76 / 104
第75話――黒田――
「入って」
「・・・・・・」
車に押し込めるようにして田淵を連れ戻した黒田は、未だ収まらない憤りを視線で送る。
緊迫した状況でも、2人の巣に2人がいる。この事実だけで、若干の平静が蘇る。
此処は黒田のオアシス。条件付きではあるが、それはたったひとつで、田淵がいればそれで良かった。
「座って」
「・・・・・・その前に・・・・・・お風呂、行っていいかな。すごくすごくタイミングが悪いのは百も承知なんだけど、昨日からお風呂入ってなくて」
(はい、単純明快な答え、来たな。これで、弁解する余地を与えてやれなくなったわけだ)
「ちょっと抱っこするよ」何も聞かずに抱き上げ、リビングのダブルベドにゆっくりと下ろした。
そこは寝床の巣。睡眠している間は共に身体を休め、毎日安心とその匂いが二人分ベッドに残り続けている。
やんわりとベッドに沈み込む田淵は、その匂いに気付いたらしい。
「・・・・・・っ、ぅごめん・・・・・・もう、許して、なんて言えないよ・・・・・・」
「ねぇ、どう? 俺らの匂いに包まれて、でも今身体に染み込んでる他人の匂いもするこの状況は。というか、それ、家に着いたらすぐ脱ぐもんだと思ってたけど」
「ヒロキさんのじゃないでしょ、ソレ」大きいサイズで着たトレーナーの胸ぐらを掴む。衣類と黒田の指が擦れて、柔軟剤が香りを放つ。
「チッ――追い詰める前に、早く脱ぎな」
「・・・・・・それは、ちょっと――」
「これ以上俺の沸点を下げさせるなよ」
「・・・・・・っ、でも、これ脱いだら」
「もっとしちゃいけない臭いがするかもって?」
「・・・・・・」
「ふっ・・・・・・俺らのベッドの匂いが掻き消してくれるよ」
「・・・・・・」
一見、裸体に情事の痕跡は見当たらない。
覆い被さるように田淵の首筋から鎖骨にかけてを臭ってみたが、すぐ下のベッドの匂いしかしない。
服を借りて時間が経っていないことの表れでもあるが、逆に丸一日、何に時間を費やしたのか、問うのも躊躇われてできなかった。
「黒田君・・・・・・ごめんなさい。全部、言うよ」
「っ、まだ言わないで!」
懺悔を口走ろうとする田淵の口を両手で塞いだ。
情けない程に、聞くだけがとても恐怖だった。
けれど、曝された田淵の上裸は、通常通り黒田の性癖に突き刺さるし、欲情する。
恐怖心と闘っているのか、性欲と闘っているのか、混沌とした熱が下半身に溜まっていった。
「ヒロキさん。ヒロキさんから、キス、できる?」
「――して、いいの?」
「して。今すぐ」
ともだちにシェアしよう!