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第77話――黒田――

 黒田は自室で廣田に電話をかけた。「もしもし、黒だったから、しばらく休みもらうよ」。  一言で、状況を察知してくれる廣田。 「大丈夫なのか。仕事は分かった。任せておけ」 「その分仕事は残してくれてもいいんだけど、判断を急いだほうがいいものは、廣田に一任する」 「俺に任せて良いのか」 「ああ、大丈夫。――それと、ディアゴっていう社員がいるかだけ確認してくれないか? 個人情報を持ち出すわけにはいかないから、廣田だけしか頼めなくて」 「相手を突き止めたのか」 「――いや、なんとなく、黒さを感じるから。もし、うちの社員だったら連絡頂戴」  田淵のスマホの連絡先には職場だけではない番号がいくつも登録されている。交友関係も徐々に広がりつつあるようだった。  直近の着信履歴にディアゴの文字がある。それもつい最近登録したのか、LINEのやりとりも昨日からのしかない。  りんごを握っていれば、きっと破壊されていたであろう握力で、スマホを握り締めた。 リビングでは寝付けないでいる田淵が、小さな身体を丸めて啜り泣く。  それに抱擁してやることができないでいる自分を自覚していながら、離してもやれない傲慢さを痛感する。田淵はきっと、罪悪感で押し潰されそうなのだ。 「・・・・・・」  様子を見る限り、出来心でということはなさそうである。  思いつくのは「ここまでするつもりはなかった」とか「こんなことまでは合意じゃなかった」とか、田淵の範疇を越えたものであるだろう。  しかしこの日、田淵が使うダブルベッドの隣に、黒田が身体を埋めることは無かった。  自室で大して快眠できなかった夜を過ごし、早朝に家を出た。  直前にリビングに顔を出すと、田淵は心労からかあのまま眠ってしまったらしい。泣きはらした顔を晒して尚もくるまって寝ている。   「ヒロキさん」  物を言わない田淵には心置きなく触れる。嫉妬心も憤りも、裏切られた失意さえ、好意となって蘇る。  この寝顔を見て、やはり離してやれないことを明確に持ってしまい、でこにキスを落とす。  「ゴメンね」黒田はいう。そして、続ける。「俺が外出する間だけだから」田淵の顔から足元に手が伸びる。 「すぐ戻る」  そうして、リビングに黒田の匂いを残して去った。  車に乗り込んで、カーナビ設定を施し発進させる。  田淵は基本的に徒歩圏内でしか外出しない。交通機関はあまり使わせないようしていたので、黒田の目的地まで、車で10分もかからなかった。 「3年程しか勤めていませんが、彼もすごく楽しく過ごしていたようで・・・・・・すごく残念です」 「こちらも痛手ですよ。生徒さんに人気の講師なんですから。でも、彼の身体が最優先です。ゆっくりご養生なさってくださいね。席は空けておきますから、いつでも戻れることを田淵君にお伝え下さい!」 (・・・・・・空けておかなくていいのに、どんだけだよ)  「はい、分かりました。では、失礼します」ぺかぺかの笑顔を貼り付けて、用事を済ませた。  だが、こういう人材こそ会社が求める人材であることも、重々承知した上で田淵の働き口を潰した。   「すぐ戻んないと――」  

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