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第75話――黒田――

「入って」 「・・・・・・」    車に押し込めるようにして田淵を連れ戻した黒田は、未だ収まらない憤りを視線で送る。  緊迫した状況でも、2人の巣に2人がいる。この事実だけで、若干の平静が蘇る。  此処は黒田のオアシス。条件付きではあるが、それはたったひとつで、田淵がいればそれで良かった。 「座って」 「・・・・・・その前に・・・・・・お風呂、行っていいかな。すごくすごくタイミングが悪いのは百も承知なんだけど、昨日からお風呂入ってなくて」 (はい、単純明快な答え、来たな。これで、弁解する余地を与えてやれなくなったわけだ)  「ちょっと抱っこするよ」何も聞かずに抱き上げ、リビングのダブルベドにゆっくりと下ろした。  そこは寝床の巣。睡眠している間は共に身体を休め、毎日安心とその匂いが二人分ベッドに残り続けている。  やんわりとベッドに沈み込む田淵は、その匂いに気付いたらしい。   「・・・・・・っ、ぅごめん・・・・・・もう、許して、なんて言えないよ・・・・・・」 「ねぇ、どう? 俺らの匂いに包まれて、でも今身体に染み込んでる他人の匂いもするこの状況は。というか、それ、家に着いたらすぐ脱ぐもんだと思ってたけど」  「ヒロキさんのじゃないでしょ、ソレ」大きいサイズで着たトレーナーの胸ぐらを掴む。衣類と黒田の指が擦れて、柔軟剤が香りを放つ。 「チッ――追い詰める前に、早く脱ぎな」 「・・・・・・それは、ちょっと――」 「これ以上俺の沸点を下げさせるなよ」 「・・・・・・っ、でも、これ脱いだら」 「もっとしちゃいけない臭いがするかもって?」 「・・・・・・」 「ふっ・・・・・・俺らのベッドの匂いが掻き消してくれるよ」 「・・・・・・」  一見、裸体に情事の痕跡は見当たらない。  覆い被さるように田淵の首筋から鎖骨にかけてを臭ってみたが、すぐ下のベッドの匂いしかしない。  服を借りて時間が経っていないことの表れでもあるが、逆に丸一日、何に時間を費やしたのか、問うのも躊躇われてできなかった。 「黒田君・・・・・・ごめんなさい。全部、言うよ」 「っ、まだ言わないで!」  懺悔を口走ろうとする田淵の口を両手で塞いだ。  情けない程に、聞くだけがとても恐怖だった。  けれど、曝された田淵の上裸は、通常通り黒田の性癖に突き刺さるし、欲情する。  恐怖心と闘っているのか、性欲と闘っているのか、混沌とした熱が下半身に溜まっていった。 「ヒロキさん。ヒロキさんから、キス、できる?」 「――して、いいの?」 「して。今すぐ」

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