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第4話
涙が出た。アヤの方から会いたいなんて言ってきたのは、もしかしたら初めてなんじゃないだろうか?笑顔が上手く作れなくなって、リョウはたまらずパソコンの前から去ったのだった。
「リョウ」
席を外すと言ってあるのに、アヤが話しかけている。
「そこにいたままでいいから、聞いて」
「うん……」
「リョウと話すのがつまらないんじゃないから」
「……」
「ただ苦手な会話だけをしないといけないのが、苦痛で」
一緒にいられれば、会話なんてなくてもいいのに。ただくっついて、互いの体温を感じているだけで、満たされるのに。リョウが見えないとところに行こうとしても、腕をひっつかんで止めることができるのに。
「会えなくて、つらいよ」
「え……?」
思いも寄らない言葉だった。会いたいと思っているのは自分だけ、だからあまりうるさく会いたい会いたいと言ってはいけない、と日頃から思っているだけに、アヤからの言葉は意外だった。
「つらいの? アヤも?」
「そりゃ、ね。気持ちいいこともできないし」
「そればっかりか」
「冗談だよ」
「アヤが言うたら冗談に聞こえへんわ……」
長い間会わないことに慣れてはいても、次に会える日は自分たちで決めることがでいた。こんなふうに、自分たちの意思に反して、しかもいつまで続くかわからないおあずけを食らうのは、遠く離れたふたりにはあまりにもつらいものだった。
「早よ会いたいな」
「久しぶりに聞いた、それ」
「言うたところで会えるわけでなし、あんまり言うたらあかんと思って……でも、いつも思てるよ」
「うん」
「早く会って、触りたい、俺のアヤに」
「そうだね」
目を閉じて、愛する人の温もりを思い出す。温もりだけではない、ふわふわとした髪に触れたいし、吸い付くような肌にも触れたい。今聴こえている声だって、今見えている顔だって、機械を通すと通さないとでは違う。
そんな回想に耽っていると、
「じゃあ……切る、わ」
アヤがただでさえ言葉数が少ない上に、物思いに耽ってほぼ無言になっていたせいで、会話を終わらせたがっていると思ったようだ。けれども会話が苦痛なのは残念ながら本心であり、アヤはこの機会に通話を終わらせてもらうことにした。
「うん」
引き留めて欲しい気持ちがなかったと言えば嘘になる、けれど期待もしていなかった。アヤがこういう場面で引き留める男ではないことは、リョウが一番よく知っている。
「ほな……勉強頑張って」
「うん」
「邪魔してごめんな」
「かまわないよ」
切る、と言ってからが長い。本当は切りたくないのが明らかに見て取れる。そりゃあそうだろう、本当なら片時も恋人と離れたくないタイプのリョウだから。アヤ自身は恋人とも適度に距離を保ちたいタイプだから、今のような交際スタイルに不満がない。だが、リョウはそうではないということもわかっている。
「リョウ」
「ん?」
「愛してる」
「あ……」
「いつだって、ずっと」
「うん……うん」
「……ごめんね」
アヤが小さく謝ると、リョウは首を振った。
「いつも通りに戻ったら、すぐ会いに行くから」
「そのときは俺がそっちに行くよ」
アヤがそう言うとリョウは驚き、切れ長で大きな目が一瞬丸くなったが、すぐに細くなった。
「ほんま?!楽しみにしてる!一緒に行きたいとこいっぱいあるねん!リスト作っとくな!」
一日中駆けずり回らされることを思うと今から億劫になってくるのは、今は悟られないようにしよう。弾ける笑顔を見つめながら、アヤも目を細めた。
【おわり】
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