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11th わらひて、こたえず……。

「隣国明から流れてきた羌族だ。羌族は働き者で、野郎だか上玉だ。金50でどうだ」 奴隷商人が、街中で威勢のいい声を上げている。 また、金50なんて強気だな....。 そう思って、声のする方に視線を向けた。 .....確かに、キレイだな。 内陸から来たのがすぐわかる。 ほりの深い顔に、白い肌。 民族衣装が、さらにそれを引き立てて。 不安げに黒い瞳を揺らして、俯いている。 道行く人々は、気になって一度はその羌族を見るが、ふっかけられた金50の羌族に、流石に手を出す人はいない。 このまま売れないと、白丁になるか殺されるか。 いずれにしても、この羌族に未来はない。 なんとかしてあげたいけど....金50は高すぎる。 俺は、賭けにでた。 「威勢がいいね」 「ありがとうございます、旦那」 「俺、この羌族欲しいんだけど」 「さすが、旦那!お目が高い!」 「たださ、この羌族。足怪我してるよ。怪我した不良品を金50でふっかけるなんて、強気すぎるんじゃない?」 奴隷商人は、慌てて羌族の足を見る。 「.....失礼しました、旦那。金40で....」 「結構、傷が深そうだけど。すぐ使い物にならなくなったらどうしてくれる?」 「...........金20で」 「よし!買った」 「......ありがとうございます、旦那」 奴隷商人は、渋い顔をして俺から金を受け取った。 そして羌族の手枷をはずすと、俺に羌族を差し出す。 「.....大丈夫?怪我、早く手当しないと大変なことになるよ」 俺が手を差し伸べると、羌族は俺をキッと睨んで手を振り払う。 「....余計なことするな。このまま死ぬ予定だったのに.....なんで、余計なことしたんだ」 「とりあえず怪我の手当てをさせてよ。死ぬのはそれから考えて」 俺は、その羌族の腕を強引に掴むと家に向かって歩き出したんだ。 俺は、いわゆる両班で。 何不自由なく暮らしている。 家には、すでにたくさんの奴婢がいるけど、羌族なんて初めて見るし、何より、そのキレイな顔立ちとか、不安げなはっきりした黒い目とか。 すべてが、俺の心を鷲掴みにして、ほっとけなかった。 「とりあえず、そこにかけてて」 傷の手当てをするために、水と薬と準備して、鮮やかな民族衣装の裾をあげる。 細い、しなやかな足。 その足に大きな切り傷ができていた。 結構....深いな.....。 おそらく、奴隷商人が逃げないように傷つけたんだ。 「少し、しみるかも。我慢して」 水で傷を洗い流すと、足の指に力が入って、薬を塗るとビクッと反応して。 その間、この羌族はずっと険しい顔をして、顔を背けていた。 「よし、できた。....ねぇ、名前、聞いていい?」 「.........忘れた」 「そんなはずないだろ。俺はカン・ソンホ。俺が名乗ったんだから、名前、教えてよ」 「..........故郷が焼かれて、こんな所まで連れてこられて.....その間ずっと名前なんて呼ばれたことがない.........名前なんか、もうなくなったんだ」 .....そんな悲しいこと言うなよ。 「.....じゃあ、俺が呼んでやるよ。思い出して。君の名前」 「.....祐聖」 内陸の発音は、独特で聞き取れない....どうしようかな....。 「コレに書ける?」 俺は紙と筆を羌族に差し出す。 字が書けたら、いいけど。 訝しげに筆をとった羌族は、スラスラと漢字を書き出した。 〝祐聖〟………ウソン。 「ここじゃ、〝ウソン〟って言うんだ。ウソンって呼んでいいかな?」 「...........」 羌族の.....ここにきて初めてウソンと目があった。 吸い込まれそうな、澄んだ黒い瞳。 「ねぇ、ウソン。俺に話を聞かせてくれないかな?ウソンの故郷のこととか、どうやってここまできたとか。俺が払った金20分、色々教えてほしいんだけど」 俺の言葉に、ウソンはびっくりした顔をして。 そして、その瞳から止めどなく、ハラハラ、涙がこぼれ落ちて。 少し....ほんの少しだけ。 心を開いてくれた気がして....俺は、本当に嬉しかったんだ。 「ソンホ。お前街中で羌族を買ったんだってな」 父上は、相変わらず情報が早い....誰だよ、チクったの。 「お耳が早いですね、父上」 「なんで、また。そんな羌族なんかを....」 「情報収集ですよ。国王の関心ごとは越境してくる満州族の対策です。あの羌族はここに来るまで漢族の動静や、満州族の越境状況をつぶさに見ているはずです。あの羌族はいわば、最新情報を握ってるんですよ?使わない手はないでしょ?」 「.....まぁ、いい。あまりのめり込むなよ」 「わかってますって。父上」 情報収集....とか言っても、ウソンはまだまともに話してくれない。 怪我の手当てをした後、俺は部屋にウソンを一人残してきた。 逃げ出してもいい、と思ったんだ。 ウソンがそうしたければ、そうしていい。 金20でウソンを買ったけど、ウソンの意思まで縛るつもりなんて毛頭なかったから。 きっと、ウソンはもういない....。 そう思って部屋に入った。 「!! ………ウソン!!大丈夫か?!おいっ!しっかりしろって!!」 部屋に入るとウソンが倒れてて、抱き上げようと体に触れると火鉢に触れたみたいに熱い。 きっと怪我のせいだ....。 ウソンの体を抱き上げると思いのほか軽くて、そのまま俺の寝台に運ぶ。 民族衣装を緩めると、アザだらけの体がのぞいた。 痛々しい……。 「姐姐....」 か細い声で、うわごとのようにウソンが呟いた。 今までどんな風に生きてきたんだろう....。 俺は思わず、ウソンの熱い手を握りしめて言ったんだ。 「死なないで....ウソン」 気がついたら、外が薄明るくなっていて、いつの間にか朝になろうとしていた。 握りしめていたウソンの手が、ちょうどいい体温になっていて、俺は心底ホッとした。 「........ん..」 「気がついた?ウソン」 「........ずっと、そこにいた?」 「うん。熱が上がっちゃって倒れてたんだよ。熱も下がったみたいだし、本当よかった」 「.........んで?」 「何?」 「....なんでそんなに親切にするの?僕は、奴隷だ.........奴隷なんだよ?」 「倒れた人を助けるのって、奴婢とか奴隷とか、関係ないでしょ?そう思わない?」 「………っ!」 ウソンは片手で顔を覆って、声を押し殺して泣き出した。 「今までつらかったね。いっぱい泣きなよ。俺はここでずっと待ってるから」 ウソンの細い手が力を込めて俺の手を握るから、その手を絶対離したくなくって、俺も強く握り返したんだ。 それから、ウソンは少しずつ心を許してくれて。 穏やかな笑顔を見せるようになってきた。 奴婢として働くかたわら、俺に半ば強引に連れ出されて色んな話をした。 驚いたことに、ウソンは字が書けるだけじゃなくて、漢詩も読めるし書ける。 逆に俺が勉強になったし、ここに来るまでの漢族官僚の衰退や満州族が徐々に南下して来ているとか、鮮明に記憶していた。 「ウソンが住んでたとこは、どんなところだった?」 ウソンは、静かに笑う。 いつもなら、静かに笑って答えないのに。 今日は空を見上げて、思い出すようにゆっくり話し出した。 ーー 僕の住んでたとこは、山が近くて川も綺麗で。 熊猫の親子もたまに見たりして、のどかでいいとこだったんだ。 僕には、両親と一つ上の姐姐がいてさ。 そろそろ姐姐もお嫁に行かなきゃね、なんて話をしてたんだ。 ある日、馬に乗った漢族が僕の村にやってきて。 手当たり次第に村の人達を倒していく。 僕の両親も、あっというまに倒れてしまった。 僕は姐姐と逃げた....逃げたんだけど....馬の足に敵うはずもなく、あっという間に追いつかれてさ。 せめて姐姐だけでも助けたくて、騎馬兵と姐姐の間で死を覚悟したんだ。 その時ー。 「そいつらはまだ若い。使いようがあるから連れて行け」 って、一人の漢族が言ったから、僕と姐姐は火を放たれた村を呆然と見ながら、漢族に連れていかれたんだ。 助けてくれた漢族の人は、僕に色んなことを教えてくれて....字も教えてくれたし、漢詩も教えてくれた。 漢詩はすごく好きになって、その人はそんな僕にたくさんの漢詩を教えてくれて、僕は、一瞬だけ幸せだったんだ。 でも、僕は、いつも夜が怖かった....。 寝屋にいつも漢族が入ってきて、僕の前で姐姐をいじめる。 姐姐の苦しそうな声や壊れそうな体を見たくなくて、いつも耳を塞いで目を閉じて部屋の隅でガタガタ震えてた。 そして、姐姐を助けることもできない僕が、嫌で嫌でたまらなかった。 ある夜ー。 いつものように姐姐がいじめられてて、相変わらず部屋の隅で震えてたら、腕を強くひっぱられた。 漢詩を教えてくれたあの人だった。 その人は、僕に....。 姐姐がされてることを....僕にしてきた。 体の中にその人の感触が広がって貫いてくる。 怖くて、痛くて....。 叫ぶと殴られる....よがらなかったら殴られる。 僕が嘔吐くまで、その人のを咥えさせられる。 僕の顔や体の中は、その人の液体であふれてて....。 いつも優しかったその人が別人みたいで、怖く怖くて仕方なかった。 皮肉にも、僕の頭の中にはその人が教えてくれた〝桃花流水 杳然として去る 別に天地の人間にあらざる有り〟って言葉が渦巻いて、混乱する僕を支えていたんだ。 ある朝ー。 姐姐が目を覚まさなかった。 僕も毎晩、姐姐同様いたぶられてて、姐姐を心配する余裕もなくて。 漢族が姐姐を抱き上げてどこかに連れて行ったまま姐姐は、二度と僕のところに帰って来なかったんだ。 僕は、それから、何回か売られてー。 ーー 「そして、ソンホ様に買ってもらった」 そう言うと、ウソンは優しく笑って俺を見つめたんだ。 なんで、なんで、そんな辛いことを平気な顔で言えるんだろう.....。 俺は、人目もはばからず泣いてしまった。 「なんでソンホ様が泣くの?」 「だって....」 「僕は今、故郷にいた頃みたいに幸せなんだ。誰かの足音を気にせずにゆっくり眠れる。毎日、殴られなくていい....これ以上の幸せはないんだ」 「ウソン……」 「ソンホ様、〝輪廻〟って知ってる?仏様の教えの一つで〝命あるものが何度も転生し、生まれ変わること〟なんだ。次に輪廻する時は、今よりずっと幸せだったらいいなぁって。奴隷とか何にもない自由なところで.....まさしく〝桃花流水 杳然として去る 別に天地の人間にあらざる有り〟だと、思うんだ」 今まで辛い思いをたくさんしてきて、今世に未来が見えないから、来世に想いを馳せる.....。 俺は思わずウソンを抱きしめた。 「ソンホ様.....」 「.....自身はないけどさ、ウソンの辛かったことを、俺が優しく塗り替えてもいい?」 いざ、寝台に一緒にいると緊張してしまって。 ウソンの細い体を壊してしまいそうで....そっと、唇を重ねる。 薄い胸に手を触れると、体をしならせて「んっ....」って言うから、だんだん興奮してきて。 舌を激しく絡ませて、ウソンの中心を手でからみとる。 ふと、ウソンが荒い呼吸をしながら、俺に言った。 「ソンホ……さま.......僕は、今日初めて......知ったことがある。......今まで、肌を重ねるって、苦痛でしかなかった...........本当は、こんなにも気持ちいいものだったんだね......」 なんで、そんな悲しいこと言うだよ....。 そんなこと言ったら、その気持ちにきちんと答えるしかなくなるじゃないか.....。 俺はウソンの中に入れると、そのウソンの言葉に応えるように突き上げたんだ......。 ある日ー。 参内から帰ると、ウソンがいなかった。 奴婢にウソンの居場所を尋ねると、みんな目を逸らして言葉を濁す。 なんか....イヤな予感がした。 「父上!あの.....あの羌族の奴婢は!?どこへやったんですか?!」 父上が、俺を一瞥して言った。 「さっき売ったよ、知り合いの高句麗人がえらい気に入ってね」 「なんで!!なんでだよ!!」 「ソンホ!!俺はのめり込むな、と言ったはずだ!!」 「だからって.....」 俺は家を飛び出して、通りを見回す。 遠くに....遠くに、荷車に乗せられたウソンを見つけた。 「ウソンーっ!!」 俺は思わず叫んで、荷車を追いかける。 その様子にウソンが振り返って、俺を見た。 .....ゆっくり、左右に首をふる。 にっこり笑って.....。 声は聞き取れなかったけど....こう言ったんだ。 〝桃花流水 杳然として去る 別に天地の人間にあらざる有.....来世で会いましょう〟 息が苦しくて.....。 その言葉が心に刺さって、俺は動けなくなってしまった。 まるで、遺言じゃないか.....。 もう、二度と今世では会えないんだ.....。 ウソンは、また辛い思いをしてしまう.....。 もう、抱き寄せることも、なぐさめることも、二度とできない.....。 ちょっとくらい泣いてほしかった。 俺と離れたくないって、泣いてほしかった。 なんで、俺だけ泣いてるんだ.....。 ウソン………来世では両班も奴婢も関係ない、幸せな時間を一緒に過ごそう.......。 俺は、通りに立ち尽くして、子どもみたいに泣きじゃくって、ウソンを乗せた荷車を見えなくなるまで、ずっと見ていたんだ。 ✳︎ 目を覚ましたら、涙があふれていた。 心が苦しくて、切ない夢.....。 なんで、あんな夢を見たんだろう......。 まるで経験したかのように、めちゃめちゃリアルで。 でも、俺はあんな時代に生きてないし、日本じゃなさそうだったし、祐だって.....。 俺はふと、夢の内容を思い出した。 「ソンホ様、〝輪廻〟って知ってる?仏様の教えの一つで〝命あるものが何度も転生し、生まれ変わること〟なんだ。次に輪廻する時は、今よりずっと幸せだったらいいなぁって。奴隷とか何にもない自由なところで.....まさしく〝桃花流水 杳然として去る 別に天地の人間にあらざる有り〟だと、思うんだ」 夢の中で、祐じゃない祐が言った言葉....。 もしかして、俺たちは.....。 夢の中の俺たちが切実に願っていた〝来世〟なんだろうか? 「甫、起きた?そろそろ、学校いくの時間だよ」 そう言って祐が俺に優しくキスをする。 心の中が切ないまま、祐にキスをされたから。 思わず抱き寄せて、激しくキスをエスカレートさせる。 「....んっ、ちょ、甫!.....何?」 驚く祐をさらにギュッと抱きしめて、俺は言った。 「今は、ちゃんと抱き寄せられてるよ....」

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