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再び・鷹取光輝01

 春陽とは社会学のゼミで知り合った。  三年の四月。第一回目のゼミで彼は光輝の隣だった。  顔のほとんどを覆うマスクをし、目を真っ赤に腫らしているのを見たときから、あ、やばいなと思っていたが、案の定、彼はずっと鼻をぐずぐずやっていた。少人数のゼミ室に響き渡る、ずびずびという音。気の毒だなと同情しながら、にしたって何とかならないのかと、おそらくその場にいた全員が思っていたに違いない。  頬杖をつくフリをして、そっと耳をふさいでいると、くいくい、と、服の裾を引っ張られた。 「ごめん、ティッシュ、持ってない?」 「ん」  仕方ない。ポケットティッシュを差し出してやる。片手で鼻を押さえながらだったので、うまくティッシュを引き出せずにもたもたしている。見兼ねて二、三枚引き出してやると、さんきゅ! と、想定外の朗らかさで返されて面食らった。自分が彼の立場だったら、きっと恥ずかしくて縮こまっていただろうから。  さらに面食らったことに彼は、ティッシュを受け取るやいなや、ずびずびずびー! と、遠慮のえの字もない豪快な音を響かせたのだ。教授の声がかき消され、皆の視線が集中する。それでもかまうことなくかみ続け、ティッシュはあっという間に最後の一枚になってしまった。 「あー駄目だ! すみません、ちょっと生協でティッシュ買ってきます!」  ……疾風が吹き抜けたかのようだった。  教授が「ちょっと」と手を伸ばしたときにはもう、彼はゼミ室を飛び出していた。十分と経たずに彼は戻ってきたが、戻ってきたとき、小脇にはティッシュの箱を抱えていた。箱。買ってくるって……ポケットティッシュじゃなくて、箱かよ……  ゼミが終わると彼はおもむろに、がさっとティッシュを抜き取り、こちらに差し出してきた。 「ごめん、全部使い切っちゃったから、ないと困るよな?」 「え、えっと……俺は別に、なくても困らない、から……」  つーか、そんな剥き出しの状態で渡されても困るっつーの。  変な奴。  それが春陽の第一印象。

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