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第26話 成長期 2

夜になって、なかなか鳴らないスマホをじっと睨んで溜息を吐く。 昨日かかって来た時間から1時間経っても着信の気配が無いただの電子機器。 手の中で振動してドキッとして、ゼミ飲み会の通知を見て気が沈む。ただでさえ暑いのに炎天下バーベキューとかめんどくせえ。けど今年はバイトっつって断れねーしなあ。奏汰も当分は帰ってこねーし。 んな事より奏汰は何してんだよ。いつも好き好き言ってる相手を待たせてどういう神経してやがる。 まあ別に、何時に電話するとか言われてねーし? 待っててとも言われてねーし? 電話するって言ったのはあいつで、なのになかなか掛けてこないのもあいつで。なんか無性にイライラして、すっげえ弄ばれてる気がすんのは何なんだ。 「~~~、ああもおっ!」 奏汰で埋まった着信履歴の画面を開いたままスマホを枕の下に突っ込む。 こんなもん見るから変に待ったりするんだ。見えないようにしとくのがいちばん・・・ と思った矢先に着信音が鳴って、俺は逸る気持ちを抑え5コールを待って通話にする。 『蓮くんどうしたの?』 「は? どうしたってなに」 『今、蓮くんから着信あったから』 え、俺から? やべ、もしかして枕の下に突っ込んだ時に指が画面に触れたのかもしれない。 「いや、たぶん操作ミス」 『そうなんだ』 『奏汰ぁ、ドリンクバー行くならあたしのもー』 『はいはい。何飲むの?』 『んーオレンジジュースでいいやー』 『ごめん蓮くん。また後でかけ直すね』 「えっ? あ、うん」 『じゃあね』 「うん」 通話が切れたスマホを耳に当てたまま俺は固まる。 は・・・? なに、今の。 明らか女と一緒じゃん。ドリンクバーとか言ってファミレスで飯食ってます感全開の会話だし。 彼氏(おれ)には電話するって言っておきながら、それ後回しで女とメシ食ってんの。しかも地方のファミレスで。彼氏(おれ)の目の届きようが無い所で。 はあああああっ!!!? 何っだよソレ!!! 俺が健気に電話待ってた時間を返せ! もう奏汰なんか知るか。 何考えてるかよく分かんねぇし会話だって噛み合わねえしデカチンだし。 いっつも鼻息荒くして乗っかって来てキモいし変態だしデカチンだし。 なんであいつと付き合ってんのか、なんで好きになったかなんて曖昧だし。 その逆で、ノーマルの奏汰が俺を好きだって言うのもわっかんねえし。 きっと奏汰は俺じゃなくてもいい。セックスできる女がいればそっちに靡くに決まってる。元々巨乳が好きだって言ってたし。結局俺との事は一時的なもんで、いわば気の迷いってやつだと思う。 俺だって、もしかしたら気持ち良くセックスできれば奏汰じゃなくてもいいのかも。 このままほっとけばきっと俺たちは自然消滅で、そっちのほうが奏汰にとってはマトモな恋愛ができるわけで。 だから、もう知らね・・・ って思ってたのに。 いま俺の目の前に広がるのは日本海。 気分転換しようと久しぶりにちょっとドライブ・・・のつもりが高速乗って山越えて、気付けば奏汰が合宿してるすぐ近くのとこまで来てるとか。 あの電話の後 暫くして再び鳴った着信音をひたすら無視して、奏汰からのメッセージも既読無視して、朝起きてからの鬼電も知らんぷりして。 どうでもいい、と思いながら なんっで俺は遥々こんな所まで来てんだよ! あーもう自分で自分がわかんねぇ。これじゃストーカー前田と変わんねえ。 イライラしてモヤモヤして気持ち悪い。 俺はわりと自己主張が弱いほうで、それは自分がゲイだってことを隠す為でもあって。 揉め事は好きじゃないし、出来れば波風が立たない人生を送りたいし、周りが多少煩くてもめんどくせえって思いながら結局どうでもいいし。 どうでもいいと思いながら、奏汰の事になると意味不明に行動してしまう。 それが気持ち悪い。胸んとこにいっつも何かがぶら下がってて、ちょっとした弾みで振り子の様に大きく揺れて時々弾んで、心臓が共鳴してるみたいに同じ動きをする。 それは時に俺の心臓を重力のかかる方向へ引っ張って重くする。 まるで自分の意思なんか無くて、『何か』に支配されているような感覚が俺を動かしている。 今は少し重みを増してる振り子が揺れてて、その反動でここまで来てしまったような気がする。 既に陽も落ちる頃。俺は奏汰から聞いていた宿泊先のホテルへと向かう。 ホテルのすぐ横にある駐車スペースに車を停めて待つこと10分。 やって来たマイクロバスに『──自動車学校』の文字を見つけて、俺は車を降りる。 数人の男女が降りてきて、見覚えのある長身に思わず胸の振り子が跳ねる。 「奏汰!」 キョロキョロと辺りを見渡した奏汰の瞳が俺に向いて 「蓮くん!?」 一瞬驚いた顔が笑顔に変わって近付いて来る。 跳ねた振り子が暴れて、息苦しいほどに脈打つ胸の中。 な、んだこれ。気持ち悪・・・ 「どうしてここにいるの!? 電話も出ないし心配したんだからね!?」 傍まで来た奏汰が笑顔を真顔に変える。 てかなんで俺が怒られなきゃなんねんだよ。怒りたいのはこっちなのに。 「蓮くん、なんか具合悪い? 熱、ある?」 「・・・っ、」 無遠慮に首筋を触られて咄嗟に身構える。 奏汰の手が思ったより冷たくて、夏だっていうのに体が震える。 「奏汰ぁ、知り合いー? ゴハン食べ行くけどどうする?」 「あー、僕 今日はいいや。皆で行ってきて」 わかったー、と言ってバスから降りた連中はぞろぞろと徒歩で移動を始める。 「お前、いいのかよメシ・・・」 と言いかけたのをかき消すような音が俺の腹から鳴って、奏汰が プッと吹き出す。 「ふふ、蓮くんこそ。そこのコンビニでなんか買って部屋で一緒に食べよっか」 「・・・う、ん」 くそ。タイミング悪く腹は鳴るし、自分からここへ来たのに妙な震えで居心地は悪いし最悪だ。 奏汰の滞在している部屋は宿泊人数が追加できず、コンビニで弁当と飲み物を買って、俺が取った別の部屋で食べる事にした。 小さなテーブルを挟んで奏汰は椅子に、俺はベッドに座って向かい合って。 部屋が狭いせいかテーブルを挟んでも奏汰との距離が近くて、何となく目を合わせられないまま無言で食事をする俺たち。 何か言いたそうな奏汰の視線を額で感じて、気まずさに耐えかねて「なに」と聞く。 「なんで電話出てくれなかったの」 「別に、寝てたし」 「嘘。メッセージ既読になってた」 「う・・・」 言えるかよ。 お前が女と飯食いに行ってたのに腹が立ったから、なんて。 しかもさっきの様子だと きっと昨日もああやって何人かで行ってたんだろうし、完全に俺の早とちりじゃん。 ここは話題を変えるしかない。 「お、お前、根暗のくせに、なんだかんだでちゃっかり友達作ってんのな」 「友達っていうか、短期コースはだいたい合宿組だし、学科も実技もほぼ同じメンツで。同じホテルに滞在してる人たちがみんな僕より歳上だから、ああやって声掛けてくれるんだ」 「あっそ」 しまった。自分から振った話題を自分で切り上げてんじゃん俺。もっと広げなきゃ・・・ 「なんか、綺麗なおねーさんとかもいたみてーだし、可愛がってもらえて良かったんじゃね?」 「あー・・・うん。結構グイグイ来る人もいて・・・、正直悪い気はしない、かな」 「ぐいっ!?」 それって、女から迫られてるってこと? 悪い気はしない、って!? 何コイツ・・・俺がいないとこで、めっちゃ楽しんでんじゃん。 ムカつく。なんで俺、ノコノコこんな所まで来てこんな気分悪くなんなきゃなんねぇの。 自業自得だけどめっちゃムカつく! 「あ、そう。つーか悪かったな。今日だって俺が来なきゃグイグイ女とイチャイチャできたかもしんないのに!」 「蓮くん」 「長距離運転で俺めっっっちゃくちゃ疲れたしねみーから、飯食ったらさっさと自分の部屋帰れよ!」 「ねえ それってもしかして、ヤキモチ?」 苛立ちに任せて頬張った米が、ごっくんと音を立てて喉を通り胃の中へ落ちる。 「は・・・、や・・・?」 ヤキモチ、とは嫉妬。つまり俺は、奏汰が女と一緒にいることに嫉妬したってこと? そう考えればこのイライラもモヤモヤも説明がつく。 「僕が女の人に盗られちゃうんじゃないかって不安になったの?」 いつの間にかベッドに座った奏汰が、俺の頬を両手で挟んでニヤニヤ顔で見つめてくる。 「盗ら、れるとかじゃ、」 なくて俺は・・・ 「それでこんな遠い所まで、焦って車飛ばしてきたんだ? かわいいなぁ。蓮くんの嫉妬顔、もっとよく見せて」 「やめろ、見んなっ」 嫉妬顔ってどういう!? いま俺どんな顔してんの? 奏汰を振りほどこうと腕を掴むけどビクともしなくて、自分との力の差をまた広げられたことに軽いショック。 「見るよ。蓮くんのどんな顔も見逃したくないし」 「知らねぇよ! だったら思いっきりブッサ顔見してやるから覚悟しろや!」 嫉妬顔とやらを間近で見られる羞恥が限界で、俺は顔を顰めて精一杯のブサイク顔をする。 「何それめっちゃ可愛い。愛おしい。好き♡」 「うんむぅ──」 ドン引いて離してくれるだろうと予想していたのに、逆に興奮し出す奏汰に唇を塞がれてしまう俺。 約1週間ぶりの奏汰のキスに体が震える。 ホテルの前でこいつを見つけた時にも同じ感覚があった。 なんで俺・・・、奏汰相手に、緊張してるんだ。

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