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第41話――黒田――
「その意味が分かるか」
「――、俺をけしかけるため」
「むしろソレ以外何がある」
「・・・・・・」
「お前はもともと人を信用しないきらいがあるんじゃなかったのか? らしくないミスしやがって。あのオッサンはいつでもお前ら家族を目の敵にしてきたじゃないか。おやっさんの死を無駄にする気か」そこまで言われて、蘇る憤怒に廣田は静観を貫く。
「俺は直系の家族じゃないし、養子として貰われた身だから名字に黒田が入ってなくても何らおかしくはないだろ」
「たったそれだけのことに、そんだけ驚いて」廣田は呆れて言う。
「・・・・・・俺はお前を見誤っていたようだ」
「みたいだな」
一冊の分厚い決算ファイルに脂汗がべとつく。
「俺は守りたい人一人のために、あの人の前まで行ってやったのに」
「守りたい人――年上の田淵っていう男か」
「やっぱり話は回るよな」諦めの息を溢した。
「そりゃ、美味いスキャンダルになるからな。その人を守りたいのであれば、肌身離さず手元に置いておくこったな」
(もうしてる)
「どうして? 画策があったり?」
「もちろん、あるだろうさ。本質を見抜けと言ったばかりだぞ?」
「・・・・・・」
「そうさな。家宅捜索みたくなってなきゃいいがな。お前をここに呼び寄せた事自体が、今日のミッションであるなら――今頃、お前の男も黒田に抱き込まれてるんじゃないのか?」
ニヒルに笑う廣田も、立派に黒田の一員を務めあげているらしい。
目を見開いて、今にも廣田に飛びかかりそうになるのを懸命に抑える。
「そうそう!! それ、それ!! ピンチの時はみんな誰だって瞳孔おっぴろげて、理性の糸をプッツンさせるんだよな!!」
下品な笑みが一室に木霊する。
「俺ぁ、最初からテメェがあの黒田の人間であることを知ってて近づいたさ。自動的に繰り上げ社長に就任するって聞いたときは・・・・・・興奮して夜も眠れなかったよ」
「お前も下っ端になってあくせく働いてみた方が良い。――それでも簡単に解雇されて露頭に迷うんだぜ? 赤字や利益と売掛金のバランスが取れなくなった黒字倒産っていう明確な理由なら、まだ会社を想うことができるだろう――。まぁ、そんな理由でもやるせなさはあるだろうさ。でも、事業拡大に伴うリスクを、社員をクビにして資金の補填に奔走するせいで、ある日突然社員は、明日食う飯に困るんだぜ? 大企業っていうヤツこそ、従業員を守る力があるんじゃないのか!!?」気づけば、瞳孔を目一杯に広げて激昂するのは、廣田であった。
「・・・・・・それは、いつの話を言っている」
「とぼけるのか、此処で。お前の想い人がお前を裏切ることになろうとしているまさに、此の場で!!」
「・・・・・・何を根拠にそんなこと言ってるんだ」
「あの秘書が田淵の所在を掴んでる」
(アイコンタクトはそういうことか。とことん人使いが荒いな、あの人は)
「お前の母ちゃんの義理の息子らしいな? ひとり暮らししてるらしいから、此の時間にコンタクト取れば、必ず出る」
黒田は、笑みを必死でこらえて「――それで? 俺は手直しに失敗して黒田グループから消されるってか?」声が震えてしまう。
「そうだな、干されるな。まぁ、男の件は精神的ダメージを食らわすもの以外の利用価値はないけどな。だが、この決算書の間違いに気付くところまではあのオッサンも許容範囲内だから、交渉次第では、この情報でお前の皮一枚足してやることくらいはできる」
「――いいや、ここまでボコボコにされたし、ちょっと一人で考えたい」
「そうだろうな」
嘲り笑う廣田に構わず立ち上があった。
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