56 / 104

第55話――黒田――

「俺は風の噂で聞いたんですよ。手直しを頼まれた手前、失敗するわけにはいきませんから。黒田グループ内外を奔走しているうちに、ですよ」 「・・・・・・知ってるんなら社外秘で頼む。今進めてるのは、不労所得で成功している人たちのノウハウを積極的にアウトプットしていこうと思ってるんだ」 「社長――っ!」  廣田が立ち上がりそうに貧乏揺すりが激化していく。 「それで、その不労所得者の提携の進捗具合はどれほどに?」 「それ以上は黒田の人間以外は教えられないな」 「そうですか・・・・・・」  「ですが、教えてもらう権利はあるんですよ。俺には」黒田はニヒルに笑む。 「契約書を見せてもらいたんですよ。――あ、契約取れてますよね? 一人は名前が上がってるはずです。だって、俺が知ってるんだから、もちろん、協力経験のある社長ならご存知ですよね?」 「・・・・・・」  社長はカイゼル髭をやたらと触る。秘書の方を向くのを止めて、脚を組み直して答えた。 「田淵君だっけか。――彼の契約はたしかに履行された」 「と、思うじゃないですか」  秘書は未だに表情一つ変えやしない。  「俺は彼をよく知っているので、その契約書を見せていただきたいんですよ――彼は直近で契約した覚えなどないと言うものですから」黒田は用意していた書類の1枚を卓上に置いた。 「筆跡鑑定? ハッ、馬鹿馬鹿しいことしてくれたな。それは証拠物と照らし合わせるものだろう?」 「社長、その鑑定結果をよく見てください」  書類を見ないで視線を黒田から離さない。   「そこにはちゃんと証拠物と照合された写真があるでしょう? 少なくとも最近秘書さんから受け取った書類のはずなので、見覚えがあるはずです」  「契約書、不履行ですよね? ――だって、鑑定するまでもなく、字が違っていたら・・・・・・ね?」黒田はいう。 「・・・・・・これはどういうことだ」  明らかに視線を秘書に向ける社長は、みるみるうちに顔を赤くさせて沸点をぐんと下げている。  そこでようやく焦りをみせた秘書が、まごつきながらも弁明しだす。「そ、その契約書は本物ですか?」 「ああ、この間見たものと同じだが?」    黒田が答える前に、社長が口を出した。完全に矛先を秘書へ決めたようだ。 「社長・・・・・・っ!!」 「俺も知らない事実なんだが、田淵君の文字はたしかに達筆で、受け取った契約書との差異が大きすぎるな」 「それもそうですよ。彼は有段者で、師範代の手前で書道辞めちゃってるらしいので、つまり、そのくらいの腕前なんですよ。それをこんな字と比べられる事自体お門違いなのかもしれませんよ」 「そうだな」 「契約書、見せてくださいますね」

ともだちにシェアしよう!