5 / 25
第5話 椿姫 弐
約束の時間になって、俺は屋敷の門の前にたどり着いた。
金色の満月が明るく輝いていた。
門には「合格」の灯りがついていた。ほっとするのもつかの間、あまりにも大きな屋敷に、気圧されて足が固まった。
どうやって来たことを知らせるべきか悩んでいると、格子戸がからからと音を立てて開いた。
彼が、立っていた。
あのときと同じ、黒地に白い椿の着物に、薄灰色の帯を腰で締めていた。
顎のあたりまで伸ばした前髪と、対照的に短く刈り込んでいる襟足。
阿呆面をしていただろう俺を見ると、手に提げた椿の花を認め、表情を和らげた。
「お待ちしておりました」
「あっ、あの、森山ですっ」
緊張のあまり聞かれてもないのに名乗ってしまった。顔に血が登っているのが分かった。もちろん彼はこちらを覚えてはいないようだ。
彼は、きょとんとした顔で俺を見つめたが、いきなり吹き出して笑いだした。
「失礼しました…どうぞ、こちらです」
赤面したまま、彼の後について屋敷の中に入っていくと、長い長い回廊に出た。外から見た時には想像もつかない長さだった。
半分くらい来たところで、彼が止まった。
襖が開いて、彼に誘われるまま足を踏み入れると、そこは畳香る上品な座敷だった。
真ん中に布団が敷かれているのを認めて、俺はここに来た理由を急に思い出した。
布団の脇の盆に載せた徳利とお猪口は、この部屋によく似合っている。
面食らっている俺に向かって、彼は膝を折り三つ指立てて、頭を下げた。
「今宵はこころゆくまでおくつろぎくださいませ」
「あ……ありがとうございますっ…」
「…そんなに緊張しなくても」
急にくだけた口調になり微笑んだ彼に、俺は少しほっとした。さほど歳は違わないと見えるのに、和服のせいか大人びている。軽く首を傾けて、陽さんは尋ねてきた。
「こちらへは、初めて?」
「は、はい」
「若く見えるけど…」
「21です。ちゃんと、成人してますっ」
あわててしまい、大きな声を出してしまった。こんなことならスーツを着てくるんだったと後悔した。ふっと笑って、彼は徳利を持ち上げた。
「亮介くんと、呼ばせて貰ってもいいかな?僕は、あき、です。太陽の陽で、あき」
「あき、さん……」
陽さんは、俺に酒をすすめながらいろいろな話をして、巧みに緊張をほぐしてくれた。
見れば見るほど、陽さんはいい男だった。
俺は特に、陽さんの横顔が好きだった。いつか盗み見た男を抱いている横顔に惚れたのかもしれない。じっと見つめているのがばれて、またくすくすと笑われた。俺も笑って誤魔化したが、脇の下にじっとりと汗をかいている。
酒が入って、陽さんの顔も首筋も、ほんのりピンクに色づいている。
「21歳の亮介くんに、一晩のお代は…かなりきついんじゃない?」
「それは…、まあ、確かにきつい…です」
「大枚をはたいてでもここに来てくれたんだから、楽しんで行ってもらわないとね」
陽さんはお猪口を盆に戻し、俺の方に顔を近づけた。
いい香りがして、どきどきした。童貞でもないのに。いや、こっちに関してはまだ童貞か…などと考えているうちに、陽さんの唇が俺の唇を塞いだ。柔らかくて温かくて、くらくらした。同じ男性とは思えなかった。
「こんなに若くて可愛いお客様は初めてだから…サービスするよ。亮介は、どうして欲しくて来たの?」
急に呼び捨てにされて、俺の心臓が飛び上がった。
至近距離で陽さんが俺の目を覗きこみ、人差し指で俺の唇をつついた。
「あの…俺は…」
「抱かれたい?抱きたい?どちらでもお応えするよ」
「だ…抱…抱か…」
油汗が体中の毛穴という毛穴から吹き出した。抱かれたいから来たのに、言葉に出来なかった。
俺は、ゲイの自覚だけしかない。
男との経験がないから、いわゆるタチなのかネコなのかもわからない。
ただ、陽さんを見たときのショックは、直感に近いのだと思う。
ネコなのではないかと想像するも、経験がないのに高級娼館にいきなり飛び込むとは、我ながら無鉄砲だと思う。
混乱する頭の中を見透かしたように、陽さんが掛け布団をぽんぽんと叩いた。
「とりあえず……触ってみる?」
陽さんは掛け布団をめくり、そのうえに脚を伸ばして座った。そして膝を立てて、着物の合わせをゆっくりと左右に開いた。ぴったりと閉じたままの太腿を、目で俺に開くように促す。
俺は、震える手で陽さんの太腿を左右に押し開いた。
下着はつけていなかった。陽さんの性器は、剃毛されていて、自分のものとは別物に見えた。きれいだと思ってしまった。下腹部に血流が集まって、心臓がうるさい。
男が好きなんだと身体が言っている。
女性との経験はあったが、こんなに興奮したことはなかった。
触りたい。
喉がゴクリと上下に動いた。
俺はそっと手を伸ばした。
「ん……っ」
甘く勃ちかかっているそこに触れると、陽さんが小さく喘いだ。
掌で包み込むと、その中で次第に硬さを増しほどなくして完全に勃ちきった。
「……舐めて……」
陽さんの声が俺の背中を押した。俺は先端に唇をつけた。すでに先走りが溢れ出していて、俺は無我夢中で吸った。
「ん…っ…そう…上手……っあ…」
フェラをするのも初めてだった。性器の回りの肌は滑らかで、口に含めながら太腿の内側に触った。ちょうどよく筋肉のついた脚が、俺の身体を強く挟んでくれた。その拘束される感じが、さらに興奮する。
下半身に血液が集まりすぎて、痛いぐらいだった。
「亮介も……脱いで……」
胸を上下させて、陽さんが言った。
俺は、立ち上がって一気に服を脱いだ。パンツだけになったところで、陽さんが俺の下半身の前に跪いた。布越しに陽さんの舌が俺のそこを舐めあげ、思わず声が出た。
「大きいね……」
陽さんの言葉に、ただでさえ熱くなっていた俺のものが、硬くなるのが分かる。陽さんの着物が乱れて、うなじがあらわになっている。首から鎖骨のくぼみ、肩のラインが色っぽい。
俺がそっちに気を取られているうちに、俺のそこは陽さんの口の中に包まれていた。熱い舌が、信じられないくらい気持ちよかった。
陽さんの淫らな舌使いに、立っていることがつらくなってきた。
そして、自分でも触ったことのない部分に陽さんの指が侵入してきたとき、女性のような声が俺の口から飛び出した。
ともだちにシェアしよう!