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第6話 開発日誌:前立腺について 3
乾燥した唇が小さく動く度に、幼い子供みたいで微笑ましい。そして何故だかやらしい気持ちにもなる。
リップを塗りたくったユカちゃんのプルっとした厚みのある唇とは違って、何にもケアしてなさそうな蓮くんの薄い唇は無防備で、『いっそ舐めて僕の唾液で潤してあげたい』と変態めいた考えまで浮かんでくる。
ずっと寝顔を見ていたい気持ちと早く起きてくれないかなっていう気持ちが共存して、蓮くんの頬に手を伸ばしかけては引っ込めるを繰り返す挙動不審な男がここにいる。
きっと蓮くんの尻をほじるのは浮気じゃない。だって男同士だし。いやこれは同性愛を否定してるんじゃなくて。
僕と蓮くんの間に好意があるとかじゃなくて、つまりは彼に命令されたからであって、いわば業務的な行為だから。
この人を綺麗だの可愛いだの思うのも単に好みの顔だからで、そこに恋愛感情は無い。
・・・はず、だからユカちゃん! 僕は浮気なんかする男じゃないから安心して!
心で彼女に言い訳をして、僕は蓮くんの頬を人差し指でつつく。
「蓮くーん、いつまで寝てるの? 帰っちゃってもいいのー?」
「・・・・・・うん」
ありゃ。
意地悪のつもりで言ったのに頷かれて軽いショックを受ける。
帰るわけないじゃん。この日を心待ちにしてたのに。
「蓮くんは白雪姫なのかな~いばら姫なのかな~? キスしたら起きてくれるのかなぁ~」
「しね」
刺々しい言葉で即答されてまたショック。
なんだよ、自分から開発しろって言っておいて・・・。これじゃまるで僕が開発したがってるみたいじゃないか。
仰向けの蓮くんに掛け布団の上から跨り、彼の側頭部を両手でがっちり抑えて顔を近付ける。
「ほらほらー、早く起きないとしちゃうよキス」
ユカちゃんとは毎日してるし、ディープキスも覚えたんだよ僕。蓮くんがしたことの無い男同士の初ディープも、僕が奪っちゃってもいいのかな~?
「や・・・、やだっ」
俺の手首を掴んで、閉じたままの瞼にぎゅっと力を込めて顔を下げようとする蓮くん。
え・・・なにその反応。
ボロクソに文句を言われるかと思ったのに、意外過ぎるほど純な仕草に こっちが戸惑ってしまう。
比べる対象がおかしい気もするけど、こういうのってユカちゃんには無いよな。彼女はいつだってグイグイ迫って来て、気持ちいいこと大好きですって全身で訴えてくる。男の僕でも時々引いてしまうくらい強引だし。
「・・・しないよ、キスなんか。蓮くん男だし」
自分に言い聞かせてみるけど、仔猫みたいに怯える蓮くんがかわいくて、顰めた眉間をホッと緩ませたその顔もかわいくて
「でもちょっとだけ」
堪らなくなって僕は軽く唇を合わせる。
蓮くんは一瞬悲壮な表情を浮かべ、途端に顔を真っ赤にして怒り出す。
「てめっ! この前といい、大嘘つきやろー! なーにが『しないよ、男だし』だよ!!どけ!重いっつーの!」
「もー、すーぐ怒る」
蓮くんを解放すると、勢いよく起き上がった彼は無言で部屋を出て行く。
尻は触らせるのに、キスは地雷なのかな? 貞操観念の基準がわからないな。
そのまま暫く待っていると、ボクサーパンツ一枚の姿にバスタオルを肩に掛けただけの蓮くんが部屋に戻って来る。
色白の体は丸みなんか全然無くて細い。薄いけど筋肉も付いててスタイルがいい。何というか、うーんカッコイイ。
「蓮くん、意外と男らしい体つきなんだね」
この前は上半身が隠れてたから分からなかったけど。
「あ? お前いまめっちゃ上から言ってんだろ。俺肉つかねぇ体質だから、ここまで仕上げんのに相当努力したんだからな」
「そっか。僕すぐデカくなっちゃうからその気持ち分かんないけど、頑張ったんだね」
「そーゆーのが上からっつってんだよ。お前ら姉弟は ほんっとデリカシーってもんが無い」
蓮くんは掛け布団を退かしバスタオルをベッドの上に広げ、例のアナル開発グッズが入った箱をその上に置く。
わあ、相変わらず躊躇いが無い。でもいざ僕が触るとまたガッチガチに緊張しちゃうんだろうな、この人。
前回の蓮くんを思い出して不覚にも勃ちそうになる。
待て待ておかしいだろ。ユカちゃんと付き合い出してから毎日ヤッてるのに。むしろ昨日なんて彼女に精子が尽きるくらい搾り取られて、もう暫くは勃起も無理、なんて思ってたのに。
「今 姉ちゃんは関係無いでしょ」
下半身の反応を誤魔化すように僕は色気の無い姉を思い浮かべる。
そういえば姉と並んでたら蓮くんの方が細かった印象だ。柔道をやっていた父に似て、僕たち姉弟は筋肉質で身長もそれなりにある。
女らしくない体型の姉の近くにいた蓮くんだからこそ、僕には より一層綺麗に見えていたのかもしれない。
というのはどうでもいい。早く蓮くんの尻の穴に指を突っ込みたい。
ああっ、自分の思考が制御できない!
そんな僕の乱雑な思考回路を知らない蓮くんが箱の中から取り出し おずおずと渡してきたのは
「今日は、これ、で・・・たたたた頼む」
「こ、これは・・・エネマグラというものじゃ・・・?」
T字を湾曲させたようなキュートな見た目であり、且つその形状で前立腺を内側と外側から刺激して開発させてしまうというあの(僕の中だけで)噂のエネマグラ・・・!
「知ってんの?」
「うん。少し勉強してきた」
というか割と念入りに予習してきてます。
「なら使い方わかるよな? おおおお手柔らかに、お願いししします」
既にビビりまくってる蓮くんが、開発グッズ箱をベッドから下ろし、バスタオルの上で四つん這いになる。
尻を突き出したポーズになったために、臀部や会陰に密着したボクサーパンツがなんとも卑猥。
何だこれ。まじまじ見れば男でもこんなカッコしてるとすんごくエッチなんだな。
「あ、パンツ脱ぐの忘れてた」
「ちょっと待って!」
下着を下げようとした蓮くんの手を慌てて掴む。
「・・・なに。やっぱ無理とか?」
「違うよ、あの、僕のタイミングで脱がせてもいい?」
「は? なんのタイミング・・・」
言いかけた彼が、ああ、と納得する。
「彼女とヤッて、少しは成長したんだ?」
「えっ? あ、あ~、うん。そう」
本当はただ蓮くんのパンツを脱がせてみたいって思っただけなんだけど。
だって、ユカちゃんとセックスする時はいつだって彼女のリードで、僕の好きになんて触らせてもらえない。「ああしてこうしてアレしてコレして」って・・・全部ユカちゃんの思うままだから。
「エネマグラ挿入するまで、僕の好きに触ってもいい?」
僕はダメ元で蓮くんに聞いてみる。
「いいけど。男のケツなんか触っても面白くねーぞ?」
いいんだ!? なんか嬉しい。
「じゃあ、触るね」
「お、おう」
枕に顔を突っ伏して、全身で構える蓮くんの尻を下着の上から手のひらで撫でる。
やっぱりかたい・・・。丸みも無いし、『おしり』って言うより太腿の延長みたいだ。
ぎゅっと掴んでも弾力があり過ぎて指が沈まなくて、一瞬バレーボールなのかと勘違いしてしまうほどの硬さだ。
「蓮くん、細いのに鍛え過ぎでは?」
「バイトのせいだよ! ジムで高校生相手にダンス教えてて・・・。経験ねぇのに担当押し付けられて、でも自分もある程度踊れなきゃカッコつかねーだろ。だから自主練してたらいつの間にかこうなってたんだよ!」
「ジム? 居酒屋かなんかじゃないの?」
この前バイトに行くって飲み屋街の方に向かって行ったのに?
「は? 駅の近くのスポーツジムだけど」
そういえば飲み屋街の入口にあるビルの中にそんなのあったっけ。
僕って本当に蓮くんの事を何にも知らないんだな。
知ってる事といえば、姉の幼なじみで綺麗で可愛くてカッコ良くてモテモテで、『男の先輩』が好き、って事だけ。
もっと蓮くんのことを知りたい。
蓮くんの好きなもの、嫌いなもの。たまたま男の先輩を好きになったの? それとも元々男が好きだった? 女の人と経験はある?
このパンツの中にある鍛えた体の柔らかい内側、前立腺を開発したら、蓮くんはどうなる?
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