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鷹取光輝01

 恵まれた境遇。  胸糞悪い言葉だ。  恵まれた境遇、と聞いて皆が思い描くのは大抵、カネがあるとか、家がデカいとか、コネがあるとか。そういう条件を満たしてしまうと途端に、恵まれたひと、のレッテルを貼られる。  確かに光輝(こうき)の父親は鷹取商事の専務(ちなみに祖父が鷹取ホールディングスの社長)で、家の部屋数は訊かれてもすぐに答えられないし、お手伝いさんがいるし、学校は私学のいわゆる名門校だし、貰っている小遣いもきっと、同年代の奴と比べて桁が違う。でも、この生活でよかった、と……恵まれている、と感じたことは一度も、ない。明日食べるものにも困っているとか、いじめられているとか、そういうひとたちを恵まれていない、とも、可哀想、とも思わな……  いや、訂正。  やっぱりオメガの奴は、ちょっとだけ、可哀想……だと、思う。 「坊ちゃん」  校門を出てすぐのところにはいなかったので、今日は自由だと安心していたら、角を曲がったところに見慣れた車と、そして……早坂。聞こえるように舌打ちする。けれど早坂は表情を変えない。 「今日は早かったんですね」  白い手袋を嵌めた手が、車のドアをあける。  早坂が手を出すより先に、ボストンバッグを後部座席に放り投げる。さわられたら菌がうつる……なんて低レベルないじめをするガキじゃないけど、でも何となく、こいつには鞄ですらさわられたくなかった。 「いつもよりホームルームが短かったんですか?」 「……てめえには関係ないだろ。とっとと車、出せよ」  早坂がドアを閉めようとするより先に、内側から閉めてやる。「ほら早くしろっつってんだよ! 皆に見られちまうだろーが!」  運転席の背もたれをガンッと蹴る。靴の泥がシートについてしまった。でもきっと次に乗るときには、そんなことなかったみたいにきれいになっているんだろう。忌ま忌ましい。  良家の子女が集う金持ち校とはいえ、毎日送迎車が来る、という奴は稀だ。皇族とか、親が大臣とか、そういった奴らは別格だけど、たかだか民間企業(とはいっても鷹取グループは明治時代から続く旧財閥系の巨大企業グループだけど……)の経営者の息子程度じゃ『身の丈』に合っていないことは自覚している。だから校門の前ではなく、どうしても迎えに来たいなら離れた場所にしろと言いつけた。そうしたら律儀に守りやがって。いや、確かに守らなければクビだと脅したけれど、守られたら守られたで、ムカつくのは何故なんだ。  父は末っ子だから、光輝がトップに立って会社を継ぐ、ということはありえない。でもほぼ父の会社に入ることは確定だろうし、それなりのポジションで貢献してほしいという期待は感じる。直接言われたことはないけれど。  父は海外を飛び回っていて、家でほとんど顔を合わせたことがない。一学期に一回、会えればいい方。  その父がいない間、身の回りの世話をするために雇われているのが、早坂。歳は父と同じ、三十五。普通なら社会に出てバリバリ働いて、部下も従えて主戦力となっているような年齢だろうに、こんな、息子みたいなガキの運転手兼雑用しかできないなんて。やっぱりオメガってのは可哀想なイキモノ……いや、オメガの中では、恵まれてる方なのか、こいつは。一応給料もちゃんと出て、衣食住に困ることなく……身体を売らずにすんでいる、という点においては。  いや……オメガなんてどうせ真性の淫乱なんだから、こんな『苦手なこと』なんてやらずに、『得意なこと』をやればいいんだ。誰彼かまわず発情できるんだから。

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