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第21話――黒田――

 出迎える田淵に言い得ぬ興奮を感じたのは言うまでもない。毒親から無事、生還し自ら逃げるという選択ができた唯一の常識人だ。黒田家の教訓を全く良しとしない姿勢が、とても勇敢だ。   (そんな勇者には悪いけど、ちょっとだけ、騙すよ)  荷物を確認する手際で、絶妙に田淵の視界にソレが入るよう脇に間を空ける。  今立つこの場所が、黒田の力を使ってこの男の所在を手に入れたことは、吝かではないのだと投げ捨てた。  己にもしっかりと「黒田」の血が流れている事を自覚しながら。  そして、再び黒田の人間に力を借りなければならない時が来てしまった訳だが、今回も吝かではないと投げ捨て、黒田の人間に電話をかける。「もしもし、お久しぶりです。——ええ、別に隠蔽のことが用件ではなくて。単に人探しに協力してもらいだけなんです。まぁ、以前と同じ人間なんですけど」。  「あの女の息子にちょっと用事がありまして」と田淵を侮蔑の含んだ言葉を黒田の人間に吐露した時、酷く胸が痛んだのは、紛れもない田淵への良心の呵責からだった。  「はい、それでお願いします」黒田は通話を切り、舌打ちを鳴らす。 「アイツらが仕事しない可能性も考えて、俺だけでも探すことはしとこう」  自室のデスクトップに向かい、田淵が弄っていたPCに映し出されていた物件全てを網羅する。 「ヒロキさんの行動範囲、条件の情報を打ち込んで、この物件たちの中からある程度いきそうな場所を絞り込むか。俺が考えるよりPCで導き出した方が速そうだな」    田淵の行動習性をアルゴリズム化し、物件の予測を立ててみた。この方法が虱潰しに調べるより手っ取り早い。  だが——物件探しをしているならば、の話に過ぎない。  一夜寝ていない上に、さらに頭をフル回転し田淵の居場所を模索したせいで、欠伸をするエネルギーさえ残されていなかった。  流石に無理にでも体を休ませなければと、ベッドに横になる。  枕や布団に顔を埋める。だが、田淵の体臭はするはずもない。「……ヒロキさんの匂いがしない。俺のベッドだから当たり前だけど」。    仕方がないので、瞼を閉じて視覚を奪ってやると、ほのかに田淵の匂いが蘇る。眼裏には出会った当初から、出ていく直前の田淵が黒田を支配している。  憎らしいまでに、黒田の弱点は「田淵」だった。  ただ一回の徹夜でここまで疲弊したことはないのに、この有り様だ。鏡で確認せずとも、目の下のクマは大きくパンダのようになっていることだろう。  刹那的に、黒田にいつかの安堵感が戻ってくる。「ヒロキさんの匂いが、すごいする……」。   (目を閉じてるだけのつもりだったけど、なんだか眠れそう。この匂い。ヒロキさんが帰ってるはずもないのになぁ)  ここで黒田は気絶するように深い眠りについた。  「黒田君……酷い顔してる……ゴメンね」田淵はひとりごちる。  

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