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再び・鷹取光輝02
「腹減った」と、ぶっきらぼうに言ってベッドから降りた。「何か食う?」と誘うとき妙に緊張した。
十分休んだはずなのに、それでも足元がふわふわ覚束ない。
冷蔵庫やパントリーを漁ってみたけど、たいしたものがなかった上に、そもそも春陽の好みが分からなかった。
「ごめん、何かロクなものないんだけど」
「えっ、キャビアとかフォアグラとかあるんじゃねえの?」
「ねーわ。つーかあってもそんなもん、今、食いたくないだろ」
「鷹取って、カップラーメンとか食ってる?」
「食うよ、普通に」
冷蔵庫をあけながら答える。「卵に、ソーセージに……何だこれ、漬物か?」
「ごはんある?」
「あー……うん、あった、冷凍してたやつ」
「あっ、鮭フレークもあるじゃん。じゃあさ、チャーハン作ろう、チャーハン。鍋借りていい?」
「いいけど……よく作ってんの?」
「当たり前じゃん。親父には及ばないけどさ。冷蔵庫にあるもんで適当に考えて作るの好きなんだ」
「へえ……すごいな」
「鷹取は? 料理する? って、しなさそーだよなどう見ても! お手伝いさんがいるんだもんなー」
「そうだよ。生粋のボンボンだから俺は。湯を沸かしたことすらねーよ」
「大丈夫ー? ガスの点け方分かる? ほらほらー」
「馬鹿にすんな。それくらいは分かる」
「じゃあ卵! 卵割れる? 割ってみー」
「だから馬鹿にすんなって」
春陽の手から卵を奪い取って、ボウルに割る。馬鹿にすんな、と言ったものの、そういえば卵を割ったのなんて、小学校の調理実習のとき以来じゃないか。妙に緊張して力が入りすぎてしまい、殻がボウルの中に入ってしまった。案の定、これでもか、と、笑われた。
「ほらほら、こうやったら二個一気に割れるんだぞ」
春陽は器用に片手に卵を二個持って、黄身を崩さずにきれいに割ってみせた。……くそっ、シンプルにくやしい。ムキになって、一パック全部使い切って、それでも同時に二個割りは難しかった。
「あーあー、どうするんだよ、こんなに卵割っちゃってー」
「いーよ、あとで飲む」
「飲むって……じゃあ定番だけど、卵焼きにしちゃうか」
「あー……うん」
シンク下を覗いて、この家に卵焼き器があったことを初めて知った。「油」とか、「菜箸」とか、「ヘラない? ヘラ」「味どうする? 甘め?」とか言われるたび、それに応えていくのが楽しかった。自分もちょっとだけ、料理している気持ちになれる。
じゅうじゅうと油の跳ねる音が、春陽との微妙な距離感と緊張感を優しく埋めてくれる。
さっきまでぐしゃぐしゃだった卵が、あっという間に卵焼きの形になっていく。簡単そうに見えるけど、光輝がやったらきっと悲惨なことになるだろう。
「皿貸して」
「ん」
ほかほかと立ちのぼる湯気。
「お前さあ……」
「ん?」
「店、出せるんじゃねーの」
「はは、卵焼きくらいで大袈裟だっての」
「いや何かさ、今ふっと……そんな画が見えたっつーか……しっくり来た、っつーか」
本当は、そんな春陽の傍らにいる自分を想像したかったのかもしれない。
春陽は光輝の言葉を話半分にしか聞いていない。手早く大鍋に油を落とし、ごはんを炒め始めている。また、じゅうじゅうと、響き渡る音。均一に切られたネギが、パラパラと散らされていく。具材が、調味料が、ひとつの鍋の中でまとまってあっという間に『料理』になる。
あ……幸せだ。
二皿に分けられたチャーハンを見たとき。
それは唐突に、たぶん、肌を合わせたときよりも強く、そう、感じていた。心の絶頂が、身体にだいぶ遅れて来たみたいに。
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