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第61話
黒田は起業して数年で、ビジネス雑誌に取り上げられる程にまで成長を遂げた。無能であった黒田の社長は、名誉毀損で訴えを起こしたそうだが、黒田が立てた弁護士のおかげで、不正の契約に1億5000万という多額の慰謝料が支払われた。
一方で、田淵は情報処理の教員として、ゼミナールに勤めていた。
――互いに変化する環境だが、唯一の居場所は4年経った今でも変わらない。
帰宅時間がまちまちになってしまった黒田は、帰宅と分かった瞬間がとてつもなく至福に満ち溢れる。それはほんの刹那的な幸福感に他ならない。そうと分かっていても、帰り支度をして直様車に乗り込むまでの時短技を繰り出す。最近では0秒支度を推奨している。
「黒田、今日の接待は俺がやっとくから、お前はもう愛妻のとこに帰れ」右腕となった廣田が青い息を吐く。
「え、いいの?」
「いいも何も、長時間勤務でストレスバリバリで、貧乏ゆすりが止まらないまま先方に会われちゃマズイからだ!」
「ったく、俺を引き抜くなんて見る目があるけど、ずっとラブラブなのはムカつくぜ」この言葉に黒田は耳をピクつかせる。
「そうなんだよー! 未だにラブラブなんだ!」
「・・・・・・あーはいはい」
「でさ、最近まともにイチャイチャする時間がないもんだから、ヒロキさんのお気に入りの珈琲とメモ書きを書き残して、文通のようにしてるんだけど、もう、いつ見ても字が達筆のなんの」
「・・・・・・はいはい」
この時点で廣田の耳はちくわと化している。
これはこの4年で身につけた、狭い社長室で惚気に耐えうる術だ。
「達筆な字でお疲れ様、頑張って、とか普通のこと書かれても惚れ惚れとするんだけど、やっぱり、愛してる、て書いてあった時のドキドキは未だにあるんだよね!!」
「あ、そのメモ紙全て大事にとってあるけど、見せないよ」黒田の貧乏ゆすりは止んでいた。
「ちょっと、聞いてる?」
書類に目を通しながらの廣田を横目に、躊躇いなく「じゃ、帰りまーす」社長室を出た。
「はぁ?! ヒロキ談義に花咲せてたんじゃねぇのかよ!!」
閉じる寸前の言葉は、黒田の耳に入るわけもなく。
帰宅直前に田淵の事を考えだことで、上機嫌で車に乗る。
今日も深夜を回っており、既に田淵は寝静まっている頃だ。
「あー、さっきヒロキさんの話をしたせいで、完全に欲求不満だったことを思い出したな」下半身の痛みで、夜の方は随分とご無沙汰であることに嘆息する。
「そういえば、人前でもこんなことあったな」
黒田から贈られた珈琲を使わず別のものを客人に差し出した時も、そうであった。痛みを伴う程の欲情を弁護士に見られて笑われたものだ。
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