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第74話

「この車おっきいんだし、偶には後ろ、でも――」 「さっきからごちゃごちゃうるっせぇんだよ――さっさと乗りやがれ」  ここまで口調を荒げる黒田はレアで、脳内の特別警報レベル5である。  折れなければいくら恋人でも、力づくで押し込めるという怒気すら感じられて、大人しく助手席に乗り込んだ。  田淵が先に乗り込んだのを見てから、黒田も車の前を通って、運転席ドアを開け入った。  その幾秒の間に、体臭を嗅いだ。如何わしい臭いはしない。だが、田淵も黒田も、もうその如何わしい臭いがどういう臭いなのか知っている。  出先にディアゴが服を貸してくれた。  「ヒロキの服はおしもんでしまってしわくちゃだから、洗濯してた。乾いたらPC教室に持ってくるから、来週ね」と。いたれりつくせりで出立した。  それがいきなり功を奏す形となったらしい。風呂にも入らずに出てきたものだから、密室空間にいる時点で焦るのに、隣となれば一発でボロが出たかもしれない。 「・・・・・・へぇ、やり返しなんていう、小賢しいマネはやっぱりしてくれるんだね」 「・・・・・・?」 「ヒロキさんとはたくさん話し合う必要もないみたいだね」 「へ? ――っ・・・・・・ごめんなさい」 (あ、ああ・・・・・・黒田君、もう僕がしでかしたことに気がついて・・・・・・) 「その謝罪もそう。俯いて謝罪なんて、違うでしょ。まず目を見てそれから頭を垂れるもんでしょ。俯きが先にくるなんて、どんなやましいことがあるのか、家に帰ったら是非、ゆっくり聞きたいなぁ」  「どうせ、たくさん話すこともないだろうしさ。単純で明快なことしか話せないでしょ? 複雑に何かが絡まりあって――なんてのがあれば考えなくもない――」握るハンドルの腕に血管が浮き出ていた。 「――ないわけないけど」 「・・・・・・」  4つも下の若手社長に恐れを為して、下手に言葉を紡ぐことすら憚られた。 (僕が、僕が、軽率な行動を取ったばっかりに、お酒の場でやらかして、黒田君にもディアゴにも傷付けることになってしまって・・・・・・僕が、寂しい、なんて気持ちに気づかなければ、こんな馬鹿なことにならなかったのに・・・・・・っ!!)  自宅に到着してからも、黒田の強引さは変わらなかった。  田淵の腕を引かずに、肩を抱き寄せ逃げられる術の全てをそれで封じている。  だが、基よりその気のない田淵には杞憂の策であった。  ――黒田は1ミリも悪くはない。それでいて、何かしらのペナルティとして、多少の乱暴は飲み込む覚悟があった。 (こんな時まで、怪我させないようにしてるなんて――)  肩を抱く黒田の指に力が入っているが、腕よりは痣になることはないだろう。  視線をこちらに向けない黒田を見ながら、肩が少し痛むのを甘受する。

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