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第96話
「さて、伊原優さん、といったかな?」
その言葉に、しゃんと背筋を伸ばす。
「はい」
「晴のことは、何処まで知っているか、教えてくれ」
「…どの程度のお話を僕に求めていらっしゃるのか分かりませんが、璃々子さんのこと、晴さんのお母さんのことは、話して頂きました。」
「それを聞いて、どう思った?」
そこで、何となく晴さんのお父さんが言わんとしていることがわかった気がした。
「僕は…璃々子さんも、晴さんも、晴さんのお父さんも、言葉が足りなかった、と思います。でも、晴さんのことを可哀想と思ったことは1度もありません。」
僅かに晴さんのお父さんの目がほう、と細められる。
「晴さんが毎日遅くまで残って仕事をして、帰ってきたと思ったらまた仕事をして。ずっと難しい顔をして仕事と向き合っている、そんな時期がありました。さすがに根詰めすぎではないかと思い、『 仕事大変そうだね、大丈夫?』と聞いたら、晴さんはこう答えたんです。
『 もちろん大変だよ。でも、これが今まで父さんたちが繋いできた大切なものだから、今ここで俺がくじけるわけにはいかない。俺は、この会社をもっと大きくして、父さんに恩返しをしたいんだ。俺は、子供の頃ずっと父さんに嫌われていると思ってたんだけど、全部俺の為だったんだって、気づけたから。』
と。晴さんは、お義父さんのことを大切にしたいと。そう言っていました。」
晴さんは、それに気づけたのは俺のおかげだと言ってくれたけれど。きっとそれは違う。
俺がなんと言おうと、晴さんの子供の頃の記憶は晴さんにしか分からない。
確かに晴さんが子供の時は反発していたとしても、最近思い返して、そう思えたってことは、思い出の節々にそう思える出来事があったと、気づいたからだ。つまり、晴さんのお父さんはきちんと立派な子を育て上げたのだ。
今日持ってきた手土産もそう。俺がなにを持っていけばいいか迷っていたら、晴さんはすぐにお義父さんの好きなお菓子を言えた。それは、そういう思い出が晴さんの心のなかに残っていたからだと思う。
「『 俺も父さんのように、立派な人間になりたい。』と、そういった晴さんの表情は、とても忘れられません。」
俺がそう言うと同時に、晴さんのお父さんが片手で目を覆って俯く。その肩が僅かに震えているのに気づいて、俺はそっと笑みを浮かべた。
家族には、色々な形がある。晴さんたちは、晴さんたちなりの、言葉以外の何かがあったんだと思う。それは、お互いを思いやる気持ちの表れだ。
なんて素敵な家族なんだろうか。
俺は密かにそう思った。
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