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周とつぐみ
「ねぇねぇ、明日って何の日でしょ?」
縁側で胡坐を掻いて本を読んでいた佐和田 周(さわだ あまね)の膝が突然、重くなった。書面から膝の上へと視線をずらすと、じっとこちらを見上げる期待の籠った褐色の瞳とぶつかる。
「みぃの十八歳の誕生日だろ?」
周が答えると、『みぃ』と呼ばれた高階(たかしな)つぐみは透き通るような白い頬を僅かに朱く染めた。
「覚えてたんだ」
「当たり前だろ」
つぐみは縁側にごろんと身体を投げ出し、周の膝の上に頭を載せていた。読んでいたはずの文庫本は脇に放り出されている。つぐみは日頃、ほとんど本を読むことはない。だが周が読んだ本には興味があるようで、この文庫本も周の本棚から物色して持ってきたものだった。
目の前の小さな庭ではもみじが色づき始めていた。もみじの他にも、春にはまだたくさんの花を咲かせる梅の古木や伸びやかな枝ぶりの松、小鳥たちの休憩所となっている高木の槙、その間を埋めるようにツツジの灌木が植えられている。
周とつぐみが住むこの一軒家は通りからは一本、路地に入ったところにある。そのおかげで、庭には鳥の囀りや風に靡く木々の葉擦れの音だけが満ち、とても静かだ。
この庭の季節の移ろいを眺めながら読書することは、周にとってこの上ない至福の時間だった。
軒先からは穏やかな秋の陽の光が差し込み、つぐみの茶の瞳には時折、緑色が垣間見える。異国の血が混じったつぐみの容姿は、この和風の一軒家にはそぐわず、まるでそこだけが西洋の絵画のようだった。
子供の頃のつぐみは出会う人みなに、天使だ、と言われたものだ。けれど人見知りのつぐみは周の陰に隠れて、誰にも懐こうとはしなかった。
あのみぃが、十八か……。
すくすくと伸びた肢体はもう、周の身長に追いつかんばかりだ。周は感慨深く内心呟くと、つぐみの柔らかな栗色の髪を、愛しさを籠めて優しく撫でた。
「明日が来ると、周さんとの年の差が小さくなるね」
撫でられながら、つぐみは満足そうに周の膝に頬を擦りつける。
「でもあと数ヶ月して俺の誕生日が来たらまた同じじゃないか」
「その数ヶ月間が嬉しいんだよ。その間だけ、二十一歳差が二十歳差になる」
そう言われて、周は黒縁眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、自身の年齢にも想いを馳せた。
今手にしているこのハードカバーの文芸書は、学生時代からずっと好きで読んでいる作家の最新刊だった。この作家は、以前は殺人事件を題材にした警察小説を書くことが多かったが、近頃は歴史上の人物や市井の家族に焦点を当てた作品を世に送り出している。
そのテーマの変遷は四十を前にした周にとっても、心地よいものだった。
「周さん……」
つぐみは指先を伸ばすと、周の頬に微かに触れた。
周の様子を窺うように、こわごわと。
周が何も言わず、触れられるままにしておくと、つぐみは意を決したように起き上がった。
そして、周の隣で正座し、居住まいを正す。
「ねぇ、もういいだろ? 俺、充分待ったよな?」
「……なんのことだ?」
周は思い当たる節がありながらも、視線を本に戻して、素知らぬ返事をした。
「十八って言ったらもう大人だよ? だから……」
「お、おいっ」
つぐみが周の黒縁眼鏡を勝手に外し、縁側に置く。
「周さんとえっちがしたい。ねぇ、いいでしょ……?」
言いながら、つぐみは周の唇に顔を寄せてくる。
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