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第58話――黒田――
社長は身体を震えさせて、怒り心頭を表す。
しかし、それがぴたりと止む。
珈琲を啜り、ゆっくりとカップを置いた。「それで――負け犬の遠吠えは終わったか?」。
黒田の眉間に皺が寄る。
「手直しを次期社長であった有能な飛露喜がやってくれるのだと、他の業界にも自慢して回ったからなー。どう足掻こうと、お前のちっぽけな手では、手直し自体が嘘なのだと吹聴して回ることは無理だな――ご苦労さん」
(ふぅ・・・・・・そんなことか)
「そもそも俺がいつ黒田と関わっていくと言いました?」
「はぁ?!」
口を噤んで、無言を貫く廣田。
(なるほどね。多分、学校でした進路の話をそのまま社長に喋っちゃったんだろうな。俺は何の社長になる、とか明言してないし勘違いするのも頷けるけど、その話を鵜呑みにして行動に移した社長が、馬鹿っていうことが露見したな)
「何度も言いますけど、黒田に固執してませんので、どうぞお構いなく」
「ただ、社長の愚行は許しがたいですよ。社員への信頼って、社長が思ってるよりずっと。数字に直結してくるものなんですよ」ため息を一つ溢していう。
「はっ、くだらん。これは上層部、いや、ここだけで起きたこと。お前らさえ黙っていれば済む話だろう」
「廣田さんは黙ってくれるでしょうけど。俺は黒田とは全く関係ないのに、巻き込まれた上に汚名を着せようとされたんですよ? 黙っておくはずがないでしょう」
「しょーもない戯言に田淵さんまで巻き込みやがって」ここ数ヶ月溜め込まれた怒りが静かに、しかし、確実に漏れ出していくの感じる。
「口が過ぎるんじゃねぇか? 飛露喜」
「・・・・・・はぁ――うるせぇよ。おい、クソジジィ。本質の見極めができないからこんな茶番が出来たんじゃねぇか。誰が発端とは言わねぇ。それを鵜呑みにしてここまで大事にしたのはいわずもがな長の責任だろうがよ。こんなんが黒田を代表するなんて、世も末だなぁ?」
握り締められた拳は硬く、掌の肉を爪が深く指刺し続ける。それでも出血しない図太ささえ社長のように思えて、さらに力が加わってしまう。負のスパイラルも同然であった。
「謝罪しろ」
「謝罪? 他人を巻き込んだくせして何を言う。契約の件は社長自ら謝罪してないだろう。秘書一人に全責任を負わせて。顧客ならクレームもんだぞ」
「俺は関与していない!! アイツの独壇場だ!」
「おっと? リーダー失格の発言が出ましたねぇ!! 廣田、社長が指図したどうこうより、実際にそういうことが起きたということは事実なんだし噂といわず、糾弾して弾劾してみっか?」
これぞ下剋上の構図であった――。
スーツのポケットに手を忍ばせて、スマホのホームボタンでアプリの停止をした。
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