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第30話――黒田――
肩で呼吸をする田淵を見て、素直に無理をさせてしまったと思った。
対面でのフィニッシュが常の黒田は、田淵が気絶していきながら、エネルギー回復のために眠りに落ちていく様子を見てきた。
今回も無茶をさせてしまって、心配が先行する。だが、実際のところ、抱き潰すまで歯止めがきいていない己に、疑問が尽きない。
——薬の件についても、用法といい、容量といい、ボーダーラインを悠に越えている。これに弁解の余地も、情状酌量の余地もないことくらい分かっている。
ひとり脱衣所に向かい、シャワーを浴びる。
(あれ、そういえば、昨日風呂に入ってなかった気がする。ヒロキさんに申し訳ないことしな)
風呂から上がり、湯で濡らしたタオルを持って、田淵のいる自室へ戻る。ドアを開けた瞬間、まだ残る馨しい香りが漂い、あれからさほど時間が経っていないことを教えてくれる。
再度興奮しそうになるのを堪え、ベッドに横たわる淫らな田淵の体を拭いてやる。
体臭さえベッドに染み付いてくれたら——そんなタラレバを内心で吐く。
そこで、黒田は目を瞬かせる。「俺の噛み痕がない……」。
黒田の思うより、理性的に営みをしていたらしい。噛み付く動物的なタガの外し方をしなかったのは、おそらく今日が初めてだ。
苦虫を潰すような表情でいう。「あんた、ホント急にどうしたんだよ。このままじゃ、俺……思うようにヒロキさんのこと縛れなくなる」
田淵に聞こえるはずもなく、言葉だけが空を切る。
黒田のスマホから着信で、自覚した臆病さから逃避する。
「——すみません、その件はもう大丈夫です。お世話かけました」
そうして、捜索依頼の取り下げを口にする。それだけで通話を切ることができれば、互いに思うところを飲み込めたはずだった。
しかし、相手はあの「黒田」だ。
「はい、見つけましたので。——何度も言ってるじゃないですか。別に社長の座に着きたいから貴方たちに連絡したのではない、と」
返ってくるのは、半信半疑でこちらを捲し立てる黒田の現トップ。
「俺は単純にあの女の息子に用があって、中々捕まらなかったから、仕方なく力をお借りしようと思っただけです。大学まで通わせて貰ってるのに、今更謀反まがいな企みはないですよ」
そして、黒田は田淵との哀愁を引っ込めていう。「ええ。親父との間に生まれた俺の存在は——隠蔽ということでいい」。
「だから、俺相手に躍起にならずに黒田街道を突き進めばいいじゃないですか」
通話を切って、ため息を一つ。黒田の人間は血の気が多くて敵わない。
その血筋が色濃く自分の中にも流れていることに嫌悪感を抱きながら、それを飲み込んだ。「さ、ご飯作って、ヒロキさんの中にある俺の知らない飯で作られた細胞を交換しないと」。
このくらいの独占欲はご愛嬌ということにしてもらう。でなければ、これから先はやっていけない。
弱点でもある田淵を抱えながら、「黒田」とも対峙しようとする黒田には、弱点を克服するというより、弱点を失くさないことの方が重要だった。
田淵のでこにキスを落とし、部屋を出る。スマホ越しだったとはいえ、黒田側の喧騒をあの部屋で聞いていても起きなかったのだ。体力のつくメニューか、体を労るメニューにするか、迷う。
そして、ふと昨夜の情事を思い返しては、口角が上がる。「今度から飛露喜って呼んでもらおうかな。お願いして、すんなり受けてくれるかな」。
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