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第4話――黒田――
「えっと、冷蔵庫とエアコン、それからテレビも備え付けなんで、そのままで。あとは、衣類……の棚などは全て処分するので、後ほど業者が来る手筈になってます。——はい、洗濯機も処分で」
黒田は梅雨が来る前に、田淵が以前住んでいたマンションに足を運んでいた。鍵を受け取ってから数日と経たない出来事である。黒田には予め想定していた間取り——否、知っていた間取りに、家具配置、それから数少ないインテリアまで認知し尽くした部屋での指示など造作もない。
ある程度運び出された簡素な部屋に、段ボール箱とまだまとめていない衣類が小さい山を作っている。衣類は黒田宅へ持ち帰り、ベッドだけは解体してマットのみ別途で処分する予定だ。
簡単な引越し作業を完遂すると、多少の達成感と充足感が黒田を包む。
田淵本人がいないのにも関わらず、1ヶ月の留守で埃かぶっていた部屋でも十分に田淵のシンプルで飾り気のない彼の匂いを味わえた。ゴミ箱からの悪臭さえ、彼がもたらしたものだと思えば、歯牙にも掛けない思いにさせる。
ついでに、小なる山を前に膝をついてゆっくりとそれに手を伸ばした。
どれも着古してヨレついていた衣類は、何度も洗濯された色あせ感が否めない。外に出ないからこそ、必要最低限の衣類でも然程問題ではなかったのだろう。
そして、マットだけの田淵の寝床に顔面からダイブして、吸い込めるだけ田淵の香りを肺に吸収する。
「止めらんない……」既に恐悦の境地にいる黒田は、最後の引越し業者への見積書の確認をする時分の顔がどうであったかは知る由もない。
家主が顔を出さないで完了してしまった引越しには、田淵を此処へ来ないよう強く念押ししてこの場にいる。万が一、「手伝う」など言われたら困るのだ。
マットに顔を埋めて酸欠になりかけたところで息継ぎをする。それから他の衣類もマットの上に乗せて黒田を包んだ。黒田の1日だけの「巣」が出来上がる。
これがしたくて、田淵には「通り掛かったから、ちょっと見て来たけど、新聞受けのところ——だから、俺が全部一人でした方が良さそう」と虚言を吐いておいた。
巣作りが完成して満足すれば、今度は次の欲が出てくる。
「1ヶ月かかったか——いや、もうちょっとかかってもおかしくなかったな……。でも、進展できて良かった」
田淵の匂いしかしない「巣」は淫欲な興奮剤でも仕込まれているらしい。ジーンズのチャックに手を掛ける。
「強制せず、仲良し状態で同棲に漕ぎ着けたけど、田淵さんの帰る発言がなければ、もう少し待てたんだけどなぁ……」
とっくに色欲の香りに膨張させたナニが、黒田自らの掌でさらに大きくなり続ける。
「——ま、結果オーライ……」
枕まで残せば良かったと後悔を胸の内でぼやいて「田淵さんのニオイ……俺ん家で嗅いでる田淵さんのニオイと違う――あ、やば」と早くも上り詰める自分に童貞気分にさせられる。
欲に耽りたおして、田淵の衣類の一部に黒田の惰性の飛沫が飛び散った。ねばっこくて濃いので、乾くのに時間がかかりそうだ。
「最高……これで、服も与えてやれる」と再び迎える絶頂に身を仰反る。
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