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再び・鷹取光輝02

 ああ……俺……これさえあれば、それでいいな。  シンクにもたれかかって、いつまでもこうやって春陽を見ていたかった。  こんな、何でもない時間。  カネがあるとか、家がデカいとか、コネがあるとか、アルファだとか、信頼できるつがいだとか、最高のセックスだとか、そんなんじゃなくて。そんな風に分かりやすく説明できるものじゃなくて。たとえば名前のない家事、みたいに……これは、名前のない幸福だ。ふとした瞬間。とどめておけないもの。同じことを再現しようとしても、かなわないもの。ぼんやりしていたら、気づかずに通り過ぎてしまいそうな幸福。こんなことが……こんなことが……一番欲しかったものだったんだ。 「あっちに……持っていっとくな」 「あー、うん、落とすなよ。箸より重いもん持てる?」 「だから馬鹿にすんな」  湯気の立ちのぼるふたつの皿を手に、リビングに向かう。  あのままあそこにいたら、ちょっと、やばかった。  上を見ながら歩く。涙はこぼれなかった。                                   完

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