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鷹取晃人01
「ちょっと想像つかないな……」
「下の子からは『兄ちゃん』ってつつかれて、でも兄ちゃんからは抑えつけられて。真ん中って不公平だよ。だからあんまり家にいたくないんだよね。『修哉!』って呼ばれるのがほんともう、恐怖」
しゅうや……
そうか、彼の名前は、しゅうや、というのか。
「君は?」
「えっ」
「君も何か、家に居づらくてここに来てるのかな、って思ってたんだけど」
「ああ……いや、まあ……」
どう答えたら正解なのか分からず、「ちょっとひとりになりたくて」なんて、さっきの彼の言葉に確実に影響されたことを言ってしまう。ひとりに……。笑ってしまう。わざわざ場所を選ばなくたって、どこでだって自分は、ひとりじゃないか。
「その制服って、瑛光?」
「え……ああ、うん……」
「へえ、すごいね」
何を以てすごい、と言われているのか分からなかった。私立のセレブ校、という点か。偏差値が高い、という点か。アルファの特進クラスがある、という点か。
「住んでんの、この近く?」
「うん……いや、まあ、そう……」
何となく、住んでいる場所を明かすのに躊躇いがあった。この地域は、東西でカラーがはっきり分かれている。公団や学校、商業施設が集まっている東町と、高級住宅街の西町。彼の制服は、東町の学校のものだ。近くか、と言われれば確かに物理的な距離は近いが、互いの住民同士の距離感は決して近くはなかった。
「小学校は……一緒じゃないよね?」
「この四月に、こっちに引っ越してきたばかりだから」
「じゃあ今まで見なかったわけだ。君、何年?」
「中一」
「同じだね」
「しゅ、うや……くん」
「ん?」
買い物頼まれてるからそろそろ行かなきゃ、と彼が立ち上がりかけたから、「ここへはよく来るの?」と問いかけると、「君も?」と問い返された。
「うん」
「じゃあ、また、来るよ」
そう言うと彼は柔らかく微笑んだ。
蓮の上を軽々跳びはねていく彼を、追いかけていくみたいな時間だった。ようやく同じ葉の上に追いつけたと思ったら、彼は上空に飛んでいってしまった。
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