29 / 104

第28話

 「飛露喜君の馬鹿」えぐえぐと泣いている田淵をひたすらに抱きしめる黒田。  黒田の肩を濡らしているのも構わず、大粒の涙を流し続けた。安堵感に誘発されて、というほうが涙の理由としては正しい。  「ありがとう、ありがとう」と黒田もぶつけられる感情を素直に受け取る。    一頻り泣き終わると、そこに生まれたのは優しさに包まれた空間であった。互いの匂いが感じられて、自然と笑みを溢す二人。 「ヒロキさん……俺のところに帰ってきた、んだよね」 「そうだよ!! 聞きたいことたくさんあるんだよ!!」  「僕、全部気付いているから、二人で色々話そう。一人で完結しちゃうの良くない」田淵はいった。  「……俺もまだまだ子供だなぁ」情けなさそうに八の字眉を下げて笑う。 「僕の方が5個も上なんだから、それくらいの余裕はあるフリさせてよ」 「フリなんだ」 「うん、フリしかできない」  「でも、余裕のあるヒロキさんなら、俺のコレ沈めてくれないかなぁ」と黒田の表情が一変して、したり顔でこちらを見下ろす。 「ヒロキさんから俺の腰に足を巻きつけてんだもん。好きな人からそんなことされたら——ねぇ?」  同意を求められても、つい最近初体験を済ませた男に、恋愛のイロハは分かりかねる。  急転直下とも言える展開に目を泳がせる田淵。 「えっと、何というか僕の声が聞こえてなかったみたいだから、つい……慣れないことをしてしまって、この後どうすればいいかなんて考えなし、でした。あは」 「ま、そうだよねー。経験自体俺とが最初だし、分かんないよね!」 「……う、嬉しそう、だね」  にんまりとする黒田に、畏怖さえ感じながら腰に巻きついた足を解く。 「僕はこの年になっても経験がないっていうの、ちょっとコンプレックスだったんだけど」 「あーダメダメ。今日はもう嫉妬し疲れちゃったから、これ以上煽んないで!」  「本当に、疲れた……」と脱力した黒田は、田淵を覆いかぶさるように倒れ込んだ。  体格が一回り以上異なる田淵には息詰まって仕方がない。喘ぐように「苦しい」と伝える。  しかし、いつもの即レスがない。 「飛露喜君?」 「……」  声が聞こえない代わりに、田淵の耳元付近から寝息を立てていた。パンダのようなクマを見れば、それは至極当然のことである。  黒田の背中をさすり、さらに深い眠りへと誘ってやった。  「起きるまでこのままでいようかな」身動きさえ取れないほどの人間の重さが、田淵には病みつきになりそうであった。密着感といい、充足感といい、人と隔絶した生活をしてきた田淵にとっては、どれも新鮮な感覚だ。  恋愛の仕方さえロクに知らなかった田淵が、下心を持った口実でハグをして接触をした。たったそれだけだが、自身にとっては偉業を成し遂げたまである。    黒田は勃起したまま深い眠りにつけるくらいには、寝不足だ。  これ以上何かするのは野暮だと思い、妙な達成感に包まれながら、ふと口から乾いた笑いとともに溢れた。「僕も飛露喜君も、馬鹿だな」。  

ともだちにシェアしよう!