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続・前編

 広いベッド、ふかふかのマット、清潔なシーツ。  寝心地のいい寝具でとる睡眠の、なんと良質なことか。気持ちがいい。気持ちがいいのだが……。 「ん……ん…?」  なぜか下半身がもぞもぞするし、背筋にぞわりと悪寒にも似たものが走った。重たい瞼を薄っすらと持ち上げ見た掛布団が、妙に盛り上がっている。 「………樹っ!」  バッ、と布団を跳ね上げるとそこにある、爽やかすぎる笑顔。 「あ、起きちゃった? おはよう」 「おはよ……じゃねぇ! 何やってんだお前はっ!」  布団の下に隠されていた俺の下半身は、布を何も纏わず丸出しだ。おまけに固く反応してしまっているそこを、女性と紹介されても違和感がない、むしろ紹介されずとも絶世の美女に見えるその男に……舐められている。まるでそれが、美味しいキャンディであるかのように。 「何って、裕太くんのここがあんまり可愛いからおはようのキスしてた」 「かわいかねぇわ! あっ、バカ! あっ、あぁあっ!」  俺の話なんて全然聞かないで、樹はその綺麗な形の口に俺のソレを咥えこんだ。 「はぁあっ、あっ、い…つきっ、あっ」  思わず樹の綺麗な髪を鷲掴みにするが、奴の表情は何も変わらない。  樹の舌使いと吸引力に力は抜け、両足をしっかりと広げ、胸を反って枕にしがみつき悶える。そんな俺を見た樹が、まるで野生の獣が獲物を狙い定めたようにスッと目を細めた。  こうなったら、もう俺にはなにもできない。抵抗する術をもっていない。さすが男同士、とでも言うのか。樹の口技は非常に巧みで、過去に経験した数がそうさせるのだろう。だがその慣れた様子に、苦いものが込み上げるのもまた、事実だった。 「ほほ、すひらよれ?」 「く、口に入れ…て……しゃべん…なっ、はっ」  今日は平日だ。カーテンの隙間から、眩しい朝日が部屋に差し込んできている。この後しっかり職場に出勤しなければならないのだ。でも、こうして早朝から樹に愛撫を受けるのは、すでに日常になりつつあった。  高校からの親友であった樹と付き合うことになったのは、二か月ほど前のこと。  寝込みを襲われ、目が覚めた時には既に、その見た目に全くそぐわない立派なモノが俺の腹の中に入っていた。いつのまに慣らしたのか痛みは感じず、動かれる度に突き抜けるような快楽が全身を襲う。口からはただただみっともない喘ぎだけが零れていた。  樹が俺の中で三度イって漸く終わったそれは、紛れもなくセックスで。俺の意思を無視して進められた行為に、信頼を裏切られたのだと打ちひしがれた。  一度持ってしまった関係に、呆気なくピリオドを打った樹に絶望を見た。もしかしたら、俺を嫌っての嫌がらせだったのではとも疑った。  実際は、もっとずっと簡単な話だったのに。 「あっ、も……樹っ」 「ン……む……なぁに?」  俺のソコから樹が口を離す。もの言いたげな俺の顔を見上げる樹の唇は、俺のだらしない液に濡れて壮絶にいやらしい。  本当は俺が何を言いたいのか分かっているくせに、毎回こうしてわざと言わせようとするから質が悪い。 「も、それ……いいから」 「じゃあ、ここで終わりにする? 朝だもんね、支度しようか」 「………」 「裕太くん?」  くっそ! バカ樹!!  俺は綺麗な樹の顔を両手で掴むと、そのツンと上を向く憎たらしい鼻に噛みついてやった。 「いっ!」 「さっさと……挿れろっ」  何度言わされたって慣れないセリフに、恥ずかしくなって、樹の髪に自分の鼻を埋める。自分と同じシャンプーのはずなのに、なぜか異様にいい香りに感じるそれ。  樹が熱い息をハッと吐く。その吐息の熱さに、また俺の体温が上がった。 「じゃあ、一回だけ…ね、」 「あっ……あぁぁあっ!」 「くっ、」  昨夜遅くまで散々抱かれた俺の躰は、樹のモノを難なく呑み込んだ。そうして朝からするには少しハードな『一回』を堪能したのだった。  樹との関係は、流されるように始まった。ほとんど最後は泣き落としだったし、寝ている間に襲われ、セックスの最中に約束させるなんて卑怯だとも思う。  半ば強制のように始まった、恋人という関係。だがこの関係を少しも嫌だと思っていない自分に驚いていた。  最初も、二度目も、俺の意思を無視した行為なのだから、言ってしまえばあれはレイプだ。それなのに、あまりにも俺への扱いが丁寧で優しくて、情熱的だったから……。絆された、というのが正しいかもしれない。しかしそれは最初のうちだけ。今となっては立派な恋愛感情に変わってしまった自覚がある。  なにより、聞けば高校で出会って直ぐに俺に惚れていたというのだから、一体今までの間どういう想いで俺の隣に立っていたんだろうと考えると、とても切なく、気持ちに気付けず流れてしまった時間を悔しく思った。 「なに葉桐。最近ずっと機嫌良いけど、やっぱ彼女でもできた?」  定時五分前。ついつい鼻歌を歌いながらデスクの上を片づけていたら、同僚の野村が眉間に皺を寄せてこちらを振り向いた。 「彼女なんていねーし」  彼氏ならできたけど、とは言えない。 「怪しいなぁ。鼻歌なんか歌っちゃってさ、今からデートなんじゃねぇの?」 「違うよ、樹と飯食いに行くだけ。前から行きたかった居酒屋、予約が取れてさ」 「樹って……あ~、あの超絶イケメン……と言うのかお美しいご友人な」  野村の目が、ちょっと遠くなる。  あの日、二次会に向かう途中で俺が樹に拉致られた後。女性陣は、俺と樹への妄想に花が咲いてしまい、その場にいる男たちの存在は無に帰されたそうで…。前半戦が順調だったが故に、男性陣たちには非常にダメージの大きい後半戦になったようだ。 「そうそう、その美人」 「なに、また車で迎えに来てんの?」 「いや、今日はお互い飲むから電車で来たはず」 「……やっぱ迎えには来てんだ」  付き合うようになってから、樹の行動はガラッと変わった。  友人関係であった頃から頻繁に会ってはいたが、付き合ってからは毎日会いたいと言われた。外出の際の現地集合だった待ち合わせは、必ず樹が俺を迎えに来るようになった。そうして兎に角、スキンシップが多い。 「しかし、あれだけ整った容姿してると相手に苦労しないんだろうなぁ…」 「ああ、まぁ…なぁ……」  野村に続き、思わず俺まで溜め息を吐いてしまう。  樹がモテることなど、出逢った頃からの常識のようなものだったのだが。友人として付き合うモテる男と、恋人として付き合うモテる男とでは、その重要性はカナリ違ってくるということを、最近思い知った。  前はあまり気にしていなかった、樹の携帯への着信の数。性別を問わない、樹を見る人たちの欲望を滲ませた視線。  そして知り得るはずも無かった、セックスの巧みさ。どう見ても、きっと誰が見ても今の樹は俺にぞっこんだってのに、その一つ一つが魚の小骨のように引っ掛かり、胸にモヤモヤとした嫌なものを残していく。 「あんな美人と付き合う子は、大変だろうなぁ~」 「……だろうな」  何が大変なのかって、それこそ全てだ。今までどんな相手と付き合ってきたか知れば、その前の相手と比較してしまうし、あの容姿なら浮気を唆す相手など、いくらでも湧いて出てくるだろう。そうなれば、常に浮気の心配をしなければならない。  樹ほどの美人はそうそう居ないけど、俺程度の男ならこの世にははいて捨てるほど存在する。そんな中で、どうすれば樹に愛され続けられるのかが、俺には分からない。自信がない。  モテる恋人を持つという大変さを、今俺は身をもって思い知り、不安を抱いている。そうしてそんな俺の漠然とした不安は、割りとすぐに現実へと現れたのだ。 「ねぇ、まさかいっくんの本命って、コレなわけ?」  会社帰りに寄った、小洒落た居酒屋。樹との食事で気分を良くしていた俺の前に現れたのは、俺とは真逆で小柄な……猫みたいにツンとした、小奇麗な男だった。

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