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第3話 新月のひと 参

夕の指が、愛おしむように私の中心に触れた。ひとりでに身体が戦慄き、その勢いで湯が跳ねた。夕はやわやわと私を揉みしだきながら、唇を合わせてきた。柔らかな唇が、ついばむように付いては離れ、また重ねられる。 触れられる箇所がどこも心地よく、夕のリードに全てを委ね始めていた。 私はごく自然に夕の胸に触れた。 淡い桃色の形のいい乳首に指が当たると、夕は瞼を閉じて小さな声をあげた。 「あ……っ」 その表情があまりにも悩ましく、気が付けば私は夕の顔を引き寄せ、いささか乱暴に唇を吸っていた。引き寄せたときに、結っていた髪に指が絡まり、長い黒髪が水面に華のように広がった。 湯船の中で脚を伸ばした私のうえに、夕は膝をたてて跨がった。 そして私の手を掴み、そっと自分のそこへ導いた。 「僕のもこんなに…だから、心配しないで…」 夕のそこは、すでに熱く硬く、私の訪れを待ち望んでいるようだった。耳元で甘く囁かれて、私の気持ちは完全に身体に凌駕されてしまった。長年押さえ込んでいた欲望がむくりと頭をもたげた。 私は夕を抱き上げ、湯から上がった。 持ち上げた夕は、あまりにも軽く、まるで少女を抱き上げているようだった。 身体を拭いたかどうか、もう覚えていない。 畳の上に敷かれた布団は、いかにもそういう雰囲気を醸し出していて、私の劣情に火をつけた。 布団のうえに横向きになった夕は、濡れた髪の隙間から私をしっとりと見上げていた。両足は、おのずから開くのではなく、望まれて開くのだと告げているように閉じられていた。 私はそっと彼の膝を、左右に割った。 きれいに剃毛されたそこは美しく、自分と同じ性であることを忘れてしまいそうになった。 傷つけないように口づけると、夕の腰がうねり、また白檀の香りが漂った気がした。舌を這わせると、そこが軽く痙攣し、感じていることがわかり私は安堵した。客でありながらも、この綺麗な青年を満足させられるか…それが心配だった。 鈴口から滴る透明な愛液を舌でからめとると、淫靡な音が響いて、夕は吐息を漏らした。 「…しずか…さ…んっ……ふっ…ぁ…」 腰を浮かせて、背中が反り返ると、夕の硬く閉じた入り口が露わになる。私は自分の指を夕の鈴口で充分に湿らせてから、そっとそこに差し入れた。 その瞬間、指の先にすべての神経が集まったかのような感覚に襲われた。 きつい入り口を通り過ぎると、暖かく柔らかな肉壁が絡みついてきた。私の指が彼を慣らしているはずなのに、まるで私の方が犯されているような感覚。ぞくぞくと背中にはしるのは、快感なのかすらわからない。 少し指を動かすと、あっ、となまめかしい声を上げて夕が大きく震えた。 「はあ……んっ…っそこ……っ…」 気が付くと、私は夕の中で指を動かしながら、彼の中心を咥えていた。 前とうしろを同時に弄られて、夕は悩ましく身体をよじった。 「ぁ…あ…っ…はぁ…んっ……っ…んぅっ」 彼が達するぎりぎりで、私は彼の中心から口を離して、白い太腿を強く握って開かせた。ひくひくと私の訪れを待つそこに私自身をあてがうと、夕の口から甘すぎる吐息が漏れた。 ずちゅ、と、淫靡な音をさせながら私は夕のなかに挿入った。 指の先に感じたあの得も言えぬ淫らな感触が、私を蝕んだ。挿入しただけで、うねる肉壁が私の中心を飲み込みそうにまとわりつき、足下からくずおれそうな快感が上がってくる。 夕はうっすらと微笑を浮かべ、私を見上げている。頬が紅潮して、息が上がっている。 かすれた声で、好きにしてください、と夕が言った。 「っ…ああっん……ひぁっ……んんっ…ふ…っう…」 私は何かに憑かれたように、夕を貫いた。 私の腰使いに合わせて、夕の口から切ない喘ぎが溢れ出す。 いやだと、もうだめだと懇願するのと裏腹に、夕の中が私を離そうとしない。夜も更けて他に何の音もしない座敷に、私が夕を穿つ淫らな湿った音だけが響いていた。 自分の身体のしたで乱れる夕は、数時間前に初めて会った時の儚げな青年から、私を翻弄する淫らな身体を持った大人の男に変化していた。 そう高くない声が、喘ぐことでわずかに高くなる。 何度も体位を変え繋がるたび、それは新鮮な快感を産み、まるで私は初めて性体験をしたときのように、貪るように夕を抱いた。 どのくらいの時間が経ったのか。 一体何度達したのか、数えてもいない。 目を覚ますと、きちんと浴衣を着せられ、布団の上に寝かされていた。 障子戸を通して、朝の光が差し込んできていた。 あれだけ乱れて、布団も畳も随分汚したはずが、全て新しいものに変えられたように清潔だった。昨夜風呂に入る時に脱いだ服が、きっちりと畳んで枕元に置かれている。まるでアイロンをあてたように、ワイシャツは皺ひとつなかった。 夕の姿は無かった。 私は着替えて、夢のような一晩を過ごした座敷を後にした。 長い廊下を戻り、玄関にたどり着くと、綺麗に磨かれた私の革靴が揃えてたたきに並べられていた。 新品のような鏡面仕上げに面食らいながら、私は自分のものとは思えない靴に足を滑らせた。 格子戸を開けると、すぐ大きな桜の樹が見える。 昨晩この扉をくぐったとき、この桜がざわめいて花びらが降り注いだ。 風も月もない晩だったのに。 そう、新月だった。 はからずも自分の処女作のタイトルと同じ晩に、私はここへ来たのだ。 秘めた想いをもつ客のための宿に。 この世にはもういない愛しい男。 彼への想いを、ただ誰かに聞いて欲しくて。愛したことは、間違いじゃじゃなかったと、言ってほしくて。 私は格子戸を閉め、歩き出した。 門を出ようとしたところで、ふわりと白檀の香りが鼻をかすめた。 振り返ると、桜の樹のしたで、頭を下げ、私を見送る夕が立っていた。

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