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第25話 臥待ち月の情人

「…行くか」 「ご心配をおかけして…もう、大丈夫です」 「本当に…ここには残らんか。不自由はさせんぞ」 「僕の居場所は「臥待月」です。作ってくださったのは、オーナーじゃありませんか」 「…またあんなことが起きたら、次はどう言ったって連れ戻すぞ」 「大丈夫です。ひとりじゃありませんから」 「…まあ、確かにあいつも少しは使えるようになったな。この相楽丈一郎に宣戦布告しおった」 「え…?」 「土下座して、お前を返せと言った。命に変えても守るから、「臥待月」にお前を返せと…もし何かあったら、自分を殺してもいいと…何を考えとるんだか…」 「あき…が…?」 「どう言っても譲らんから、仕方ない、一時預けると言ってやった。本当に何かあったら、あいつの命で償わせるからな。覚悟しろと言っておけ」 「オーナー…」 「お前の見立てた男だ。…大丈夫だろう」 「…ありがとうございます」 「…車が待ってるぞ。送らんからな」 「はい…丈一郎さん」 「晴登さん、夕は?」 「養父と話しています。意地っ張りですから、送りには出てきませんよ」 「…申し訳ない」 「いいんですよ。こうでもしなきゃ、養父も夕さん離れできませんから。それより…夕さんが刺された理由、聞きましたか?」 「聞いてません!な…何だったんですか?」 「叔父が夕さんと話したそうです。媚薬を打たれて、助けを求めたとき…陽さんの名前を叫んだんだそうです」 「俺…を?」 「ええ、その時のことははっきり覚えているらしくて。夕さんが陽さんの名前を呼んだら、客の顔色が変わって…他の男の名前を呼ぶなって激高し始めたんだそうです。それで、刃物を出して…」 「………」 「陽さん」 「は、はい」 「新しいオーナーとして改めて、お願いします。「臥待月」は、僕が責任を持って守ります」 「晴登さん…」 「だから、夕さんは、陽さんがしっかり守ってください」 「…はい」 「ほら、夕さんが来ましたよ」 夕は、空色の紬に白地の帯を締め、長い髪を風に揺らしてドアの外に出てきた。雲一つない空を見上げて、幸せそうに微笑んだ。 俺は車のドアを閉めて、夕の鞄を受け取った。 夕はいつもより少し柔らかな笑顔で俺を見上げた。 「あき…」 「帰ろう、夕」 夕の背中に手を添えると、夕はふわりと俺の腕に寄りかかった。 「あき…」 「うん?」 「まだ、言うてへんかった」 「…なに?」 「助けてくれて…おおきにな」 「俺はただ付き添ってただけだよ」 「…嬉しかった」 「…そうか」 「そんでな、あき」 「うん」 「…ずっと…そばにおってな、僕の」 夕が、きれいな瞳で俺を見上げてた。 俺はそっと、夕に唇を重ねた。            完

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