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第76話――黒田――

 啄むようなキスが田淵から与えられる。手数のない彼には、これこそ最大の表現のつもりらしい。精一杯腕を伸ばして、引き寄せる力が込められる。  無論、それだけでは黒田が満足するはずもない。 「はぁ・・・・・・ヒロキさん、舌」  無言でそれに従う田淵。閉じられた瞼に健気さを感じる。 (こんな人が――)  また、思い出す。脳裏に誰かと交わる田淵の映像が無許可で流される。  ――それも、キスの先をしようとしては、勝手な放映によって上裸の田淵に貪ることを阻まれる。  割り切れないと分かっていて、性欲に身を落とした結果がこれであった。 「・・・・・・黒田君、無理してしてくれなくて、いいんだよ――」 「・・・・・・違うよ」 「僕から臭うんでしょ?」 「そんなことないよ」  磨りガラスを瞳に張っているのかというほど、目に涙を溜めて外へは流れ出さない。  そして、必死に抱き寄せていた腕を解いて、顔を隠した。 「っ、辛いのは黒田君だよね――それなのに、これだけ苦しめて、気を遣わせて・・・・・・」 「違う」 「僕のしでかしたことを白状して、許してもらえるように努力していこうって、覚悟して電話をかけたんだけど――」 「違うっ」 「僕が辛いより、黒田君が辛そうに葛藤しているのを見てるのが――」 「違う!!」 「辛くて、しんど――」 「いい加減にしろ!!」 「・・・・・・」 「はぁ、はぁ・・・・・・ヒロキさん、今日は強情な日なの?」 「・・・・・・」  「黒田君」今度は黒田のどこにも触れない。いやな汗が背中を伝っていく。  こういう時の黒田は、女の勘より鋭敏で、そして正確性に長ける。 (・・・・・・) 「強情なヒロキさんは、今の俺には手に負えないな」 「・・・・・・」 「スマホ、貸してもらうよ」  ベッドから降りて、田淵のスマホを鞄から取り出し、電話をかけた。 「あ、もしもし」  「田淵の同居人の黒田なんですが、体調を崩して暫く休暇を頂きたいのですが」田淵の勤務先と連絡をとる。 「はい、あー一週間程考えています。――そうですか、ありがとうございます。快調しましたら、1週間後に通勤させますので、はい。夜分に失礼しました」 「一週間・・・・・・?」 「ヒロキさんは明日から仕事おやすみもらったよ。一応有給扱いとして使うことになったけど。問題ないよね」  電話帳のアプリを閉じて、LINEを開いてみる。その間にも、田淵からの疑問はぽつりぽつりと飛ばされる。 「外出は暫く、禁止だよ。できるよね? だって、誰にも迷惑をかけないようにあらかじめ連絡してあげたんだだし」 「できる、けど――黒田君が」 「違うって言ってんだろ。キスしただろ」 「っそうだけど。僕はもう、覚悟するから、いつでも離してくれていい、から」  体温が一瞬氷点下を下回り、心臓をとめた。  そして、久方ぶりに、理性を失うことになる。

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