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鷹取晃人01

 アルファで……優秀であることを期待されているのだと、子どもだからそう単純に考えて、慣れない環境でも頑張った。でもどれだけ成績がよくても、褒められることはなかったし、表面上はすごいと言ってもらえても、それが本心からでないことくらいは察することができた。他のきょうだいたちと同様、食事はちゃんと与えられたし、誕生日も祝ってもらえたし、服とか文房具とか何かを欲しいと言って渋られることもなかった。でも義母とまともに目を合わせてもらった記憶はない。  兄よりいい成績を取ったあと、義母が兄にひっそり、アルファだからしかたないのよ、気にしちゃ駄目、と慰めているのを聞いた。何でもすぐにできちゃうから、それに胡座をかいて、今に努力しなくなるわ。そういうアルファって多いのよ。お母さんは、あなたが努力してきたことを知っている。皆ね、アルファはすごいって、アルファの能力を高く買っているようだけど、本心は違うの。上手く利用しているだけなのよ。馬車馬として働かされているのはアルファの方。あなたみたいな子の方が、本当に皆から信頼されて、尊敬されるひとになれるわ。……  何でも簡単にやってきたわけじゃなかった。  自分が勉強机に向かっている間、兄たちは遊んでいるなと思うこともあった。努力できる才能こそがアルファの特権だと言われたらそうなのかもしれない。でも、好きでやってるなんて思ったことは一度もなかった。本当なら、投げ出したかった。  いっそそれでもいいかとひらきなおったこともある。皆の期待を裏切って、がっかりさせてやれ、と。でもそうなったらそうなったで、アルファのくせにそんな程度だったのか、と、言われてお終いだ。多数派じゃない……ということに関しては、アルファもオメガも同じだ。遠巻きに見られ、正当に評価されない、という点においても。  中学校はアルファの組とベータの組に分かれていた。オメガはいなかった。  アルファ同士なら分かり合える部分もあるかもしれないと期待したけれど、アルファの中に入ってもやはり、居心地の悪さは拭えなかった。彼らといると、それこそ自分がオメガになってしまったかのように気圧されてしまう。彼らのような自信は持てなかったし、事実、勉強でも運動でも芸術でも、自信が持てるようなものなんてひとつもなかった。自信と、あと、選民意識も。  家も駄目。学校も駄目。自由になれるのは学校の行き帰りの、ほんの数十分だけだった。  初めの頃は車で送り迎えされていたけれど、兄たちに置いてけぼりにされてからは、意地を張ってひとり、歩いて登下校していた。でも仲間はずれにされたことが、かえってよかった。教室から飛び出してひとりになる瞬間が、一日の中で一番好きな時間だった。  家に帰りたくなくて、本来なら二十分ほどの道のりを、一時間近くかけていた。それでも義母からは何も言われなかった。次第に、帰り道にある公園が、第二の家のようになっていった。はしゃぎ回る小学生たちの声を聞きながら、東屋で宿題をして、コンビニで買ったお菓子を食べた。  あるとき、東屋に先客がいた。  自分の場所を奪われたような気がして、初めは少しいらついた。存在を主張するようにわざと足音を立てて近づき、木の机の上に、どさり、と鞄を置いた。それでも彼はこちらをちらりとも見ようとしない。制服は、近くの公立中学のものだった。

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