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第1話 おねがいききます券 1
『片想い』
というのはどこからどこまでなんだろう。
好きな人の身体を手に入れるまで?
それともやっぱり心を手に入れるまで?
――――――――――
「奏汰 。これってまだ有効だよな?」
久しぶりに家に来たお向かいの 蓮 くんが差し出してきたのは、『なんでもおねがいききます券』と下手くそな字で書かれた紙切れ。
見覚えのあるその紙切れは、僕が小学生の頃に蓮くんの誕生日プレゼントとして渡したものだった。裏には『ゆうこうきげん ぼくがはたちになるまで』とも書かれている。
2歳年上の蓮くんは大学2年生。僕は高校3年 4月に誕生日を迎えたばかりの18歳。有効期限はあと2年ほど残っている。
「有効、だけど。何?お金の相談なら無理だからね」
「誰がびんぼーそうなお前に金の相談なんかするか」
呆れ顔の蓮くんは「はっ」と馬鹿にしたように腕を組み失笑する。
だったら何だ?
僕より年上で金にも困ってないモッテモテのイケメンが、冴えない向かいのガキんちょに何のお願いがあるって言うんだよ。
「俺を抱け」
・・・・・・・・・・・・は?
「俺のケツを開発しろ」
「けつ・・・、 は!? 蓮くんのケツをどうしろって!? むぐ・・・ぅ」
「うるさい静かにしろ」
驚きのあまり大声になる僕の口を片手で塞いで、神妙な面持ちで蓮くんはもう一度繰り返す。
「俺の、ケツを、開発しろ」
夢でも聞き間違えでもない。蓮くんは、僕に自分の尻の穴を開発しろとお願いしに来ている。
「むぐぅ(なんで)?」
「・・・す、す、好きな人が・・・、処女はめんどくさい、って言ってたから」
蓮くんは耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに下を向く。
『好きな人』、できたんだ・・・。そっか・・・
昔から蓮くんはモテモテだった。周りにはいつも蓮くんを独り占めしようとする女子たちがくっついていたし、何なら男子からも人気があって。
だけど、中学生の時 蓮くんを好きだと言う女子達が家の前で乱闘をして、ご近所さんたちにからかい抜かれ大恥をかいた過去が彼にはある。
それ以来、蓮くんは恋愛恐怖症になってしまったのだ。
特定の誰かと仲良くすることも無く皆に平等。抜けがけは許さないと牽制し合う女達に囲まれながら過ごして来た。
と、蓮くんと幼なじみの僕の姉が言っていた。
その蓮くんが、恋をした。しかも『ケツを開発』『処女はめんどくさい』って・・・
相手は思いっきり男じゃん!!!
口を塞ぐ蓮くんの手を払い、僕は彼に問う。
「蓮くん、ゲイだったの?」
「そそそそんなわけあるか!」
だよね。
「でもなんか、女ってこえーし・・・。『蓮くんの相手が男だったら平和なのにー』とかよく言われるし」
何言ってんの、取り巻きの女どもは!そんで何のせられちゃってんのこの人も!
「それだけで、男好きになったの?」
「え? イヤ、相手バイト先の先輩なんだけどさ。なんかさ、下心無しで優しくしてくれんのが嬉しくて・・・気付いたら好きになってた。みたいな?」
「へ、へぇ~」
下心、ですか。どういう類の下心だよ。
その先輩とやらに全く下心が無いとでも思ってんのかね、この人は。
蓮くん家は僕ん家の真正面。道路を挟んだお向いさん。かと言って小さい頃遊んでもらっただとか幼なじみと言えるほどの記憶は無い。物心ついた頃から蓮くんはいつも人に囲まれていたし、彼と同い歳の姉の仲が良すぎて、2つ下の僕が入り込む隙間なんて無かった。
蓮くんと話すなんて、うちに回覧板を持ってくる時以外に無かったかもしれない。
僕は人気者の蓮くんを眺めているだけで、時々挨拶をする程度のただの向かいの家のガキだ。
それでもこの人に憧れなんてものを抱いてて、姉と幼なじみの彼に『誕生日プレゼント』と言ってこんなくだらないお手製の券を渡すくらいには、大好きな近所のお兄ちゃんだった。
だって仕方ないだろ。生まれてこのかた、蓮くん以上に可愛い女も綺麗な女も見たことがないんだ。
慣れって言うのは恐ろしい。この人の美貌に見慣れてしまっている俺は、それ以下のビジュアルには惹かれなくなってしまったのだ。
そんなキレカワ系の蓮くんのことだ。同性から好意を向けられても全くおかしくないと僕は思う。
「ちなみに聞くけど、僕が断ったらどうすんの?」
「断ったら、この券の効力をもってお前を素っ裸にして駅前で晒しもんにしてやる」
「こんな紙クズにそんな効力ねーよ!」
「『なんでもおねがいききます』お前が書いて俺にくれたんだろ。拒否権があると思うな」
「ぐぬぬ・・・」
蓮くんのおケツを開発するなんて、未だかつて女の裸は姉の風呂上がり以外に見た事の無い僕にはハードルが高過ぎる。別に男同士なんだからケツ穴のひとつやふたつ見るくらいどうってことない。問題はそこに指を突っ込めるかどうか。
ああ~神様!なぜ僕は童貞なのですか!なぜ奇跡的に付き合えた巨乳の彼女にフレンチキッス止まりで振られてしまったのですか!? せめて初めて指で触れる他人の粘膜は女性であってほしかった・・・
まあその巨乳の彼女ですら蓮くんの美貌には敵わなかったんだけど。
「あのぅ、それはえっと、今すぐに?」
お願いです。時間をください。1ヶ月、いや3ヶ月ほど。それまでに何としてでも女性と性経験を・・・
「今すぐに決まってんだろ。じゅじゅじゅんびはしてあんだからな!」
そんなぁぁぁ
些細な願いも虚しく、強引な蓮くんに引き摺られお向かいの家へ。
彼の部屋へ入って、僕は衝撃の光景を目にする。
「なにっ、何これ!?」
ベッドの上に並べられたローションのボトルや潤滑ジェルのチューブに、ポコポコと球が連なった棒のようなものにバイブらしき黒い物体やピンクローターetc・・・
「俺のケツを開発する為のアイテム達だ」
「えっ!?」
てことは、ここにある道具を使って?指入れたりするんじゃないの?
「こんなのあるなら別に僕なんかに頼まなくても自分で・・・」
「それができたらおめーなんかに頼みに行かねんだよ!」
胸ぐらを掴まれ、凄みを増した蓮くんの綺麗な顔が接近する。
ひぃぃっ!
無駄に顔が整ってるだけになんか もの凄い迫力と圧がある!
「わかった、わかったから怒んないで」
「わかったらさっさと、や、やややれよっ」
「もー・・・そんな強気なくせにアナニーもできないなんて。もしかして怖いとか言うんじゃないよね?」
シャツを握る蓮くんの手が心做しか震えてるような?
「・・・・・・ こ、こわかったら、悪ぃのかよ」
伏せた顔を真っ赤に染めて、蓮くんは小声で答える。
う・・・。なんだよ。男なのにそういう顔もできるの?
元々綺麗な蓮くんの顔が3割増しで可愛く見えて、そういうシュミは無い僕だけど危うくときめいてしまいそうになるじゃんか。
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