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――あぁ、一時間後に駅前で待ち合わせよう。迎えは不要だ、弟が送ってくれる」  リビングのソファに腰掛けてスマートフォンを耳に押し当てて硬い口調で話す純一を見上げて、俺は口角をあげた。  皺一つない新品のワイシャツに、俺が選んだネクタイを締め、ベストと上着は背凭れに掛けられている。  大きく足を開いたまま腰掛けて目を細めている純一の下半身にはステンレス製の貞操帯が装着されている。  その光景は実にシュールでありエロティックだ。  茎の根元で固定する二つの南京錠をカチリと固定して、俺は電話を終えた彼を見つめた。 「――これで完璧。尿道に差し込んだプラグを抜けば用は足せるから」 「っく…。そんなに見つめないでくれ……勃ちそうだ」 「一週間の出張中に何があるか分からないからな。まあ、兄貴が浮気するってことはあり得ないと思うけど、用心に越したことはないだろ?」  南京錠の小さな鍵を金色の細いチェーンに通した俺は、それを自分の首にかけた。  一週間出張に出かける彼の貞操は俺が、鍵と共に預かっている。 「まったく……どこまで信用されてないんだ。俺はお前だけだと言っているだろう……」  ゆっくりと立ち上った彼の白い臀部が欲情を誘う。俺は思わず身を屈めてその尻たぶにキスを落とした。 「――どうしたんだ、貴文」  彼が肩越しに振り返った瞬間、俺の股間に痛みが走り顔を歪ませる。  体を起こしてその場所を手で押さえると、上目遣いで純一を睨んだ。 「くそ……っ、無駄に色気……出すなっ!――っう!」  血液が集まった下肢を苦しめているのは、純一が付けた貞操帯のせいだ。彼と同じタイプのモノではあるが、俺の方にはペニスを完全に固定するステンレスの金具がついており、膨張するとそれが食い込むようになっている。 「俺の留守中に昔の悪い癖が出て、その辺の男を誘いかねないからな……。ついでにアナルプラグも入れておくか?」 「するかっ!誰が兄貴以外と……っ」  スラックスを穿き、上着を羽織った純一は誰が見てもエリート会社員だった。  ワイシャツの隙間に指を入れ、そこから小さな鍵がついた鎖を俺に見せつけるとニヤリと笑った。  彼が見せる、俺に対する独占欲が心地いい。 「一週間、ちゃんとイイ子でお留守番してるんだぞ」 「ガキじゃあるまいし……」  ほぼ毎晩体を重ねている俺たちが、お互いに自慰も制限された状態で一週間も会えないなんて……。 これはもう拷問に近い。 俺たちは何も悪いことなどしていない。ただ――愛した相手が兄であり弟だっただけの話だ。 「貴文、そろそろ出かけるぞ。運転、頼む」 「忘れ物とかないか?」 「あぁ、大丈夫だ」  リビングの端に置かれたスーツケースを手に部屋を出て行く純一の背中を見つめる。  しっかり者で几帳面、あの男に限って忘れ物などあるはずがない。  でも――そう聞いてみることが俺にとって小さな幸せだった。 (夫婦じゃあるまいし……)  自嘲気味に笑ってから、車のキーを片手にリビングのドアを閉める。  玄関で靴を履き終えた純一に両手を伸ばす。 「駅じゃ言えないから先に言っておく……。気をつけていってらっしゃい」 「ありがとう……。留守を頼むよ」  軽く触れるだけのキスはいつしか深いものへと変わっていた。  舌を絡ませたとき、お互いの顔が同時に歪んだ。 「う――っ」 「ぐぅ……っ」  互いの身を案じて講じたはずの下半身を締め付ける見えない戒めにこんな時に苦しめられるとは……。  仕方なく唇を離して額を押し付けて苦笑いをする。 「急いで帰ってくるから、それまで“オイタ”はするなよ」 「兄貴こそっ!あ、そろそろ出ないと間に合わなくなるぞっ」 「そうだな……」  二人で勢いよく玄関を出ると、背後でオートロックのドアがゆっくりと閉まった。  その瞬間、純一がハッと息を呑んで俺を見下ろした。 「――あ、忘れ物」 「はぁ?さっき、ないって言っただろ」  彼は口を手で押さえたまま目を見開いて固まっている。  俺は呆れながらポケットに入れた鍵を取り出してドアの鍵穴に差し込んだ時、不意に後ろから抱きしめられてその手を止めた。  耳元に熱い息がかかり、背筋に甘い痺れが走る。  胸元で組まれた純一の手をそっと掴んで、乾いた唇を舐めた。 「――愛してるよ、貴文」  トクン……。  心臓が大きく跳ねて、彼の纏う香水の香りに目の前がクラクラとするのを感じた。 「――忘れ物って」 「うん……。一番大事なこと言い忘れてた」  俺は火照った頬を見られないように俯いたまま、ゆっくりと頷いた。 「――俺も。愛してるよ……兄貴」  たかが一週間、されど一週間。  俺たちがそういう関係になってこれほど長い期間離れたことがないだけに、どうなってしまうのか想像もつかない。  寂しくて泣くかもしれないし、恋しくて何度も電話するかもしれない。  熱が籠る体を持て余して悶絶する夜が来ると思うだけで体が震える。  でも――それは俺だけじゃないって分かってるから、少しだけ気が楽だ。  血の繋がった兄である純一もまた、俺を想ってそうしてくれることを密かに願っている。  堕ちるところまで共に堕ちる運命共同体……。  こんな俺たちは神に許されるだろうか――。 「貴文……」  低い声で囁いた純一がそっと離れていく。俺もまた彼の背を追うように振り返った。  黒い羽が二枚、明るい廊下の床に重なるように舞い落ちた。 それはきっと――闇に堕ちた俺と純一のものだったのかもしれない。

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