36 / 133

鷹取晃人01

 彼と対角線上の場所に座る。彼はずっと下を向いて、何か、手元で操作している。ピコピコ、という電子音。ゲームでもやっているのか。乱雑に置いた鞄から、これまたわざと大きな動作で問題集とノートを取り出してみたけれど、それでも彼は微動だにしない。眼球だけが忙しなく動いている。意地になって宿題を始めてみる。でもやっぱり、ピコピコいう音に集中できない。ちっちゃい子たちのはしゃぐ声とか、犬の鳴き声とかはまったく気にならないのに、どうやってもそれは耳についた。重いからと、CDプレーヤーを置いてきてしまったことを後悔した。  そのうち終わるだろう。そのうち飽きるか、ゲームオーバーするかして終わるだろう……でも十分……二十分経っても終わる気配がない。単調な電子音が、同じリズムでずっと続いている。一体いつになったらやめるのか……  何度か、声をかけようと思った。ちょっと音量を落としてくれないか、とか、そんなずっとやってて飽きないのか、とか……  ゲームの画面を見つめる彼を、じっと見つめる。普通のひとだったら……どんなににぶくても流石に視線に気づいている頃だろう。  早く立ち去ってほしかった。いつもの環境を取り戻したかった。でも気づけばそんな彼のことを面白がって見てしまっていた。一体いつになったら顔を上げるのか。それこそゲームを楽しむような気持ちで。  もういっそ、ずっと気づかなくていい……  けれど、終わりは突然訪れた。軽快だった電子音にジジ……とノイズが混じり始めたと思った途端、ぷつん、と音が消えた。  公園の喧噪に比べたらそれは小さな音だったけれど、急にあたりが静かになったように感じられた。彼が顔を上げる。目と目が合った。いざとなると、何を言っていいのか分からなくなった。 「電池、切れちゃった」  それが彼の第一声だった。 「そんなに面白いの?」 「これ?」 「うん、何?」 「テトリス」  ひろげた手の中にあったのは、キーホルダー型のゲーム機だった。 「面白いというか、行けるところまで行こうと思って。一〇〇ステ行ったら終わるかと思ったけど、延々終わらない」 「よく続くな」 「簡単だよ」  難易度のことじゃない。その集中力について言いたかったのだけど、彼はけろりとしていた。 「やってみる?」  とこちらに渡しかけて、あ、電池なかったんだ、と、引っ込めている。何だか間合いというか、空気感が変な奴だな、というのが第一印象だった。というかどうしてこんなところでひとり、テトリスなんて……  でもそれは自分も同じだったと思い直す。向こうにしたらこっちも不審人物だろう。  その日は名前を聞くこともなく別れた。

ともだちにシェアしよう!