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鷹取晃人01

 自分だけの場所だったはずがそうではなかったと思い知らされ、それから何となく公園に立ち寄ることを躊躇していたけれど、結局他に行けるような場所もなかった。  その日は天気が悪かったせいか、子どもたちは少なかった。心置きなく集中できると思ったけれど、環境が整ったからといって嫌いな数学が好きになるわけでもなく、一度つまるとなかなか先に進めなかった。  ふと伸びをした瞬間、芝生の丘の向こうに人影が見えた。こちらに背を向け、ばねのついた遊具の上に腰かけている。その丸まった背中に見覚えがあった。 「あ」  近づくと彼は、晃人が声をかけるより先に顔を上げた。 「またやってるの」 「うん、まあ」 「そんなに好きなんだ」 「好きというか、何かついついやっちゃうんだよね。する?」  そう言うと彼は、結構いいところまで行っていただろうに、あっさりステージをリセットして晃人に差し出してきた。  別にテトリスをしたいわけじゃなかったけれど、流れで受け取らざるを得なくなる。やるのは初めてじゃなかったけれど、パズルとかルービックキューブとか、緻密に考えなきゃいけないゲームは得意じゃなかった。すぐに積み上がったブロックで画面が埋まってしまう。 「あーもう駄目だ」  ボタンから手を離したとき、 「まだいけるよ」  横から彼に覗き込まれる。その距離の近さにどきりとした。「ほら、これこっちに積んで」 「うそー、もうこんなぎりぎりなのに?」 「大丈夫、次、正方形のやつがきたらぴったりはまるから」  すると確かに言うとおりになって、積み上がっていたものが面白いように消えていった。 「えーっ、すげー、何、次来るやつ見えてんの?」 「そんなことないけど。でも何となく分かる。……あ、これ端っこに寄せた方がいいよ」 「えー、変な形」 「六段消しできるかも」 「計算してんの?」 「うまくいくときもあればいかないときもある」 「すげー」 「でも君もさっきできてたじゃん」 「たまたまだってあれは」 「すげー」と「えーっ」ばかりを連呼して、公園で走り回っている子どもに戻ったみたいだった。戻ったみたい……そう、鷹取の家に来る前に。友だちがいた頃に。アルファとかオメガとか意識することのなかった頃に。  ほとんど彼に指示されるままに動かしていただけなのに、一〇ステージまでクリアすると、ものすごい達成感だった。思ったより熱中してしまって、指がじんじん痛かった。手を離したらゲーム機が汗でべったり濡れていてやばいと思ったけれど、彼は意に介する様子もない。 「有り難う、超楽しかった。結構こういうシンプルなゲームの方が面白かったりするな」 「学校持っていってもバレないし」 「ああ、確かに」 「って、本当はゲームボーイが欲しかったんだけど」 「そうだな……」  実はこっちに来てすぐ、誕生日プレゼントとしてもらっていたが、咄嗟に持っていないフリをしてしまった。 「でもそんなに、面白いソフトもなさそう」 「そうなんだ」 「たぶん」 「俺はきょうだい六人いるから、せいぜいこんなもんしか買ってもらえなくてさ」 「六人っ?」 「うん、そう。家帰るとうるさくて……」 「そうなんだ。俺はきょうだいいないから羨まし……」  言ってから、そうだ……今は一応、きょうだいがいるんだ……と思ったけれど、訂正する気にはなれなかった。

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