を押さえて俯く。 ....そして、俺のシャツの袖をギュッとにぎった。 ....ひょっとして、今日、すっぽかされた相手なんだろうか....? その姿がとっても小さくて、崩れてしまいそうで。 思わず、マサキの肩を抱き寄せてしまった。 ✴︎ ....びっくりした....息が止まるかと思った。 今朝、出張だって言ってなかったっけ? 〝誕生日なのにごめんね〟って、言ってなかったっけ? 僕がこんなとこに来るハズないって....だから嘘ついたの? .........一緒にいる、その人は、誰なの? 目から頭に入ってくる情報が多すぎて、頭が真っ白になる....。 と同時に、色んな感情があふれ出てきそうで、思わず手で口を押さえて。 2人を見てると涙が出てきそうで、思わず下を向いた。 じっと立っていられそうになくて、思わずナオキのシャツの袖を握ってしまった....。 すると、ナオキが僕の肩をソッと抱き寄せるから ....その腕がとても温かくて、ホッとしたんだ。 「なんか初対面なのに、今日は、迷惑ばかりかけてて、ごめん」 僕は、ナオキに謝る。 ナオキは固まってしまった僕を美術館の外に連れ出して、ベンチに座らせてくれた。 そして、心配そうな顔をして僕の顔を覗き込む。 「....こんなこと聞いて、気を悪くさせたらごめんなさい。.....さっきの人....」 「....今日、約束してた人」 僕は、できるだけ笑顔で答えた。 ....誰かに話したかった。 話して、忘れたかった。 「実は今日、僕の誕生日で....。 色々予定立てて約束してたんだけど、今朝、出張が入ってって言われて....。 最近、なかなか会えなくて....忙しいんだなぁ、なんてのん気に考えてたんだけど....やっぱり、そういうことだったんだなぁ。 誕生日なのに....。 ....すっぽかされるし、靴ひもは切れるし....好きな人には、裏切られるし....。 ....なんか、もう....僕、何やってんだろうって....」 苦笑いしか、できなかった。 誰かに....ナオキに話して、忘れたかったはずなのに。 ....さっきの光景がフラッシュバックしてきて、余計、胸が苦しくなる。 ナオキが、僕の手をギュッと握ってきた。 「誕生日だったら、楽しいことしなきゃ!」 そのまま、僕の手を引っ張って歩き出す。 「今度はどこ行くの?」 「体を動かせば、結構スッキリするし、楽しいでしょ?」 ✴︎ 自然が多いこの美術館の近くには、アスレチック場がある。 アスレチックと言えば、子供がするものだと思うかもしれないけど、ここは、大人も結構楽しめるアスレチックがある。 人もそんなにいないし、穴場のスポットだ。 「....これ、本当に滑るの?」 結構な高さから、結構な距離を滑りおりるロングジップスライドを前に、マサキが不安げな顔をして言った。 「うん」 「....大丈夫なの?」 「ほら、早くいって!3、2、1....ゴー!」 「....わっ!わーっ!」 マサキは勢いよく滑りだした。 緑の中をスピードを出して降りていくマサキの姿が、みるみる小さくなる。 結構なスピードを感じながら、緑の中を滑り降りてゴールにつくと、マサキがニコニコしながら待っていた。 「ナオキ、ありがとう!めちゃめちゃ楽しかった!」 そのマサキの言葉が、すごく嬉しくて、思わず照れてしまう。 それから、俺たちは色んなアスレチックをして回った。 子供みたいに、笑ったり、はしゃいだり。 時間が経つのを忘れて、楽しんでさ。 その時の。 楽しんでいる時のマサキの笑顔が、すごくかわいくて、俺は目が離せないでいたんだ。 ひとしきり遊んで、俺たちは近くのイタリアンに行った。 ささやかだったけど、グラスワインで「誕生日、おめでとう!」って、お祝いをした。 「久しぶりにこんなに体を動かしたから、明日、筋肉痛になっちゃうかも」 マサキはパスタを頬張りながら、にっこり笑って言う。 ....ちょっとは、スッキリしてくれたかな? 「楽しかった?」 「もちろん!ナオキにお礼を言わなきゃ。ありがとう」 「どういたしまして」 マサキが、少し視線を落とす。 「....今日、ナオキがいてくれてよかった。 ....ロングジップスライドをしてる時、はじめは怖かったんだけど....。 視界を流れる木とか、見上げたら空が小さく見えたりとか、すごく新鮮で。 さっきまで気分が最低だったのに、なんて気持ちいいんだろうって思ったんだ。 初対面の僕に迷惑かけられっぱなしだったのに、こんな僕に付き合ってくれて。 ありがとう....ナオキ」 そう言うと、マサキは優しく笑った。 ........まだ、一緒にいたいなぁ。 一期一会、って言うけど、俺にとってまさに〝今〟がそれで、このままマサキと別れたくはなかった。 レストランをでて、一歩先を歩いていたマサキが、振り返って僕に言った。 「ナオキ.........ここから少し遠いけど。 もし、よかったら、僕ん家くる? ....今日、スパークリングワイン冷やしてたんだけど、1人で飲むには多いんだよね」 マサキが、俺を見てにっこり笑う。 以心伝心って、あるんだろうか....。 俺は、胸が高鳴った。 ✴︎ ほろ酔いの勢いで、ナオキをうちに誘った。 家にスパークリングワインを冷やしているのは、本当で。 1本を1人で飲むのが多すぎるのも、本当で。 ....1人になりたくなかった。 ナオキとまだ一緒にいたかった....。 だから、僕の素直な気持ちに従った。 「改めて、誕生日おめでとう!!」 ナオキがワイングラスを持って、ニコニコ笑いながら言う。 「何回言うの?それ」 「今日が終わるまでは、たくさん言うよ」 「あははは」 ナオキが面白い事を言うから。 今日の最低な気分は、本当にどこかに消えてしまった。 ♩♩♬♩♩♩♬♩♩♩ 僕の携帯が鳴る。 あの人からだ....。 とるかどうか、迷ってしまう。 せっかく、忘れていたのに....。 でも....もう、ハッキリ、させなきゃ。 僕は電話をとる。 「もしもし」 〝もしもし、俺だけど。今日は、ごめん。どうしてた?〟 「....美術館...行ってた」 〝....えっ?....美術館?〟 「うん、美術館」 〝....そっか。楽しかった?〟 「うん、楽しかったよ。....ねぇ、好きな人ができたんなら、ちゃんと言ってくれたらいいのに」 〝..........マサキ、それは〟 「僕が鈍感だからって、気が付かないからって....ひどいよね。....すごく胸が苦しかったよ」 〝だから、その〟 「....もういい、もういいよ。言い訳しなくても。....もう、待つのも、理解あるフリするのも疲れたし....。今までありがとう。....さようなら」 電話を切った途端、僕の目から涙があふれでた。 今日、ずっと我慢してた涙。 ....なんで、こんな時に涙がでちゃうんだよ....。 その時、ふわっと温かい感触がした。 そして、ギュッと引き寄せられる。 「よく言えたね....頑張ったね」 ナオキが、僕を抱きしめて、優しい声で言った。 ....もう、なにも我慢しなくてもいい。 僕はナオキにしがみついた。 「ナオキ....!....」 「何?」 「....僕は、」 そこまで言うと、ナオキが僕の唇に人差し指を当てる。 そして、首を横に振った。 「そっから先は、俺に言わせて」 「....えっ?」 「今日会ったばっかりで、こんなの変かもしれないけど....俺、マサキが大好きだ」 「....僕も....ナオキが、大好き....」 ナオキの唇が、僕の唇と重なる。 ....スパークリングワインのイチゴの甘い....キスだった。 ✴︎ 俺の舌が、マサキの舌に絡まる。 俺の首に手を回したその細い腕が、くすぐったくてゾクゾクして。 マサキの腰に手を回すと、そのあまりの細さにびっくりした。 腰を支えて、そのまま押し倒す。 キスが、さらに激しくなる。 唇を離して、そのキレイな首筋に舌を這わす。 冷たい耳たぶから、首筋をとおって、温かい鎖骨のくぼみを愛おしく舐める。 「....あ....んっ.............ん....や....」 マサキは、感度がいい....。 たまらない....。 「シャツ....脱がして、いい?」 「...,ナオキも....」 マサキの上がった息や紅潮した顔に、俺は、さらに興奮してしまった。 白くて柔らかい肌。 俺が触るたびに、細い体がしなる。 マサキが俺の首筋に舌を這わすたびに、くすぐったくてどうしようもなくなった。 初めて会ったのに....初めて肌を重ねたのに....。 相性がすごくいい....。 「....マサキ...いい?....」 マサキは俺の首に手を回して、上体をおこした。 そして、座っている俺の上に腰をおろす。 「....はぁ......あ.......このまま.........」 吐息混じりのマサキの言葉に、俺はもう我慢ができなかった。 マサキの腰を押さえて、中に入れる。 「あぁ!!んっ!」 マサキが体をしならせて、俺にしがみついた。 感じてる声が耳元で聞こえて、俺を刺激する。 マサキの中は熱くてキツくて....動くとさらに締めつけてくる。 「マサキ........キスして.....」 「.......ん........ナオキ......」 マサキは俺の頰を覆うと、ソッと唇を重ねて、そして舌を激しく絡めだした。 下の刺激と上の刺激で、我慢ができなくなる....。 「マサキ....俺、もう......いい?」 「.....僕も.....」 その言葉で、俺はタガが外れてしまって.......。 激しく動かすと、マサキの細い体が大きくしなって、より一層、息づかいが荒くなっていく。 ....そして、俺たちは......ひとつになって、抱きしめあった。 「今日初めて会ったのに、初めて会ったみたいじゃない感じ」 俺は、マサキを抱きしめて言った。 「....僕も、そんな風に思ってた....」 恥ずかしそうに笑う。 「マサキ」 「何?」 「今日は、どんな誕生日だった?」 「....最初は最低だったけど、ナオキに出会えて、その最低を忘れるくらい、最高の誕生日になったよ....。 ありがとう、ナオキ。愛してる」 マサキは優しく笑って、俺にキスをした。 スパークリングワインのイチゴの香りが残る、甘いキスだった。

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