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第7話――黒田――
互いが無言で見つめて気恥ずかしくなり、黒田から話を逸らす展開に自分自身ついていけない。
それから終始気まずい雰囲気のまま朝を迎えることになる。
黒田は学校から帰宅する際に、車からある衣類を一緒に持って帰る。これを持ち帰るのを忘れると、イベント案件発生だ。いくつかの分岐点を迎えることになるだろう。
目視で衣類の存在を確認してから、玄関ドアを開けた。「ただいま!!」。
「黒田君! おかえり!」雄弁になって出迎えてくれる田淵。どのような心境の変化があったのかは黒田の知るところではないが、いい方向であることだけは見てわかった。癒しを求めて自宅に帰る行為が「幸せ」だ。
そんな毎日を送っている黒田には、さらに嬉しいオプションがついてくるようになった。それは、田淵からの出迎えと、抱擁だ。本人曰く、「ハグはストレスを大幅に軽減してくれるから」らしい。
——まさにオアシス。
今日も甲斐甲斐しくハグをしてくれる。田淵のそれと同等のものを返して、ハグの意味を聞き出したい欲を抑えた。
本格的に黒田家に住み着いた田淵は、全ての費用を折半すると申し出て、それは頑なに引かなかった。あたかも、黒田が最初から費用を払わせないつもりであった事を事前に知っていたかのようだった。
どうやら、なし崩しにできるのも限界があるらしい。
だが、それが功を奏したのか、田淵が他人の家に住んでいるという感覚が抜けてきたようで、リラックス状態の田淵を見ることができた。
これこそ、イージーモードだった。黒田の思うように田淵自ら歩み寄ってくれる。
「今日は話があるんだ」最近日課になったおかえりのハグを終え、田淵が真剣な面持ちで黒田に話しかけた。
「なに? きくよ」
「……黒田君。バイト掛け持ちまでして何にお金が必要なの?」
「え?」
素っ頓狂な声を上げてしまって情けないが、それよりも突拍子もないことを聞く田淵に思わず目が点になる。
「家賃とか光熱費とか、食費とか……費用は折半してるのに、未だに宅配の兄ちゃんと講師のバイトしてるみたいだから、気になって。もしかして、何か欲しいものがあったり、するのかな、て」
田淵はおずおずという。「もしそうなら——僕からプレゼントさせてほしい……なんて」。
声を大にしていう事はないが、田淵は自分で得た金で得る物の意味を知っている風に、黒田に控えめに言った。
そうして、黒田はこの間、講師アルバイトの存在を口走った事を後悔する。しかし、これで田淵が欲しいと言ってもいいかもしれない。
幾秒の沈黙を作り、黒田は答える。「そうそう、掛け持ちの件ね。本当にタイムリーな話なんだけど、出費が半分になった事だし、家に帰ればヒロキさんがいるから暇しないし、講師のバイト一本に絞ろうかなって思って、ついさっき、辞めてきちゃったの」。
「だから、この制服は貸し出しでもないから、捨てちゃう」
「あれ」から一度も袖を通していない制服を田淵に見せて、弁解する。次回も前回と同様に車に乗せておくつもりだったが、この際仕方がない。
「……そうなんだ」
田淵の反応が鈍いので、疑問符を投げかける。
「……あ、それで、欲しいものはないの? 助けてくれたお礼がずっとしたくて」
「え、お礼してくれるの?!」
食いつきが異常にいい黒田に、肩を揺らす。「う、うん。させてほしい」。
「じゃあ……最近してくれるようになったこのハグの意味、教えてほしいな」
今日は既に済ませたはずの抱擁を黒田から包んだ。
「ん?」固まる田淵を完全なる下心で詰め寄る。
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